クマちゃんからの便り

茣蓙のうえの竹取


茣蓙に座って二メートルの竹を細く割っては
カンナを掛けたヒゴで、ただひたすらに
<ヒカリ繭>を創るこのところである。

大きな繭を目指して繋いでいた細い綿糸は、
竹の反発力でどうしても弛み変形してしまって
どうにもならない。

ゲージツ家には考え込んでるジカンはないのだが、
手首の回転ストレッチをしていた。

イライラ度が飽和状態で回転が速くなっていた。

<ハッカー>の使い手だった鉄筋工の頃が
手に甦っていた。

ハッカーといってもコンピュータの愉快犯ではない。
鷲の爪みたいに鋭くなった先が回転する機具で、
コンクリートを流す前に骨になる鉄筋を
針金で結んでいくのである。
東京オリンピックが迫っていた首都東京は、
クラッシュアンドビルトの真っ盛りで、
オレは古いビルの解体や、地下鉄工事など
肉体を駆使した労働でゼニを稼いでいて、
スコップで垂直に深く土を掘るのが早かったが、
鉄筋工としてもシゴトが早くて
親方に褒められたものだ。

今は重機が全盛だから
スコップを使う土方シゴトは見当たらなくなった。
しかし先日GARAの墓穴を掘るときには役に立った。

ムカシ使っていた<ハッカー>が
道具箱のなかで錆びていたが、
油をくれると大事な回転部分と爪先は
まだ充分に使えそうだ。
綿糸を止めて針金のタスキ掛けにして締めると
弛みもなく、シゴトも一気にはかどった。

今頃こんな場面で
役に立つ技を覚えていた手はアリガタイ。
今回は小さな<ヒカリ繭>だが、
八月の奈良での本番は
直径三メートルの巨大なモノになる。
その時は野にはなっているスタッフを結集し
<ハッカー>旅団となって大シゴトに立ち向かうか。

「アレ、今度はウサギ獲りの罠でも
 作っているのけぇ」



ウルシかぶれの薬を
早々と持ってきてくれたドクトルだ。

「罠かぁ…」

竹の骨組みだけを見れば
誰だってそう思うに違いない。

「ヒカリ繭だよ」完成を説明した。

「幻想的だねぇ。
 ああ、これでなきゃダメ、ウルシかぶれは」

幻想的なぞというコトバの似合わない酒呑みドクトルは、
甲斐駒の頂に眼をやりながら呟いた。

京都の尺八の製管師・村田朋山は演奏家でもある。
解体された三〇〇年前の家の
屋根裏を支えていた煤竹で、
オレの尺八を作ってくれたのだが、
<ヒカリ繭>の制作に飽きると
茣蓙の上に座ったまま
新しい尺八で練習していた。
ところが管の地塗りのウルシが
まだ完全には乾燥してなかったらしく、
下唇の下が歌口の形に
丸くかぶれてしまったのだった。

「すぐに治るだよ。しばらくウルシが乾くまで
 吹かない方がイイだね」

ドクトルはそそくさと
寝たきり婆さんの往診に山に向かい、
オレはシゴトに戻った。





「温泉に行って一杯やるかい。
 根の詰めすぎは毒だよ」

夕方、大成建設の所長・金ちゃんが迎えにきた。
久しぶりに広い温泉の露天風呂に浸かって、
彼が手に入れた芋ショーチューを持ち込んで呑んだ。
十二月に設置する中央病院の石の大彫刻にも
そろそろ掛からないとなぁ。
六月から牟礼の石切場に何度か通っての制作だ。

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2004-05-13-THU
KUMA
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