クマちゃんからの便り

ヒラメを米に換える



今年になって房総の海に行ってない。
オレが釣りに行きたいタイミングと、
温暖化して魚との折り合いが悪くなっている海が合わず、
段々と疎遠になっていたのだ。
外川沖でヒラメ釣りをして、
その足で市原の美術館に向かうことにして、
久しぶりに下山して船宿に泊まる。

房総半島の山間にあるダム湖のほとりに
小さな美術館があり、
盲学校の生徒が造った焼き物のオブジェの展示や、
市民の展覧会をやっていた。
亀田氏がまだそこの館長だった頃の依頼で、
小高い丘に鉄と硝子で大きなオブジェ
<飛来>を造ったのだ。

潮風の影響で少し劣化が目立ちはじめたから、
一度見てほしいと言う。
もうあれから七年経っていたのだ。

 わざわざ日付変更線を越えたハリケーンは、
 <台風>に名前を変えて来襲してきた。
 
 『いつも何様のつもりなのか‥‥』

オレの久しぶりの釣行まで邪魔させんぞとばかりに、
強い念力を飛ばすと
列島の海岸線をコソコソと離れて北上していった。

強くなって作り直した乱視の老眼鏡で
さっそく作ってきたヒラメの仕掛けに、
真鰯の生き餌を掛けてまだ残っている
うねりの海からの魚信を待つ。
一投ごと、一刻ごとに一秒後の
「次だ」と想う未来である。
iPodでバッハを聴きながら、
海底に張り付くヒラメと繋がる瞬間を待つ。
オレは踊るように竿先でヒラメを挑発した。
久々の感覚だった。

食い付いた! まだ早い、油断なくゆっくり
ラインを五センチほど送りこみ、
竿で魚の様子を利くと、
途端に竿先を激しく海に引きずり込まれる。
今だ! 魚の生きに合わせる。
「よし!獲った」。

3.4kg、2.3kg、1.8kgの良型ヒラメを三枚釣り上げた。
まだ腕が鈍ってないわい。
2.3kgの喰い頃を、亀ちゃんへの手土産にした。
何カ所か200kgの硝子を受ける治具が錆びている。
クレーンで少し吊りあげ、
メンテナンスすれば簡単に済むことだった。

奥方のヘルシーな手料理を御馳走になる。
持参したヒラメも上手にお造りにしてくれ、
そのうえ、近くで獲れた新米
<夢千石>までいただくとは、
断然オレの方が得をした物々交換だった。

研究論文の山籠もりから戻ったプロフェッサー・
WARAGAIからメール。
三日の徹夜を二回続けた過酷な期間中、
彼も自炊らしいが
一食二〇〇円の食費だとゴミが出なくてイイとあった。

一〇日単位のオレのゲージツ山籠もりも
約二〇〇〇円ちょっとだから、
生存形態だけは大数学者と同じなのは誇らしい。

「次の掛け算をしてください。
 きれいな分数が現れます」
とあるじゃないか。
宿題だったあの<美しい数列>の解答の一部が
ついに明かされたのだ。
とてもオレなぞの直感が届くはずもない
<自然を支配する音階原理>の数列。

オクターブ上がると振動比は、
基音を1として、2になります。
さて、この1から2までの区間を適当に分割して
1から2を得よというのがこの問題の核心部分で、
詳細と指数関数の関係は後日とある。

それまでに電卓を持ってないオレは、
また新しいスケッチブックをノートにして、
なんとか膨大な分数を地道に解いていくのである。

プロフェッサー・WARAGAIのメールには、
音楽やマニエリスムとなど、
芸術と数学の変革や革命について繋がっていく
エキサイティングな予感がある。
印象派以降、二次元のうえに展開する
絵の具のカタマリが表象してきた<欲望>も、
数学化されてしまうのだろうか。

オレは新宿の手芸店<岡田屋>を覗き、
ボタンや刺繍糸を買う。
段ボールにひと針二秒のストロークは、
はじまったばかりだ。
辺境の地にサイト・スペシフィックを創りながら
オレは、傍らで刺繍をしているのだろう。



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充実した作品群をお楽しみください。
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2006-09-14-THU
KUMA
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