21世紀の
向田邦子をつくろう。

<野望篇>

ほぼ日初ネットドラマ
『十三回帰 〜Croquis in the Pocket』
脚本大公開!



タイトル
『十三回帰 〜Croquis in the Pocket』

登場人物
真壁聡(16)‥‥89年死去
米倉美和(16)(28)‥‥真壁の当時の彼女
柳川浩之(28)‥‥真壁の同級生
柳川さやか(28)‥‥真壁の同級生。浩之の妻
栗本貴文(28)‥‥真壁の同級生
真壁幸夫(50)‥‥真壁の父
僧侶(42)
女子高生ら
真壁陽子(48)‥‥真壁の母


1 路上(朝)
  画面黒。
T「事故」
SE「(車の急ブレーキ、そして衝撃音)」
  2001年、2月。都内。誰もいない路上に横たわっ
  ている制服のOL(28)。頭部から血が流れはじめ
  る。その顔は見えない。救急車のサイレンが遠く
  に聞こえはじめる。
  黒バックで大きな白文字で、
T「と同時に、」
SE「チーン(仏壇の鈴の音がかぶって-----)」

2 真壁宅 和室
  真壁の遺影(制服姿)。
T「十三回忌」
  神戸市御影にある一軒家。真壁聡(16)の十三回忌
  がとり行われている。遺影を前にみなどんちゃん騒
  ぎ。真壁陽子(48)が襖を開けてお酒を持って来、
  柳川さやか(28)が手伝うも、栗本貴文(28)、柳
  川浩之(28)、真壁幸夫(50)、僧侶(42)らが酒
  瓶や菊の花などを持って踊り狂ったように酒を飲ん
  でいる。
T「も同時で、」

3 砂浜
  どこか特定できない砂浜。晴れ。熱で揺らめく空気、
  陽炎。
  真壁聡(16)、砂浜にフェードインするかのように
  ゆらりと現れる。学生服姿。
T「も同時。」
  どこかへ行く真壁。

●タイトル『十三回帰 〜Croquis in the Pocket』

4 波止場(昼)
  神戸港風景(ポートタワーなど)。
  栗本と浩之、波止場を歩いている。浩之は酔った栗
  本をおんぶしていて、栗本のあごが浩之の肩に乗っ
  ている。
栗本「おえー」
浩之「うわっ。そこで吐くなよ」
栗本「気持ち悪い」
浩之「飲み過ぎ」
栗本「エクトプラズム出そう」
浩之「出すな」
栗本「あれ? 奥さんがいませんな」
  横を見る栗本。
T「クリ本 28歳 大学院博士課程修了」
浩之「後ろ。あれ?」
  振り返る浩之。栗本を落とす。
栗本「ぎゃっ」
T「ヒロユキ 28歳 無職&バンドマン」
浩之「すぐいなくなんだよなあ」
栗本「離婚の危機ですな」
浩之「なんでだよ。どうせ特売だよ」
栗本「スーパー?」
浩之「そ」
栗本「甲斐性ないからなあ」
浩之「うるせえよ」
栗本「すっかりおばさんですなあ、さやか嬢も」
浩之「セーラー服の頃はよかったなあ」
  と女子高生二人がすれ違う。
栗本「セーラー服はいいねぇ」
浩之「そういう話じゃない」
栗本「懐かしいねえ、学校行こっか」

5 高校
  フェンスにへばりつき、校庭を覗く栗本。横で普通
  に見ている浩之。
栗本「あぁ‥‥」
  校庭に誰もいない。北風が吹く。
栗本「なぜに創立記念日‥‥」
浩之「あれ?」
  校庭に人陰。校舎に入ろうとしている。
栗本「ん? んん!?」
浩之「真壁?」
栗本「んなわけないよな、十三回忌したばっかだぜ」
浩之「(かぶせて)いや、まじで真壁っぽくない?」
  見ると人影はない。
浩之「あれ?」
栗本「な。他人のそら似だって。それか幻覚。幻覚って
 のは脳の血流低下や酸素量欠乏なんかで脳機能に障害
 が起きて、酒を飲んだ時なんかも‥‥」
浩之「(かぶせて)行くぞ」
  と栗本の手を引く。栗本引きずられていく。

