クマちゃんからの便り

死んだふり



酷暑の列島、この惑星の不穏な発熱。
東京で取材を済ませ、
本屋を彷徨ってから山に逃げかえる。
それでもこの山岳地帯の夜は
20℃台半ば過ぎまで落ちるからアリガタイ。
水銀灯を点けたFACTORYで
スチール・ブッダを創っていた。
作業中、明かり取りの天窓に
コツコツと礫が当たる音がしていた。
はじめのうちビクリとしていたが、
マツボックリが落ちる音だろうと思って
制作を続けていた。
しかし、音に生物反応のような響きがあった。
お盆のこの時期、
誰か訪ねてきた家鳴りなのかなと、
気にもならなくなり朝になった。
工場の外に出て深呼吸。
足元に大きなカブトムシの雄が死んだふりをしていた。
手に取ると動きだす。
ここに工場を建てて12年になるが、
雄のカブトムシを手にしたのは初めてだった。
鋭い爪がオレの皮膚をひっ掻く無遠慮が心地イイ。
ケイタイで写真を撮ろうとすると、
手の甲へ隠れ手首の辺りで突然、
赤黒く光った背中が割れて
油紙の羽根が拡がるや呻き出した。
土臭い甲州弁のような羽音をのこし
飛び立った瞬間の寸前、
オレが押したシャッター音と重なって、
まるでいつか聞き覚えのある
甲州人の笑い声に似た羽音を響かせ、
タドタドしい旋回で高い屋根を越えていった。
つかの間のカブトムシの
タッチアンドゴーでのツーショット。

18日は早いもので、
深沢七郎親方の20回目の命日である。
オレがまだ若い頃、彼のラブミー農場で
今で言う<スローライフ>の作法見習いを修行していた。
彼が亡くなって、随分ジカンが経ってから、
縁ある奈良の寺でのオークションで<書>と出会った。
なんと1万5千円也。
安すぎる。
親方との御縁の再会に、
なんとしてもオレが落札する決心をして、
あっさり5万円也で落ちた。
しかも大枚5万円で額装。
締めて10万円の唯一のお宝になって、
FACTORYの書斎でオレを見おろしている。

[人が死ぬことは清掃事業だから喜んでいいことだ]

バブル前夜のジャパン、
親方はすでに人類の人口爆発を予知していたのである。
深沢親方がカブトムシになって
オレをからかいに来たのかもしれない。
屋根の向こうは、
深沢七郎の実家があった石和方面である。

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2007-08-22-WED
KUMA
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