クマちゃんからの便り |
ゲージツのたくらみ 長くなった山籠もりの朝、 水の器をセットして冷凍庫の扉を閉めると、 パチパチと短い間隔で 激しく窓硝子やトタン壁を打ちだした。 アカマツ林が大きく揺れていて、 針みたいな落葉が帯になって跳んでいる。 地面を踏むこともなく、水を透明に凍らす実験を 何度も何度も繰り返しているうちに、 木枯らし一号が吹いて またクソ寒ぶい時期になっていたのだ。 氷の結晶にはどんな物質も入り込めないという。 家電の冷凍力は速すぎるから、 どうしても不純物や気泡を閉じ込めたまま固体化して 真ん中が不透明になり膨らんでしまうのだが、 試行錯誤の末に<時速三ミリの氷>が 透明に近くなることをやっと掴んだ。 この年末、極寒の北海道トマムの大雪原にて組み立てる 五メートルの型枠に、七トンの小川の水を注ぎ 氷結させる透明なヒカリのオブジェのなかを、 螺旋を描く<赤>と<青>が天翔るプランである。 四十八℃のサハラ砂漠、モンゴルの大草原、 そして今回のマイナス二十℃のなかで 大気のチカラだけで大量の水を氷結させる <ゲージツのたくらみ>のオブジェだ。 湖や池に<御神渡り>が現れる数日前から、 近辺のそっちこちで野良犬が一斉に 遠吠えを始めるというのはムカシからあった話である。 大気温と地熱の差でゆっくりした対流で氷結する時の、 ヒトの耳では感知できない高周波を、 犬の耳は敏感に捕らえ 見えない恐怖を闇雲に吠えたてるらしい。 対流や氷から排斥された不純物や空気の除去や 凍結速度の大自然のシステムに、 人工の冷却装置での小規模な製氷実験が、 自然界でどんな助けになるのかは分からないが、 未だ見ぬヒカリを希求するチカラが 大きな味方をするのだ。 庫内の氷結課程は扉を閉じれば想像するだけしかない。 こんな山籠もりで久しぶりの読書三昧である。 若い頃買った文庫本を取り出して 三島由紀夫や大江健三郎の小説を読みふける。 海に漂うジカンから遠離っていたから、 最後はヘミングウェイの<老人と海>だった。 これは今のように釣りに夢中になる以前に読んだ本だが あらためて読む。 運から見放されたサンディエゴが八十五日目に掛けた 巨大カジキとの死闘に心が騒いだ。 当分、釣りどころではないのは分かっているのだが、 先月に自己記録を更新した 5.2kgの大ヒラメの写真を眺めた。 山籠もりは、<実践>と<認識>の 往ったり来たりを楽しめるジカンでもある。 極寒への旅立ちも迫ってきた。 |
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2005-11-16-WED
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