書くことの尽きない仲間たち 車で気仙沼まで行く。東京~福島~宮城 2018車 - ほぼ日刊イトイ新聞
古賀史健
2018.03.10

饒舌と沈黙、ひとりと仲間。

3月9日金曜日、午前10時30分すぎ。
集合場所のマクドナルドに4人の男たちが集まってくる。
到着順に永田泰大さん、田中泰延さん、ぼく、
そして少しだけ遅れて浅生鴨さん。
「とりあえず、なんか食べておきますか」
ちょっと照れくさそうにハンバーガーを頬ばり、
なぜかプロ野球解説者の話なんかをはじめる4人。

そもそも集合時間を30分前倒しして、
レンタカー屋さん近くのマクドナルドに集まったのは、
旅の計画について、わずかながらでも話し合うためだった。
でも、ここで旅の計画を話し合ってしまえば、
予定や約束ごとを決めていってしまえば、
ほんとうに旅がはじまってしまう。
いまはまだ、なにかがはじまる前の予感を味わっていたい。

そんなふうに男たちは、ひたすら着地点のない話を続け、
名残惜しそうにハンバーガーを咀嚼する。
「おいおい、けっきょくなんにも決まってないぞ!」
まるでそれが
とびきり愉快な冗談であるかのようにゲラゲラ笑い、
笑いすぎの静寂がテーブルを吹き抜けた瞬間、誰かが言う。
「じゃ、さすがにそろそろ行きますか」
物語風に語るなら、今回の旅はそうしてはじまった。

生粋の大阪人である田中泰延さんは以前、
大阪人の習性について、こんなふうに語っていた。

「みなさん、道にバナナの皮が落ちてたらどうします?
きっと東京の子やったら、よけて歩くでしょ。
大阪の子は違うんです。大阪の子はね、
バナナの皮に、自分から向かっていきよるんですよ。
ずるーっ滑って、ほかの子もずるーっ滑って、
どんだけおもろく滑れるかを競いよるんですよ。
大阪ではね、おもろい子がいちばん偉いんです」

その言葉を地でいくように泰延さんは、
レンタカーの運転手、その先頭バッターを買って出る。
車窓に映る風景をめぐる雑学、
それぞれの土地にまつわる思い出話、
ここではとても書くことのできない、あれやこれやのお話。
運転しながら泰延さんは、延々と語り続ける。
小休憩に立ち寄った茨城県のサービスエリアでは、
われ先にと「納豆ドッグ」なる名物料理を注文する。
バナナの皮を探し、率先して滑りに行く。

やがて永田さんに運転を代わった青いレンタカーは、
常磐道をぐんぐん北上し、高速を降りて浜通りへと入る。
福島県の沿岸部を、北へ北へとのぼっていく。
景色が開け、生活の気配が消えていく。
ぼくは自分が出発前に予感していたこと、
泰延さんや永田さんも予感していただろうことの正体に、
ようやく気づきはじめる。

車内で交わされることばが徐々に少なくなり、
息を潜めるようにただ、エンジン音に耳を傾けていた。
車は静かに帰宅困難区域を走り、
その道は、なかなか終わってくれない。
ぼくらはずっと、この沈黙を予感していたのだ。
それであんなに最初から、しゃべりまくっていたのだ。
ぼくは、ほとんど口を開けなくなった。
沈黙以外のことばで、
その場を走り抜けることができなかった。

帰宅困難地域を抜けたあと、
最寄りのコンビニエンスストアに立ち寄った。
入口の自動ドアをくぐると、
レジ前のワゴンにたくさんのお線香が積み重ねられていた。
一瞬戸惑いながらも、いま自分がどこにいるのか了解する。

ぼくにとっての3月11日とは、東日本大震災の日だ。
歴史の年表に載るような、忘れてはいけないおおきな日だ。
けれども被災地の方々にとっての3月11日とは、
震災の日であるより先に、たいせつな誰かの命日なのだ。
落ち着いて考えればわかるはずのそんなことも、
ぼくはぜんぜんわかりきれていなかった。

走る、走る。それぞれの思いを乗せて、車は走る。
まだまだ旅は、初日なのだ。

昨年の「さんま寄席」でおじゃました相馬市では、
わが家でも愛用している「ヤマブン醤油」の看板娘、
ヤマブン姉妹さんと再会することができた。

そしてヤマブン醤油をつかった鮨「江戸一」さんでは、
素敵なご主人によるとびきりおいしいお鮨をいただいた。

予感があり、気づきがあり、出会いと再会のあった一日。
あきれるくらいにしゃべりまくったぼくたちは、
いま、それぞれの部屋でそれぞれに、
それぞれの思いをひとり、静かに書きつづっている。

ああ、ものを書くということは、
どうしようもなく「ひとり」になるってことなんだな。
そして、大事に過ごす「ひとりの時間」は、
その先で誰かと深くつながるためにあるんだな。

もしかしたらぼくはこの旅で、
書くということについての発見を得られるのかもしれない。
そんな予感をおぼえながら、明日の支度を整える。
歯を磨いて、ぐっすり眠ろう。

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