健全な好奇心は 病に負けない。 大野更紗×糸井重里
第10回 まず信用。お金は あとからついてくる。
糸井 忙しさって、処理できないんですよね。
大野さんは難病でクラッシュしたときに、
「わたしにこの問題をさせないで」
と言える理由がいっぱいできたのに、
忙しさについては変わってないはずです。
「こっちに持ってこないで」と
言えば言えるのに、言えないでしょ。
大野 いまの忙しさは、生きるためにはどうしようもない
というところがあります。

まだまだ、わからないことだらけだし。
見通しも道筋もないですが。でも、
健全な好奇心は病に負けないんです。
糸井 それは非常にいいですね。
「健全な好奇心は病に負けない」
うーん、言葉の弾力性があるなぁ。
大野 倒れてのちやむという
中国の昔の言葉があるそうです。
いや、そんなことないんじゃないか。
倒れてのちはじまるかもしれないじゃん、と。
糸井 うん。自分が大きくなってるんですね。
大野 大きくなってるかはわからないんですが‥‥。
糸井 容れ物としては、
あきらかに大きくなってるでしょう。
少なくとも、難病部分でやることが
いっぱいあるわけだから、
その分が加算されてるし。
大野 とにかく、健全な好奇心は
生きていくための技術なんです。
糸井 震災以後、みんないろんな道を
たどってるけど、
「健全な好奇心」でやっていくといいなぁ。
大野 だけど、震災の前から
圧倒的な矛盾を抱えてきた人は、
震災が来ても
それが大きく変わるわけではありません。
寒さをしのぐ家のないの人や、
DVのサバイバー‥‥。

すごく困ってる人ほど、
もともと持っていたものが相対的に少ないので
「失った」とか「激変した」というより、
「さらに困ったな」という
感覚なのではないでしょうか。
「この社会やシステムは頑健だ」と
信じていた人にとってこそ、
今回の震災や数多の事故は
鋭利に突き刺さるものだったのかもしれません。

でも実際には、可視化されていなかっただけで、
慢性疾患患者みたいに、
矛盾はずっとありました。
糸井 隠れてたものが良くも悪くも
あらわれちゃうんですよね。
ぼくは、震災以降
「こういう人に知り合えてよかったな」
という人の数が、ものすごく増えました。
「健全な好奇心」の対象になる人に
たくさん会えたんです。
大野 この春に出た糸井さんの特集号の
「BRUTUS」を見て「ほう!」と思ったのは、
糸井さんは「お金はあとからついてくる」と
この密着特集の中で、
おっしゃってる場面があるんですね。

「信用」というのは、
お金で買えないんだなぁって。
それだけはいくらお金を出しても
買うことはできない。
糸井 広告屋だったぼくが言ってるんですから、
そこは確かですよ。
骨格があって、肉付けすれば
マリリンモンローでも誰でも、
人形を作ることができるんです。
「ほら、できますよ」とやってみせると
感心はされるかもしれないけど、
信用されないんです。
そんなことじゃとっても無理。
やっぱり、つきあったり見てきた時間が大事です。
悪いことをしてきた、と言える勇気も必要です。
大野 悪いことをしてきた、という部分は
人が生きていくのに不可欠なもので、
必要以上に隠したり過敏になったり
しなくてもいいんじゃないかと思うんです、最近。

誰だって、思い出しただけで
赤面するような恥ずかしいことや、
人を裏切ったり、裏切られたと思う
自分に直面したりする。
悪いことをしてきた経験なんて、山ほどしている。
糸井 自分の中でバツの悪いことは、
ぼくにはあります。
じつは、それはぼくの
「健全なる好奇心」の中に含まれてるんですよ。
悪いことしたな、という事実を
好奇心で思い出す。
だましたことあります、逃げたことあります、
裏切ったことあります。
大野 それは、生きてれば当然ありますよね。
糸井 だけど、自分の脳ってあんがい
それをないことにするんですよね。
しょっちゅう忘れていかないといけない。
大野さんがさっき「後ろめたい」と
おっしゃったのも同じことでしょう。
好きなんですよね、
自分が間違ってたことを発見するのが。
趣味、みたいなものなのかなぁ(笑)。
大野 たったひとりになった時間に、
何をどう思ってるか、ということにも
つながっていきますよね。
糸井 ひとりになるとまず俺は寝ちゃうけど(笑)。
大野 (笑)ひとりになってもやることって、
その人の「趣味」だと思います。
「趣味」についても、病室でいっぱい考えました。
糸井 そうだろうね、時間との闘いというような
ところがあるからね。

趣味といえば、
人は誰でも好きなものがありますよ。
それは、おしゃべりです。
大野 うん。
コミュニケーションですね。
糸井 「酒」とか「飲みに」とか「お茶」とか
言ってるのも、
あれは「おしゃべり」でしょ?
釣りもある意味では、
魚とのおしゃべりに似ています。
だから、なんかね‥‥全部おしゃべり!
大野 全部おしゃべり!
糸井 おしゃべりをさせとけば、
人はけっこう機嫌がいいと思います。
おしゃべりの種を得ることが
生活であり、経験である。
そういうことがぼくはいま、仕事ですから
たのしいですよ。
今日は難病の人に会ったよ、すごいよ、
難病なんだよ、おもしろかったよ。
大野 はい。
いやぁなんだか、わたしもすごく、
おもしろかったです。
糸井 いやぁ、とりとめのないままに。
いろんなこと、まだまだ言い足りない気持ち。
今日お会いできて、
ほんとうにおもしろかったです。

改めて言いますが、
『困ってるひと』は
「一家に一冊」と思ってるんですよ。
実用として使えると思います。
今日はありがとうございました。
大野 ほんとうに長いおしゃべりに
おつきあいいただいて、
どうもありがとうございました。
(おしまい)
2011-12-15-FRI
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