6 同 美術室
  真壁が一人でいる。石膏像、イーゼルなどが放置し
  てある。
  それらを懐かしむ真壁。
  揺れるカーテン。窓際に誰もいない。
  イーゼルの手前に椅子が置いてあり、そこに座る真
  壁、描きかけのキャンバスを見つめる。
  ふと見ると‥‥。
  揺れるカーテン。ふわりとまくれた裾に、制服姿の
  女子高生の胸から下辺りが見える。どうやら画集を
  観ているようだ。
SE「(十二年前の放課後の音)」
  真壁がカーテンをめくると、誰もいない。静寂。
  扉。
  真壁、扉の外に顔を出す。
  女子高生が廊下の角を曲がってふわりと消え去って
  いく。
  目線を下に落とす真壁。
  栗本と浩之、扉にしゃがんで震えている。
栗本「ふぎゃぁー‥‥」
  とその場で気絶する。

7 浩之のアパート 居間(夕)
  台所、居間、寝室の2K。居間で真壁が一人で座って
  『KOBEウォーカー』の表紙を眺めている。
T「まかべさとし 享年16 平成元年死去」
真壁「え、もう21世紀? なんだ? ミレニアムって」
  真壁、雑誌をめくる
  浩之、栗本、寝室のふすまの隙間から覗いている。
真壁「布袋が歌? 民生がソロ? 追悼記念って、
 ええ? 尾崎死んだの?」

8 同 寝室
  浩之、栗本、奥の部屋のふすまの隙間から覗いてい
  る。栗本は震えている。
浩之「お前も死んでるっつうの」
栗本「これは夢だな、夢に違いない」
浩之「俺起きてるぜ」
栗本「じゃあ、あれは何なんだよ!」
浩之「帰ってきたんでしょ、命日だし」
栗本「『帰って来た』って、ウルトラマンじゃないんだ
 から」
浩之「つまんない」
栗本「これがどういうことか分かってるのか?」
浩之「友達の幽霊がそこにいる。俺たちよくつるんだ
 じゃん」
栗本「お前お葬式行ったろ?」
浩之「泣いたなあ」
さやか(声)「ただいまー」
栗本「げっ!」
浩之「おかえりー」
  と居間に移る。
栗本「何を呑気な」

9 同 居間
  さやか、かまちで靴を脱ごうとして真壁を見つけ、
さやか「キャー!!」
  呆然と雑誌から顔を上げただけの真壁。
  気絶してそのままの体勢で床に倒れていくさやか。ドシン。
  倒れたさやかを指さして、
真壁「さやか?」
  さやか。
T「さやか 28歳」
T「ヒロユキと結婚」
  浩之とさやか。
真壁「おめでとう!」

10 同(夜)
  すき焼き鍋。ぐつぐつ煮えている。
浩之「おお、すき焼き!」
さやか「真壁の十三回忌だから、特別」
  と言いながら砂糖を入れ、醤油をかける。
浩之「かんぱーい」
  缶ビールを持った4人の手が鍋の上で乾杯。
  栗本、さやか、浩之、真壁、テーブルを囲んでいる。
  全員、制服に着替えている。
真壁「ありがとう、何かうれしいなあ」
栗本「なんで和んでんだよ!」
浩之「ほれ、肉」
  と栗本の皿に肉を入れる。
栗本「やった! あれ、豚?」
さやか「いやあ、でもまさか死んだ人間が帰ってくると
 はねえ」
浩之「なあ」
栗本「なんでみんな着替えてるんだあー!」
浩之「お前も」
栗本「はっ、いつの間に!」
T「同窓会」
  ファインダー越しに真壁、浩之、栗本、さやか。
  フラッシュ。
  写真の集合から解散しながら、
真壁「お前らいつ結婚したんだ?」
浩之「高校出てすぐ。俺、大学行ってないから」
さやか「勢いでね」
浩之「おいおい」
  部屋の隅にある画材類を見て、
真壁「あれ‥‥」
栗本「諸君!」
  と机を叩く。
  煮えるすき焼き鍋。
栗本「ここに真壁聡がいるんだぞ。何とも思わないの
 か?」
浩之「ほれ、肉」
  と肉を栗本の皿に入れる。
栗本「うわあ、ありがとう。っておーい!」
真壁「浩之は今何やってんだよ」
浩之「バンドとバイト」
  画材の横のエレキギター。
さやか「いい年して、ねえ」
真壁「いくつになったの?」
さやか「二十八、みんな」
真壁「おばさん‥‥」
さやか「なんだと?」
栗本「幻想だ。共同幻想に決まってる。岸田せんせー
 い!」
浩之「うるさいな。んなわけないだろ」
栗本「じゃあ、夢だ」
さやか「お姉さんもそう思うわ」
浩之「夢かあ。でもさあ、夢が肉食うか?」
  と肉を鍋に入れる。
真壁「あ、俺、肉食ってないよ」
浩之「食えよ(と肉を皿に)。さやか、肉追加!」
さやか「ああ?」
浩之「自分でやりまーす」
  と立ち上がり、台所へ。
  画材。
SE「(高校の放課後、チャイムの音や喧噪などがかぶ
 って----)」

