移ろう
キューバ人との間に生まれた女の子を連れた
女友達と会った。
生まれてもうすぐ一年という小さなカタマリに、
こんな間近で接したのは久しぶりだった。
確かに可愛らしいのだが
それは、犬や猫の赤ん坊と変わりない。
自我が芽生える寸前の彼女は、
大きな鏡に映る<自分>らしい像を見詰めたり
微笑みかけたりしているうち、
飽きて何処かへ消えてしまった。
テーブルの下でオレの五本指靴下に何かが触る。
覗くと小さな女の子が、
不思議そうな顔でオレの靴下を捕まえようとしていた。
オレの靴下は丁寧にも一本ずつ、
赤、黄色、ピンク、青、緑の色違いになっている。
彼女には大きな親指が気に入ったらしいから、
赤い指を動かしてやるとキャッキャと大喜びする。
誰にも見えない、もちろん彼女本人にも見えない
<心>という不思議なモノが、
いつの頃に彼女の元にやってくるのだろう。
寄って集って祝福してくれる
ビンボーで陽気な親戚一同が待っているキューバへ、
女の子は父親と二人で初めての里帰りをした。
カストロが引退したニュースが流れた。
二週間、鏡の前でまだ戸惑っていた彼女は、
キューバ滞在から戻るなり
「イヤ!」という意思表示を
連発するようになったらしい。
どんな<心>が芽生えたのか‥‥。
磨いた銅板にはオレの顔がクッキリ映り込んでいる。
移ろい変わってきた自分の顔を削り取るように、
ドライポイントの先を突き立てる。
土木機具に焼きを入れ改造した
鋭利なドライポイント・ニードルが、
何処までも広がっていくような銅版の上を走り回る。
山岳地帯の桜のツボミはほんのり赤味を帯びたばかり。
開花はあと一週間ほど先だ。
強風の中、久しぶりに村まで歩くと、
植木屋で枝振りのイイ<紫モクレン>の苗木をみつけた。
みずみずしい紫が果てしなく澄みきった空に溶け込んだ。
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