クマちゃんからの便り

ゲージツと釣り

落下さんからの定時報告では、
北海道勇払郡の原野は
マイナス15度に安定しているという。
ここにきて3つの低気圧と
黒潮大海流の太い帯に責め立てられ、
山も海も大荒れに冷え込んできたようだ。
いよいよ酷寒にて5トンの水を透明に凍らせる
<冬のコイノボリ>制作ジカンの始まりだ。

巨大マンホール用の鉄型枠が2トン、
Uクリップ200個、番線50kg、足場材20セット、角材、
コンプレッサー、レザー水平機、シノ、バーナー。
北海道へ空車で帰る4トン車をなんとか見つけた。
山梨FACTORYに集結した機材で、
制作現場の勇払原野へ運ぶ輸送トラックの荷台が
規定ギリギリの満載になってしまった。
工場移転を思わせる量である。
最後に積み込んだ防寒服は、
カナダの極北に13年周期で訪れるオーロラの当たり年、
アザラシ狩りをしている漁村の小さな漁具屋で
購入したモノだが、
山梨の冬には大袈裟過ぎて着ることはなかった。
数日後には原野にこの防寒服を着たオレは
制作に入っているだろう。
5年前の衝動的な購入動機は、
大自然のシステムに身をゆだねる<凍りのゲージツ>を
無意識にも予知していたのかもしれない。
北海道に向けて出発していくトラックを、
手伝ってくれた村のスダさんと見送った。

部屋に戻ってストーブを焚くが、
水の製氷を復習するノートに白い息がかかる。
機材を使っての作業スケジュールを入念に組む。
三宅島でカンパチ釣りをする
<釣りロマン>という番組取材の予定が入っていた。
今年最後になる釣りを楽しみにしていたが、
同行する感覚派釣り師・高橋哲也から
ケイタイ・メールが入る。
「三宅島はもう3週間以上も黒潮の大海流に囲まれて
 水温が25度を下がらないでいる」。
3個の低気圧群にスッポリ嵌った海は
カンパチ釣りを絶望にしたようだ。
しかしこの釣りで自然を味方にしてから
勇払原野に向かっていくつもりだったオレには、
他の日程にもう空きはないし、
番組制作側も今月17日放映に
間に合わせなくてはならない。
哲也は、風裏になる東京湾本牧沖での
<スズキ釣り>を選んでくれたようだった。
やったことのないこの釣りは、活きた芝エビを餌にする
ムカシからある江戸前の釣りらしい。

船宿で哲也が待っていた。
船長に、針の餌を付け方や小さな当たりの合わせ方など
レクチャーを受け出港した。
風の影響をまったく受けない快晴の東京湾は、
富士山やベイブリッジがくっきりして
芝居の書き割りのようだった。
2ヶ月前、三宅島のカンパチ釣り船上で
偶然に会った茶髪の哲也は、
骨折した左腕の肘から指先まで
L字型のギブスで固められていた。
人懐っこい顔の目は油断無い観察に充ちていて、
刻々と変化する潮の具合、濁り、風向き、
波から、見えない海の中を読み
自分のタックルをコントロールして、
狙った魚の口元へ餌を送り込むのである。
狙った通りの魚が狙い通りに掛けるコトが釣りだと言う。
投入する一回ごとに必殺の気を放ち、針の巻き方は
「どんな釣りでも外掛け結びだけです」
とニコッとした途端、彼の目が竿先に留まった。
激しく竿先が海の中に絞り込まれた。
左腕のギブスで竿を支え
激しい動きを全身でいなしながら、
右手の竿尻を腹に当ててリールを巻き取り
ついに15kgのカンパチを仕留めたのである。
オレは思わず哲也のギブスに
<ワンハンド哲>とマジックで書き込んだ。
それ以来、釣りとゲージツを交信する
<メル友>になったのである。

今回の<スズキ釣り>も
哲也の観察がオレの釣りを助けてくれた。
朝教わった通り、跳ねる芝エビを針に慎重に刺した。
<コツッという小さなアタリに、1、2、3のリズムで
竿先を送り込み、4で大きく合わせる>を待つ。
ウッカリしてると見逃す。指示通りのタナで、
<コツッ>のアタリを待つのだがこれがなかなか難しい。

「そろそろさっき掛け損なった場所だよ、大きいのが」

哲也は一投ごとの場所や条件をインプットしてあるのだ。
オレは竿先に集中した。
本当に小さな<コツッ>の魚信に、
送った1でもう竿先が激しく引き込まれた。
一気に大きく合わせると物凄い勢いで
海に持って行かれた竿先で凌いでいると、
固た目に締めてあるリールから
ラインが引き出されていくではないか。
こりゃデカイぞ!

「針が延ばされないように、ゆっくり」

哲也が叫んだ。
仕留めたスズキは82センチ、4.2kgあった。
低気圧の海で初めて挑戦したスズキ釣りが
番組になったことでホッとしたが、
それよりも海で味方してくれた大自然が、
勇払原野でのゲージツにも
手を差し伸べてくれるような気がしたのだった。

クマさんへの激励や感想などを、
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2005-12-08-THU
KUMA
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