カラフルな世界
<誰でもピカソ>の収録で
三年ぶりのフジコ・ヘミングさんの登場。
控え室で彼女のキスマークつきのサインを入れた
きれいな画集をいただいたのは序の口だった。
<ラ・カンパネラ>ではなく、
目の前でのピアノ演奏はベートーベンの<テンペスト>。
シェイクスピアの戯曲ということしか知らない
教養のないオレの身体の芯に、
ピアノの柔らかいカラフルな音が
洪水のように流れ込んできた。
オレの頭蓋は色で充たされていた。何という音。
<感動>することから遠ざかっていたオレにも、
久々に<美しい>ことに
つい胸苦しさを覚えてしまった。
続いて上原HIROMIさんのピアノ。
一本のリボンがカラフルに変色しながら、
しかも物凄いスピードで入り組んでいく。
それでもこんがらかることはない
明るいエキサイティング。
新しい音のメディアを創りあげていた。
(6月27日放送)
<美しい>モノが溢れないように、
静かにアズサの夜汽車に乗って山岳の工場に戻った。
海の少年小説を書いている。
もう終盤に来ているのだが、
気分転換といってもルーペで覗く林の景色ばかりだ。
勢いを増しているイチジクの木に、今年は実が少ない。
どうしたことかと調べると、
木の所々に細かいオガ屑が
樹脂とともに流れ出している。
その上に小さな穴が開いているじゃないか。
こりゃテッポウ虫の仕業だ。
幼虫が木のなかに巣くっているに違いない。
そこに居座り養分だけをチャッカリと吸い尽くしては、
食い散らかした内部のおが屑を
穴から外に放り出している。
実には栄養が届かないワケだ。
千枚通しの先を穴に刺して、
グリグリと回してやっつけた。
ホッとして眺めていると、
幹の下の方で気持ちよさそうに合体中の雄雌が
五、六カップル。ジーッとしているじゃないか。
ルーペでよく見ると
象の鼻のように曲がった口先の甲虫だ。
コイツは固い幹にも穴を開けて、
汁を吸ったりタマゴを生み付ける奴等に違いない。
オレに気付いた何組かのカップルは、
それぞれ慌てて上に下に逃げようとしている。
交接部分に負担を掛けながら<愛の駆け引き>だ。
そのうちどちらともなく地面に落ちて、
まだくっついていた。
『このスケベ共め!! 羨ましいぞ!』
原稿に戻ろうとして、ちょっと覗いた葉っぱの裏では、
緑色の蜘蛛が甲虫を捕らえたところだった。
また好奇に誘われしばらく眺めていると、
ムシャムシャと頭から食い始めた。
オレのイチジクの木で繰りひろげられるスケベと殺戮。
敷地内は雑草の大侵略がはじまっている。
オレの口に入るイチジクは残るのか。
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