11 高校 美術室(回想)
  描きかけのクロッキー。十二年前の放課後。
  真壁、そのクロッキーに向かって静物画を描いてい
  る。
真壁「なあ」
  美和、窓にもたれて画集を読んでいる。S6と同じ
  カーテンが揺れ、外から日光が射す。このシーンを
  通して美和の顔は見せない(美和だかさやかだか分
  からないように)。
美和「ん?」
  と画集を閉じて胸に抱き、真壁の方へ来る。
真壁「どう?」
美和「下手くそ」
真壁「あっそ。たまには学校で描けば?」
美和「家で描いてるからいいの。あ、その木炭なに?」
真壁「いいだろ? お気に入り」
  木炭。
美和「貸して」
  と木炭を奪い、真壁のクロッキーに落書きする。
美和「あ、いいねえ」
真壁「ああ!」
  と逃げる美和を追う。
栗本(声)「おーい、帰ってこい!」

12 浩之のアパート 居間(夜)
  続き。
真壁「え? ああ。卵、ある?」
さやか「うん」
  と台所へ取りに行く。
栗本「アインシュタイン先生、真壁の質量はどこからき
 たのですか」
  と缶ビールを飲む。
  さやか戻ってきて、
さやか「はーい、どうぞ」
  と卵を渡す。
浩之「じゃ、俺も」
  と取り皿を差し出す。
さやか「ああ?」
浩之「はーい」
  とそそくさと台所へ行く。
さやか「あいつが私にベタ惚れでねえ」
真壁「あ、知ってる。何回も相談受けたもん」
さやか「え、どんな相談、ねえねえ」
浩之(声)「ビールないぞー」
さやか「あ、お肉持ってきて」
栗本「人間の実存(じつぞん)とはなんですか、ハイデ
 ガー先生」
  と缶ビールを飲む。
真壁「さやかさあ、好きな奴、いただろ?」
さやか「え?」
  と真顔になる。
真壁「あいつ言ってたよぉ。『さやかが好きなのは俺
 じゃない』って」
さやか「そ、そんなこと、ない、よ‥‥」
浩之「おいおいおいおい。何の話してんだよ」
  と、生肉を持ってくる。
栗本「なんだ、俺は無視されてるのか、そうなのか、
 そうなんだな」
  と生肉を掻き込むように皿から直接食べ始める。
浩之「それ、なま! しかも豚‥‥」
さやか「あ、クリ坊いつのまにそんな飲んだの?」
  6本のビールの空き缶。
  栗本、その場にぶっ倒れる。
さやか「あーあ」
浩之「しょうがねえなあ。じゃあビール買って来るよ」
さやか「お肉もね」
浩之「まじで? 俺の金?」
  さやか、睨んでる。
浩之「ですよねえ、そうそう、僕のお金でね、お肉ね、
 はい」
  と、靴を履く。
さやか「五百グラム!」
浩之「豚ね」
  睨むさやか。
浩之「ウシですね」
  とコートを羽織りながら部屋を出ていく。

