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 『天城越え』
 石川さゆり

 
1986年(昭和61年)

思い返せば先生のこと、
ちょっと好きだったのかも
しれません。
(結局子供だった元生徒会長)

肩のむこうに
あなた…… 山が燃える


恋の話ではないかもしれません。

高校2年の秋か冬あたり、
放課後に図書準備室という所に入り浸っていました。

準備室の主は、国語の先生でした。
大学院卒の非常勤講師だったと思います。

そこへは1人でだったり、友人とだったり、
先輩が先客でいたりしました。
若い先生が休憩がてらに愚痴りに来たり、
生徒が恋愛相談に来たり、
私みたいなのがただただおしゃべりしに来てたように思います。

先生は決してイケメンな部類ではなく、
どちらかというと童顔でぽっちゃり系だったと思います。
でも生徒を見下すことなく、同じ目線で話してくれる人でした。

私は生徒会長というものをやってるくせに、
クラスに居心地のいい場所が無いと思っている生徒でした。
仲のいい友達はみんな他のクラスで、
同性のクラスメイトが話している内容には入る気になれず、
男子たちとは仲がいいものの、そこに居場所があるわけじゃなく。

休み時間になるとクラスにいなくなり、
班を作る機会があるといつも困ってしまいました。

図書準備室では、先輩も可愛がってくれ、
先生と話すのも楽しくて、
毎日のように行くようになってしまいました。
今思うと、居場所を探していたのかも?

大勢いる時は冗談を言ってることが多かったんですが、
先生と2人だと、先生間の恋愛事情や、生徒から告白された話、
恋人じゃないけど会う女性の話などなど、
とても先生と生徒の会話ではないような話をよくしていました。

「お前なら話してもいいかー。でも内緒だぞ?」
とか言いながら。
友人と二人で、
「先生となら結婚してもいいよ。半分冗談だけど」
と言ったこともありました(苦笑)。

そこで話したのが、
天城越えの歌詞がどんなにセクシーか。
という話でした。

大学院でどういうことをしていたか、
という話だったと思います。

許されぬ関係のふたりが、
旅館?の部屋で男女の関係になっていると、
男の肩の後ろから
燃えるような色をした紅葉の景色が見える。

セクシーだろ?! お前にわかるか??

天城越えの歌詞から読み取れる情景を、
なぜか高校生の私に熱く語る先生。

わかりますよーと答えた私は、
多分、本当にはわかっていたわけではないんだと思います。
ドラマのワンシーンのような
状況だけを思い浮かべていました。

その時は、本気で相手をしてくれているのが嬉しくて、
高校生の私には大人な話をされたことが恥ずかしかしくて
ドキドキしていたくせに、
それがばれないように平気な顔をしていました。

先生にはバレバレだったかもしれませんね。

思い返せば、ちょっと好きだったのかもしれません。

先生の場所を、
現実逃避に使っていただけなのかもしれません。

でも、準備室から見える、もはや真っ暗な玄関前や、
制服の上に着ていたセーターを、可愛く見えるように
手のひらが半分隠れるようにきていたことなど、
つい最近のように思い出せてしまうのです。

今、30歳になる私には、
大好きな旦那様と、手にかかる盛りの息子がふたり。

先生の嫁にはなれなかったけれど、幸せに暮らしています。

前よりは、少しは歌詞の心情も
わかるようになってしまった今なら、
もっと語り合えたんじゃないかなーと思うのです。

先生、元気にやってるかなぁ?

(結局子供だった元生徒会長)

そりゃあもう、ここまで鬼気迫る色気があふれる曲は
ちょっとほかにはないんじゃないかという
凄まじい愛念の歌だと思います、『天城越え』。

 誰かに盗られる くらいなら
 あなたを 殺していいですか

‥‥この歌を背伸びして聴いていたのは、
きっとその先生も、一緒だったんでしょうねぇ。

投稿者さんが書いているように、
恋の話ではないのかもしれません。
でも、
「ちょっと好きだったのかもしれません。」
というのも正直なお気持ちなんですよね。
そういう、自分でも整理できない
微妙で複雑で繊細な高校2年生の心が垣間見える描写、
この3行が好きです。

「準備室から見える、もはや真っ暗な玄関前や、
 制服の上に着ていたセーターを、可愛く見えるように
 手のひらが半分隠れるようにきていた」

あらためて歌詞を読み直して、
なるほどこれはとうなるのは
「寝乱れて」というフレーズですね。
意識してなかったなあ。
道ならぬ恋におぼれる二人が
世間を捨てて逃避行、というだけなら
昔の歌にはよくある状況だと思うんですが、
「隠れ宿」で「寝乱れて」は
たしかに、高校生にはちょっと。
ていうか、先生、生徒に何語ってんねん。

ちなみに作詞家の吉岡治さんはこのほかに
『命くれない』『さざんかの宿』『細雪』
などを作詞なさってます。

前の職場でオクムラっていう女子がいて、
それはスガノさんの同期なんだけど、
彼女のカラオケの定番が、これでした。
歌が上手なものだから、
歌詞がすーっと入ってきて、
「こ、こ、こんな歌だったんですか!」
と、正座しそうになりました。
TVで石川さゆりさんが歌っているのは
なーんとなく聞き流してしまっていたんでしょうね。
それからもうこの曲を聞くと
ドキドキしちゃって。
「恨んでも恨んでも躯(からだ)うらはら」
ですもん。

まあそれはともかく
「大学院卒の非常勤講師」の先生だって、
そーんなにさ、わかってたわけでも、
ないんじゃなーい?
相手がコドモだと思ってさー。
でも面白いですよね、
そんなふうにちょっといけないことを
教えてくれる先生って。
いまは怒られちゃうのかな。

そうそう、同期のオクムラ。
私はオクムラのカラオケの歌で
この『天城越え』を知りました。
カラオケのビデオも妖艶な雰囲気で
こんな歌があるんだ‥‥と
シェフと並んで正座しそうになりました。
そんな彼女もいまはふたりの娘さんの母です。

居場所があるというのはだいじなことだなぁ。
先生も、そんなふうに
感心してくれる生徒がいたからあれこれと
一線を越えるように話してくれたんでしょうね。
大人どうしになって語り合いたい気持ちもわかるなぁ。

都築響一さんの名著『夜露死苦現代詩』の
文庫版あとがきで、都築さんが生前の吉岡治さんに
お話を聞いていらっしゃいます。
あの天城越えの歌詞は、石川さゆりさんだから
成り立ったんですね。
『夜露死苦現代詩』は
谷川俊太郎さんと都築さんの対談も
抜群におもしろくて、どこを切っても感動する本です。

本日、京都は大文字です。
天城じゃないけども、燃えてます。
お盆が終わり、週が開けて水曜に
恋歌とともにまたお会いいたしましょう。

2014-08-16-SAT

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