荘厳
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武川は<農林48号>の産地だ。
今年の田植えも終わって水を湛えた水田が眩しい。
甲斐嶽をのぞむ山岳の耕作面積は小さいのだが、
昼夜の温度差と水の豊かさが
美味い米に適しているらしい。
ここでとれる<農林四十八号>の銀シャリは、
ぬか漬けだけでもあまりも美味すぎて、
つい喰いすぎてしまう。
銀シャリは、オレが気まぐれに決める
ハレの日だけにして、
普段は<ヨンパチ>の玄米を直火で炊いて食っている。
去年までは東京と山岳工場との
往ったり来たりのリズムはマーチだった。
神田古本屋街、画材屋巡りすれば、
ムカシのように飲み屋に立ち寄ることも
めっきり少なくなった。
気がつくとオレはズンチャッチャのワルツだ。
ズンは東京、
チャッチャで山岳に現象している。
早朝四:三〇
イン ジークォ イン ジークォ ギャランピー。
アカマツバヤシから聞き慣れない鳥の声だ。
<月食>の打ち上げの抽選で貰った双眼鏡で林をのぞく。
スズメよりは大柄の鳥が梢に掴まっている。
茶の間から逃亡して野生化した南方産だろう。
紅色した喉のあたりを震動させてさかんに叫んでいる。
その震動は初夏の深い霧のなかを次々に変化させながら、
オレの左鼓膜に届いて震わせ、
その振動は脳ミソに伝わり刺激したのだ。
イン ジークォ イン ジークォ ギャランピー。
ニッコウ、ガッコウの両菩薩がお見えになっている
国立博物館へ、薬師寺展を観にいった。
三時に着くと入場制限で爺さん婆さんの長蛇の列だった。
同じ券で這入れる法隆寺館はすいていた。
三時半になると薬師寺展の前の列はもう消えていた。
美術学校の<古美術研究>のカリキュラムで
奈良に行って、ボンヤリ観たのは四十年ほど前になる。
今度は何と光背も外してある大サービスで、
絶大な存在感の背中まで見上げながら、
両菩薩の間をオレは三六〇度を漂っていた。
あの頃には見えなかった、
たなびく薄衣に飛鳥時代の風の
<象(かたち)>を見ていたのだ。
一五〇〇円で過ごした荘厳。
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