15 同 居間
  続き。栗本、がばっと起きて、
栗本「私は幽霊を信じておりません、大槻教授」
  とまた寝込む。
  さやか、真壁の隣にべったりとくっついて座り、
 顔をぐっと近づけて見つめる。
真壁「え?」
  とどぎまぎする。

16 浩之のアパート 廊下
  財布を開き、立ち止まる浩之。
浩之「あれ?」

17 浩之のアパート 居間
  続き。
さやか「‥‥私さ、好きだったんだな、高校の時。真壁
 のこと」

18 浩之の部屋 玄関
  ドアに立ちつくす浩之。
  (本編では夜景挿入)

19 浩之のアパート
  浩之はかまちに立っている。居間に真壁、さやか。
  栗本は寝ている。
浩之「やっぱり分かんねえよ」
真壁「?」
浩之「お前、何しに帰ってきたんだよ?」
真壁「え?」
さやか「誰かに会いに来たとか?」
真壁「うーん、分かんない」
浩之「こいつ(さやか)に会いに来たんじゃねえの」
さやか「浩之?」
真壁「ごめん」
浩之「謝ってんじゃねえよ」
真壁「本当に分かんないんだ。気付いたらこうなってて」
  と自分の体を見る。
浩之「お前ら仲良かったもんな」
さやか「浩之!」
浩之「なんだよ! 嬉しいんだろ? こいつとこうやって
 また会えてよ」
さやか「そりゃ、嬉しいよ‥‥」
浩之「知ってたよ、お前が真壁のこと好きだったの。だ
 からお前も絵始めたんだろ」
さやか「違うわよ。それは真壁がいなくなって‥‥」
浩之「死んだヤツ追っかけてどうすんだよ! 俺さ、真
 壁が死んだ時、正直ホッとしたよ」
さやか「最低!」
浩之「ああ最低だよ、俺は最低なんだよ。お前も良かっ
 たじゃねえか、さやかに会えてよ」
さやか「違うわよ! 全然違う!」
浩之「今さら何が違うってんだよ」
さやか「浩之分かってない。私の気持ちも、真壁の気持
 ちも全然分かってない」
浩之「ああ分かんないよ、全然分かんねえよ!」
さやか「真壁には他に好きな人がいるの!」
浩之「‥‥え?」

20 美術室 (昼)(回想)
  12年前。放課後。S6と同じカーテンが風でまくれ、
  窓際で画集を観ている美和。
真壁「よく飽きないね」
  とイーゼルにクロッキーを乗せて鉛筆で絵を描いて
  いる。
美和「へ?」
  実は画集に隠して小さなクロッキーに真壁を描いて
  いる。
真壁「毎日同じ画集で」
美和「あ、ああ、うん」
  美和、真壁の口元を描こうとする。
  真壁の唇。
  を意識する美和。
真壁「できた?」
美和「へ?」
真壁「展覧会に出すやつ。家で描いてんだろ?」
美和「あ、ああ。うん」
真壁「何描いたの?」
美和「ふふん、秘密」
  と真壁からもらった木炭を見る。
真壁「完成品しか見してくんないんだもんなあ」
美和「完璧主義なんですう。何描いてんの?」
  と真壁に寄る。
  と真壁がクロッキーを破る音。ビリリ。
美和「ちょっと!」
真壁「ん」
  と実はちぎっただけのクロッキーを美和に渡す。
美和「?」
  クロッキー紙。美和が描いてある。
美和「‥‥あたし?」
真壁「描きたいんだ、美和のこと。だから、よろしく」
美和「え? あ、えっと。私も」
  とクロッキーと木炭を後ろに隠し、
美和「私も、描いてやってもいいよ」
  クロッキーと木炭。

