一角座とネジ式な夜
気まぐれの目に入った<ファーブルにまなぶ>とやらの
看板に誘われて、国立科学博物館に吸い込まれていた。
高齢者対象の割引はしてないという。
甲高いガキ共の声と保護者の猫なで声ばかり。
どうやら展示のクイズを解きながら学習しようという
家族連れ対象のお勉強催しだった。
オレは甲虫や蝶に見入っていたかったが、
展示室を後にした。
入口付近の吹き抜け、3階の天井から
ステンレス線で吊した鉄球の回転装置。
地球の自転を立証する<フーコーの振り子>を眺めていた。
能書きをなかなか理解できなかったが、
いつまでもその振動する鉄球が生き物に思えてきた。
長い塀ぞいをグルグルしているうちに自分を見失う。
家出上京して上野駅にたどり着き、
ひとり途方に暮れていた夕暮れから
もう50年ちかく経っている。
あの頃の細胞も
日々消滅しては再生しを幾たびも繰り返し、
今さまよい浮遊するオレは、
もうあの時のオレではないのだろう。
それでは今、こうしてあの時を思いだしている
『オレは誰なんだ?』。
上野の森は美術館、博物館などの
煉瓦の館が林立している。
こんなところに風の映画館なぞあるのだろうか。
しかし荒戸源次郎氏と長峰が待つ
<一角座>を探さなくちゃ。
もうトークが始まる時間が迫っていた。
さっき見た機関車がまた黄昏のビルから現れた。
「此処は何処なんだ」と叫びそうになり
頭蓋内が混乱するのは一瞬のことで、
この頃はあわてることもなく、
ベンチでもあれば本を読むなり、
無けりゃ空を見上げながら
不安と浮遊感を楽しむようになった。
浮遊中にクジラが跳ねてワニだった記憶の細胞が、
ベンチから立ち上がらせた。
塀沿いの暗がりを150メートルほど往くと、
塀の区切りに青年が立っていて、
「一角座です。楽しみにしてました」という。
荒戸氏のところの若い衆だ。
シネマプラセットを創り出した荒戸源次郎氏は風雲児で、
70年、80年代、90年代数々作り出した名作を、
銀色の移動映画館で上映していた。
「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」「どついたるねん」。
そんな名作の隙間の25年前に、
風にさらわれやすい質のオレは、
当時まだ若かった映画監督・長嶺高文の
「ヘリウッド」にチャッカリと出演していたのだ。
苔むした着流し、住処の6畳一間の大部分を田んぼにし、
「コケの恋愛」の研究をする動物みたいな
学者の役だったと思う。
初めての映画出演は、何だかやたらと
不思議なメモリーだったが筋書きは覚えてない。
<一角座>の上映前、荒戸氏と長嶺との対談に
ジカンのワープ。
「赤目四十八滝心中未遂」は荒戸氏自身が監督した作品だ。
今さら25年前の自分に会うというのも照れくさいから、
3人で根津界隈の居酒屋に飲みに行った。
オレはお湯にショーチューを垂らす程度の液体で
充分トリップ出来るようになっている。
覚醒しながら泥酔していく達人の域である。
今宵はマホービン一本を空にして、
心地よい湯当たりの夜だった。
「またいつか擦れ違うこともいいな」
3人はバラバラの方向に消えていった。 |