クマちゃんからの便り

春の宵

紅テントの春公演[行商人ネモ]を観に行ったのが、
ゴールデン・ウィークで唯一の予定だった。
すぐにまた山籠もりに戻る。

まだ開演まで時間がタップリあった。
紀伊國屋書店をブラブラ。
世界堂にも寄って、水彩筆を大量に買う。
最近フッとエロ画を描きたくなっていたのだ。

四谷シモンやアンポと餃子屋で、
黄昏ドキの街を眺めながら一ばいやっていると、
新宿中から一瞬全ての音が消滅したような不思議な静寂。
平安な宵のイットキだった。

三十年住んでいたシモンのアパート引っ越しで出てきた、
海外で手に入れた古く分厚いエロ本をくれた。

「メシが炊きあがるまでのジカンにでも眺めればイイ」

イイ資料だ。重いエロを大切に抱えてテントにいった。

飛び散る盛大な水なぞを使った
サービス過剰のスペクタルじゃなく、
逆に砂の水槽とセコイほどの水で、
胎内のような紅テントのなかの
無意識のジカンの海に誘う活劇だった。

テント内にてエン会。
石橋レンジ、緑魔子、シモン、詩人・桑原、
若松・映画監督。まだ呑み足りない面々。
何処も連休休み。<NADJA>を開けさせ、
またもエン会。客もつられてゾロゾロ。

朝、オレは山に向った。

もう5、6年前にアカマツ林の茂った下草の探索中、
トグロを巻いていた藤の蔓を見つけて、
丁寧に伸ばして表まで引っぱり出した。
アカマツに巻き付けていつか花が咲くのを待っていたが、
もう諦めて忘れてしまっていた。

夜中じゅう絵を描いていたから快晴が眩しい。
頭蓋内は空っぽだった。
セザンヌはこうして水面や空から光り取り込んで
それと一体化するのを待っていたのだろうか、
なぞとオレはただボンヤリしていた。
ツバメがとうとうこの村にもやって来たらしい。
しかしオレには真っ青な虚しい空は、
ツバメにとっては空っぽの広大な空気ではなく、
気圧、気温、磁気、匂いの情報の海だ。
濃淡を肌身で読み取っりながら飛んでいるのだ。

ボンヤついでに、近くの山に眼をやると
そこいら中が藤色の斑が華やかになっていた。

『そうだ、オレの藤はどうなっているのか』

アカマツの樹が緑を纏っている。
藤の蔓が大蛇のように絡みついて
宙に昇っていくじゃないか。
しかも、美しい藤色のウロコを輝かせて
エロティックな光景である。

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2007-05-09-WED
KUMA
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