ちいさい頃、飲むと荒れる父と
ただ我慢する母を見つづけました。
腕力のDVでこそなかったけれど、
言葉がすごかった。
酔うと暴言を吐くタイプで、
しかもべろべろになるまで飲まずにはいられず、
ほんとうにやっかいでした。
早く酔いつぶれて寝てくれと毎日願ってました。
思考停止に近かったのかもしれないですが、
ぼくはそれを
「こういうものなのだろうなあ」という、
あきらめというか、前提条件のような感じで
受け止めていました。
でも、そうだなあ、
「なんでなんだろう」とは思ってました。
なんでそこまでがまんしないといけないのかな、と。
逃げちゃだめなのかな、と。
けれどもじっさいは、逃げることなんてできなかった。
逃げ場はありませんでした。
ぼくも母とおなじように
ただ我慢する年月を重ねました。
あ、これは「酔うと」そうなるというだけのことで、
昼間はべつにどうということはないのです。
教育にひじょうに厳しい父であり母であり、
またユーモアのあふれる夫婦でもありました。
和菓子職人としての父は地あたまのよさと
だれからも尊敬されるほどの才能を持ち、
母は美人で明るく明晰で気持ちのいい人です。
ともかく、酒がね、いかんね。酔っ払いはね。
だからぼくは飲んでもぐでんぐでんにはなりません。
18のとき大学進学で東京に行くことになり、
というか東京に出るために大学を受けたようなものですが、
ぼくはただただそれがうれしくて、
振り返りもせずに家を出ました。
もちろん母は残りました。
そしてもう30年が経ちました。
いつのまにやら、父と母は
ぼくの目から見たらあきらかに
仲が良くなっていきました。
父の酒癖は(日本酒をやめてみたら)
格段によくなりました。
祖母を看取るのもたいへんなことでした。
父の大病もありました。
そういうことがきっかけなのかどうなのか、
なにしろ離れていたのでわからないのですが、
帰るたびに少しずつ仲良くなっていくのが
わかりました。
本人たちはそういう意識はなさそうだけど、
ぼくからしてみると
「十代までのあの心配はなんだったのだ」と、
ちょっとあきれる感じもあるほどです。
嬉しく思わないでもありません。
それぞれ訊いたことはないのですが
ぼくの感じでは、父は母にずっと惚れていて、
でもその感情表現がまったく上手ではない。
たぶんいまもそう。
母のほうはわかりません。
母というより女性の本心はほんとうにわかりません。
あ、ぼくは、仲良くするコツは
仲良くしようと思うことだけだと思っております。
母もそうなのかなあ。
なんでこんなこと書いているんだろう?!
みなさまよい週末を。 |