夢の中で、わたしは
市川猿之助(現・猿翁)家の女中
であった。
猿之助は40代くらいで独身。
時代は、なんとなく太平洋戦争前。
わたしは黒に近い、紫がかったお仕着せを
きっちり身につけた小太りの中年女で、
この家に来て間もないのだが、
今日も玄関で出かける猿之助をチラ見して
「絶対この家の後妻に入ったる!」
と心に誓うのであった。
少々高ぶった気持ちのまま座敷に入ると
誰もいない。
と思うと、座敷の壁が、
箱が開くように四方に倒れ、
あっという間もなく
足の下には北斎の
「波間の富士」のような
渦巻く海が広がった。
わたしは1枚の畳の上に乗っかり、
「お、お」と言いながらも、
白い足袋の幅広の足でしっかり畳を踏みしめ、
ぐんぐん波の上を行くのであった。
(pink)