クマちゃんからの便り

NYにて


メールの送信装置が壊れてやっと治る。
報告が遅くなってしまった。

ニッポンから持ち込んだパイプを
オレがハンマーで叩き込む音が、館内にコダマしていた。
出来上がっていく球形の傍に置いた
梱包箱の上を跨ぐように、
チェーンブロック・クレーンが起ちあがった。

<A SPRIT SECOND>のベースになる
大きな段ボールの壁も難なく吊りだし、
厄介なクレーン操作しながらの組み立て作業を考えていた
スキンヘッドから、汗が噴き出していて、
MAXにしたクーラーなぞでも追いつかないほどだった。
不調だった体温調整機能が完全復活したようだ。

ノイズの大音響に生真面目な顔を強ばらせた
オーナーのMikeが、
ときどきOFFICEから出てきては、
工事現場と化した様相を心配そうに見ている。

どうやら、事前に送ったEメールにはない構築物も
オブジェの一部と勘違いしているようだ。
『何を始めるつもりなんだろう、
 東洋人の謎は深まるばかりだ』
というような不安気が伝わってきた。

「ほかに手伝うことはないか」

梱包箱からオブジェ群を全部出し終わった
運送屋のボスの声に、オレの頭蓋内が素早く反応した。

「待っていたよ、これなんだが」

オレは硝子柱を指さした。

武川FACTORYでは、
チェーンブロック・クレーンで吊り上げた
二百七十五kgの硝子柱四本を、
段ボールを貼り合わせた一メートルの壁に
突き刺す面倒な作業を、
ひとりで操作するシミュレーションをしてきた。
何も賭に出たのではなく、
見ていた彼等の手チカラぶりに
確信をもったからあっさりと変更したのだった。



機械化すした二十一世紀になったところで
<重力・一>の世界は変わらない。
機械に頼るより、一個一個のヒトの筋肉と頭蓋の繋がりを
<テコ>と<螺旋>と<転がり摩擦>の原理を使う方を、
オレはまだ信じているのだ。
《あした世界が滅ぶことを知ったとしても、
 リンゴの樹を植え続けるだろう》という名言の主語を
<オレ>に置き換えていた。

これはこの穴に、あれを此処にと、
オレの身振りの説明にボスは、
重い氷のような柱を前に少し思案していた。

「飾りモノの工芸品なぞと違って
 オレの硝子にビビってはイケナイ。
 ここはオレとアンタ等のチカラで
 ねじ伏せてみようじゃないか」

オレの声はノイズ以上に大きくなっていた。
彼は胸を叩いて「OK」のサインに分厚い筋肉の音をたて、
男等に指図すると、四人が柱についた。

ボスの掛け声で一気に肩まで持ち上げた。
透明な二百七十五kg砲弾を掲げる四個の筋肉が、
<爆弾四銃士>に見えた。

「ここからは繊細に!」

そのまま段ボールの壁の穴に突き刺し
ゆっくりと差し込んでいった。

「お見事!!!」

オレは思わず手を叩いていた。

最後の硝子柱を差し込むには、
使わなくなったクレーンが無用の長物になり
邪魔にさえなっていた。
オレはハンマーでパイプをばらす。
ビルト&クラッシュの槌音がまた館内に煩くコダマして、
すっきりしたギャラリーに戻ると
またMikeが出てきた。
大半の硝子が刺さった様子に、
さっきの不安気は消えてオブジェを観る目になっていた。

「よしっ!いけるぞ」

オレが叫ぶ。また頼もしい<爆弾四銃士>が
最後の一本を刺しこむと、
美しく輝いた硝子柱が
分厚い段ボールを突き抜けていた。
早い、<A SPRIT SECOND>の再構築は、
文字通りに瞬く間の出来事だった。

工事現場のようだった館内が
パワーブロックのギャラリーらしくなっていた。
運送屋の四人組も、
今、自分が関わったオブジェを
食い入るように眺めている。

「ありがとう」

ボスの肩を叩くと、
彼は右手の親指を立てた。
休む間もなく彼等は、空になった梱包箱を片づけて
自分たちの倉庫に運び去り、
入れ替わりに様子を見に来た
キューレターのMorganとMikeの二人が、
出現したオブジェについて
何やら語り合っているようだった。

まだHYAKU等が
昼メシから戻ってくる時間ではなかったが、
『この勢いだと今日中に完了してしまうだろう』
この早い進行にオレはいっそう調子に乗った。
<THE CONNECTED UNITY>の
ボルトアップを一人で始めていたオレの頭蓋には、
サンスクリット語<sunysta>を繰り返されていた。

七〇枚目のピースを締め終わった時、
Mikeが近づいてきて

「Amazing!」

と少し驚きをまじえ、
やっぱし生真面目な顔で手を左右に広げて言う。
この大規模なオブジェを再構築する早さにも
たまげているようだった。
歌のタイトルで聞いたことがあるコトバだが、
嫌な響きではなかった。

「ありがとう」

と答える。英語の国に来た今回、
一言も英語を喋れない男に徹することにしている。
だから「Thank you」ではなく
心を込めた「ありがとう」の音なのだ。

Morganは入り口の方や奥にまわりながら、
オブジェの位置を確かめているようだった。
手を休めていたオレの処に来て、
あくまでもキューレターらしく
冷静に「グレート」と言う。
オレも穏やかに「ありがとう」と答え作業を再開した。

八十三枚目の時、時間通りNATSを先頭に
ASIAN、HYAKUが戻ってきた。

「あと三十一枚だ。今晩中に球形を完成させるぞ」

「ハイ」

とうとう百枚目になった。
無口だったASIANも冗談を言って
仲間を笑わせているし、
NATSはシノの使い方をマスターしていた。
HYAKUはそのピースを掲げて
「ヒャクヒャクヒャク」と歌いながら、
リズミカルに踊りだす。単純に見える作業に
自分等の悦びを見つける彼等が、
アジアから来た束の間の<旅団>の同士に思えてきた。

午後八時、
<THE CONNECTED UNITY>が
完全な球形になった。
イェローバードは<A SPRIT SECOND>の
周りをゆっくり回りながらヒカリの変化を眺めている。

予想を超えた早い完成だった。
若いころ永く思っていた人生を夢のようなモノだと
知ってしまった今は、もうひとりの<オレ>が
もう少し遠くまで往けるような気がして、
久しぶりに錆に似た気分もすっかり晴れ
しかも微塵の焦りすらない平安な気分だった。

「よくやってくれた。ありがとう。
 みんなで晩メシを食ってくれ」

ポケットの一〇〇ドル札を
リーダーのイェローバードに渡した。

「ハイ、アリガトウ」

彼等は声を揃えた。



八時になっても外はまだ昼間の蒸し暑さが漂い、
トマトみたいな夕陽が墜ちる寸前だった。
地下鉄の<二十三丁目駅>に向かって歩き出す膝から腰、
背中にかけてに激痛が走っていた。
全ては夢の断片である。

クマさんへの激励や感想などを、
メールの表題に「クマさんへ」と書いて
postman@1101.comに送ろう。

2005-06-23-THU
KUMA
戻る