クマちゃんからの便り |
ガラクタの地層から この夏は、十五年前下町に建てた FACTORYを整理した。 要らなくなった道具や、スクラップ、 もう見ることもなく溜まってしまった画集や、 本などを処分してせいせいした。 それにしても十五年というジカンは、 ガラクタが溜まってしまうものだ。 クソ暑いなかシュレッダーにかけたり 産廃業者に引き渡したりの大騒ぎである。 納戸の奥にあったひしゃげた段ボール箱に、 糠漬けの甕をかき混ぜるように手を突っ込むと、 当時付き合いのあったヒト等から頂いた 手紙の束を掘り当てた。 崩れそうな地層のなかから特に引きつけられたのは、 左隅に深澤用箋と印刷された 黄色くなった二〇〇字詰めの一枚の原稿用紙だった。 三〇年ほど前、 まだオレがアングラ劇団でポスターを描きながら、 ラブミー農場で敬愛する深澤七郎親方の元で <お作法見習い>していた頃、 彼が<未知のヒト、クマさん>と題して オレのコトを雑誌か何かに書いてくれた原稿である。 彼が逝ったのは十八年前のクソ暑い八月十八日で、 嵐山光三郎と駆けつけたのは激しい雷雨の夕方だった。 座り直して何度も何度も眺めていた。 いつの間にか身に付着した垢のようなモノや、 くだらないコンセプトやら テーマなぞのガラクタを整理して、 ただ屁のようにアッケラカンとした ゲージツをまた再開する矢先に、 心強い二〇〇字のオマージュとの再会である。 この時期に、導かれたような不思議なジカンだ。 表装してオレの眼の前に掛けておこうと思いながら、 なおも底を探ると小物に混じって薬ビンが指先に当たった。 見覚えがある。あの時さんざん探したのだが 見つからなかったモノだ。 二十五年生きて去年の五月一日、 明け方、オレの腕の中で逝った <GARAのキン玉>である。 少なくなった飴色のホルマリン液の中で ホヤみたいな色の肉片が、相変わらず漂っていた。 GARAがイラストライター・南伸坊の家から 来て間もなく、当時のオレには大枚だった 一万八千円を奮発して摘出手術してやった玉だ。 医者のゴミ箱に処分されるのが悔しくて、 わざわざ取り返したモノだった。 ちょっと遅くなったがアイツの墓に返してやろう。 武川FACTORYの朝六時。 自動的に目を覚ますオレはメシを喰い すぐに絵を描きだすのだが、三時間もすれば飽きてくる。 飽きると糠漬けをかき混ぜて 百姓が持ってきた野菜を漬ける。 メシのたびに喰う茄子や大根の味が いい味になってきたのは、 糠の醗酵状態が落ち着いてきた証拠だ。 日照りにときどき台風のこぼれ雨が降るから、 今年の雑草の生育が早い。 ウッカリしてると、工場の周りはたちまち ヤブカラシやオバナなぞに侵略されて 幽霊屋敷みたいになってしまう。 日に日に伸びてくる雑草を見ていると、 今日こそやっつけてやろうとファイトが湧いてくる。 糠床の撹拌に飽きれば、次は雑草退治があるのだ。 はじめのうちは鎌で切り倒し、 手でむしり抜き土を落とした根を 天に向けて積んでおくと涸れる。 翌日、火をつけるのだが、 これはラブミー農場で深澤親方から教わった方法だが、 FACTORYの雑草の生育速度に追いつかなくて、 とうとう草刈り機を買った。 自動車の運転ができないオレでも、 草刈り機のエンジンを掛ける手順を覚えてしまい、 袈裟懸け、円月殺法、ツバメ返しを繰り出す雑草退治に バッタバッタのなかなかな活躍ぶりである。 オレは自動車や飛行機に乗るなり エンジンが回転する低周波で眠くなる質だから、 草刈りの最中でも眠くなってくる。 飽きたからやめて、 要らない本の上に枯れ草をのせて火をつけた。 『イイなぁ、消却していくことは』。 盛大に燃えるページは、未練がましくペラペラと捲れ、 つまらない内容を読んでほしそうにする。 『もう騙されないわい』。 棒で突いてひっくり返し一気に燃す <弄り焼き>にしてやった。 その時、左掌に薔薇の棘が刺さったような 鋭い痛みが走る。右の頭蓋にハチの羽音が響いた。 『スズメバチだ』と気づくがもう首。 払いのけた掌にキィーン。 Tシャツの上から乳頭脇まで刺しやがった。 堪らず道路まで一目散に逃げた。 刺された箇所が重い痛みに変わりうずくまっていると、 「釣ってきたアマゴとイワナを薫製にしただ。 今晩喰いしぃ」 スダさんの軽トラだ。 「それどころじゃないんだ。 今、スズメバチにやられちまったわい」 「アレッ、ダメだ。死んでしまうだ。医者行くだよ」 スダさんに急かされ荷台に転がり込んだ。 ドクトルに貰った飲み薬と 吹きつけた箇所を急速冷凍にするスプレイで 一晩凌ぐコトにした。 帰りに買ってきた三kgの氷を直接、 首と乳に当て部屋で倒れ、 痛みを冷たさで麻痺させていた。 氷のなかで 「死ぬだよ」スダさんの緊迫した声が残響していた。 『オレの家系でハチで果てた者はいただろうか』 とアッケラカンと思ったものだ。 眠ったり薬を飲んだりした冷たい夜が明けた。 手で探ると腫れてもいなけりゃ、大きな痛みもない。 『とうとう逝ったのだ、オレは』 それにしてもあの世も腹が減るんだなぁと思っていると、 ちょっと汚れた銀色の宇宙服を着た男が現れた。 籠もった声で「まだ逝ってなかっただね」。 頭をすっぽりと覆っている顔の部分が細かい金網になっているのが奇妙だったが、 まだオレはあの世にいるものだと信じ込んでいた。 「役場から借りてきたハチ退治の防護服だ」 スダさんの声だった。 ハチにやられた箇所が全く腫れてないのを見て、 「普通は服が脱げないほど腫れて、 悪くすればショックで死ぬだ」 あきれ顔だった。 「じゃぁ、やっつけてくるだから、そのまま待ってるだ」。 オレは生還したのだ。 この近辺のヒト等はムカシから、 地蜂をみんなで追いその巣を見つけ、 幼虫であるヘボを取る情熱的な習慣がある。 蹴つまづいて脚を折ったり顔面を打ち付けたりしながら 大人も子供も夢中で追うヒトビトである。 焚き火跡のわきに一匹落ちていたと言って、 宇宙服のスダさんの大きな銀の指に スズメバチがはさんであった。 もう完全に死んでいたが、 オレに叩き殺された そそっかしい刺客を入れた小ビンを見ながら、 アマゴの薫製でメシを喰った。 |
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2005-08-31-WED
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