クマちゃんからの便り

悠々と急ぐかい


どうしても寝過ごしてはならない時は、
眠らないで朝を待ってきたオレは、
今まで目覚まし時計を必要に思ったことはない。
ヴェネチア個展の遠征のおりに、
サンマルコ広場の裏通りで見つけた腕時計は、
オレにしては高すぎて
迷った挙げ句にやっと買ったものだ。

大きな文字盤でネジを巻かなけりゃ
二日で止まってしまう手巻き式である。
海外や地方に出掛けるときの必需品で、
その地で迎えた朝に、
ゆっくりとネジをいっぱいに巻く時の
儀式道具になっていて、普段は腕にすることはない。

途方にくれたケネディ空港で、
針をNYのサマータイムと
時差に修正しながら迎えを待っていた。

部屋に這入ってからは、
テーブルに置いて唯一の時間装置にして、
パソコンの分刻みの数字は、
NY時間に直すのも面倒なので
ニッポン時間のままになっている。
NYに来て以来どういうワケだか、
毎朝、長針と秒針がぴったし<12>にきた瞬間か、
五秒前には必ず目を覚ますのである。

はじめのうち不気味な偶然に戸惑ったが、
特に困ったことも起きることもないから、
こんな形でやってくる朝を楽しみにするようになっていた。

<早起きは三文の得>と言ったところで、
三文とはいくらなんだ。否、そんな小銭のコトではなく、
大盛況だったオープニングの予告だったのかも知れない。
しかし、オープニングも無事に終わり、
初めての朝に目を覚ましたのは
やっぱり六時、五秒前だった。
腕時計を手にとり、秒針をカウントダウンで
六時を迎えてからネジを巻いた。
きっと、腕時計の横に移した写真のGARAからの
<オメデトウ>だろうと納得した。

それにしてもオブジェについては
秘かに自信があったものの、
予想外の反響と盛り上がったオープニングパーティーで、
はしゃぎすぎのあまり呑んだ葡萄酒は本当に美味かった。
しかし迎えた今朝は、
胃液と混じってチャプンチャプンして、
オレの身体自体が不愉快な液体の容器になってしまい、
アフリカ地鶏のグリル、
アップルパイにエスプレッソまでが
斑に混じっているようだ。
しかし、たとえあのパーティの呑み物が、
ウガイ薬だったとしても
オレには美酒に換わって呑み過ぎていたはずだった。

何も予定が入ってない今日は、
アルコールが消えるのを
ソファーの鋳型に戻って待つことにしたが、
五分もしないうちに飽きて滑り墜ちる。
オレは二度寝に慣れてないのだ。
上半身を垂直にしていた。

「個展を成功させた次の重要なステップとして、
 NYでKUMAの本を出すべきだ。
 これから出版社、スポンサーに当たって
 具体的に動いていこう」

昨夜、Morganが言ってくれたコトバを思いだした。

ここから先の戦略とは無関係に、
オレはただ創り続けるだけだ。
鉄のオブジェはパワーアップして
新たな展開をしながら、
ゆうゆうと急いで、往ける処まで逝くのだろう。
Morgan、Mike、ヨロシクな。

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2005-06-28-TUE
KUMA
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