クマちゃんからの便り

揺れ動く風景

鳥が鳴きはじめる朝四時には明るくなりだした東の空も、
今では四時半ちかくになってやっと、
大武川の落ちこみが白く浮きあってくる。
もう秋なのだ。

夜明け前から朝メシまでの数時間を
<中学数学>の復習をするのが、
山のFACTORYでの
日課のはじまりになっている。

まだ中二がはじまったばかりで
<関数>にたどり着いたところだ。
<正解>よりも<考え方>や<方法>が
今さらのように面白いのである。

家を出るための綿密な計画を決行する日まで、
誰にも悟られずに編み物や
クレヨンや鉛筆でひっそりと絵を描いて
やり過ごしていたあの頃は、
数式を前にすると脳ミソがたちまち痒くなってしまう
悪魔の科目だった。

しかし今は、<完全数>や<素因数分解>の数字や
<双子素数>に交差して、
あのジダイの遠景、空を突く溶鉱炉の群列や、
造船所で添え木された木製竜骨の林が浮かびあがり、
ノートに換わったスケッチブックが、
色とりどりのボールペンの数字に埋め尽くされている。

始めも終わりも、
表も裏の区別さえないページの連なりは、
数字の編み物かレース編みのオブジェになってきた。

あれから半世紀近く経った<中学数学>の復習は、
<華厳唯識偈>の写経や
朝の散歩にちかいのかもしれない。

電動アシストのチャリンコが、
傾斜が続く山岳村を走り回る便利な足になっている。
全面的に電動ではなく、自分の脚で漕がなきゃ
アシストしてくれないというくせ者だ。

登り傾斜にさしかかったペダルを踏み降ろすとき、
エレキがつかの間サポートしてくれ、
見えない<神の手>が後押しされるようで楽チンなのだ。

すぐ上にきた反対のペダルを踏みこめば
またスイッチが入るという仕掛けなのだ。
だからいつも漕ぎ続けなけりゃ倒れる。

ターボにスイッチを入れると、
少々急な傾斜も助けてくれるが、怠け者には味方しない。
人力とエレキのハイブリッド・バイクなのだ。

昼から乾いた空気と陽射しに誘われて、
実り始めた水田の畦道を往く。
田植え直後真新しいミドリの水田と、
黄色くたわわな風の景色が気に入りだ。
スダさんの田圃も豊作のようだった。

今まで往ったことのない路を走る。
古い土蔵の脇を抜け、竹林を抜け、道祖神を眺め、
猿よけの電気フェンスに平行していたら、
もう県境だった。

色とりどりの花がデタラメに咲いている
農家の<揺れ動く庭>先に出た。
思わず幻想的な美しさに見とれてしまった。
きっと婆さんが仏壇に上げるため気まぐれに植えた花が、
いつの間にか、度を過ぎて増えてしまったに違いない。

<人間中心主義>から見れば、
なんともアナーキーでエコロジーな景色なのだが、
公園や道ばたなぞに意図して整然と植えられた
花の卑しさがなかった。



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2006-09-06-WED
KUMA
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