20 浩之のアパート(夜)
  続き。
さやか「あの子、絵辞めたの。真壁が死んでから」
真壁「それ、ほんと?」
さやか「すっかりふさぎ込んでね」
真壁「そう、なんだ」
  浩之、電話をしている。手には卒業アルバム。
浩之「なんだ、誰も出ないじゃん。あどうも、高校の時
 一緒だった柳川です。これ聞いたら電話下さい。07
 8の812の‥‥」
さやか「(かぶせて)ちょっと、どこ電話してんのよ」
浩之「美和んち」
  と電話を切る。
さやか「はあ? 何考えてんのよ。かかってきたらどう
 すんの」
  電話が鳴る。
真壁・さやか「!」
  出る、浩之。
浩之「はい。‥‥もしもし? もしもーし」
  S1がフラッシュバック
真壁「うっ」
  と頭を抱える。
さやか「真壁?」
真壁「‥‥なんでもない」
  浩之、電話を切る。
浩之「何だよ、間違えたんだったらなんか言えっつうの」
  電話が鳴る。浩之が出る。
浩之「はい。もしもし?」
さやか「美和ね、引っ越したんだ、東京」
真壁「東京?」
  浩之、電話を切る。
浩之「なんだよ、無言はやめろっつうの」
  電話が鳴る。
浩之「もういい加減にしろよ」
さやか「あたしが出る。‥‥もしもし。‥‥あ、はい。
 柳川ですが。え、米倉さん?」
  真壁。
さやか「留守電入れたのは夫です。あ、もしかして美和
 さんのお父さんですか?‥‥ええ? 事故?」
  S1がフラッシュバック。
真壁「うっ」
  とぶっ倒れて気絶する。
浩之「真壁? おい、おいっ、おい!」
  さやか、電話を切る。
さやか「真壁?」
浩之「何だって?」
  介抱しながら、
さやか「美和がね、今朝事故にあったって。まだ手術し
 てて、心臓が何回か止まって‥‥?」
  真壁、むっくりと起きあがってドアに向かおうとし
  ている。
さやか「真壁? どこ行くの? ねえ!」
  真壁、部屋から出ていく。
浩之「お、おい!」
  浩之、扉を開けて外(アパートの廊下)を見るが、
  誰もいない。
  
21 同 美術室
  蛍光灯が一斉に点くと、窓にもたれて画集を読んで
  いるOL姿の美和(28)と距離を取って対峙する真壁
  がいる。
美和「よっ。久しぶり」
真壁「そんなもん、観てんじゃないよ。絵、辞めたん
 だろ」
美和「うわあ。死にかけの人間にいきなりそれ?」
真壁「俺はもう死んでるからね。大人っぽくなったな」
美和「そりゃもう二十八だもん」
真壁「助かんの?」
美和「分かんない。いきなりどーんて。タクシー」
真壁「俺もタクシーだった(笑)」
美和「はは。別にいいんだ。生きてくのあんまり面白く
 ないし。死んだらさ、またこうやって会えるわけだし」
真壁「別に会いたくない」
美和「え?」
真壁「絵を描いてない美和なんか見たくない」
美和「辞めたんだから、しょうがないでしょ」
真壁「勝手に辞めんなよ。それで生きてくのつまんない
 とか言うなよ」

22 浩之のアパート
  さやかと浩之、壁にもたれながら寄り添って話して
  いる。
さやか「生きてるのつまんなかったんだ、真壁が死んで
 から」
浩之「‥‥」
さやか「お葬式で見た真壁の死に顔がさ、眼に焼き付い
 ててさ。怖くなって‥‥。けど、色々考えたんだ」

23 美術室
  続き。
美和「考えられなかったよ、何も。誰のために描けばい
 いのか、分かんなくて」

24 浩之のアパート
  続き。
さやか「それで分かったの。真壁はきっと絵を描きたか
 ったはずだって」
浩之「ごめん、聞きたくない」
さやか「聞いて。私ね、」

25 美術室
  続き。
美和「一応美大は出たんだ。やっぱだめね、才能なかっ
 たみたい。で、卒業して、就職して。ただのOL。
 だーれも認めてくんなかったもん(笑)」
真壁「それはおかしいんじゃない?」
美和「?」
真壁「絵って、誰かのために描くものじゃないだろ」

■26 浩之のアパート
  続き。
さやか「真壁のためだと思ってたの、でもだんだんね、
 自分が癒されていくのよ、描いてるうちに。で分かっ
 たの。ああ、絵ってのは自分のために描くものなんだ
 なあって。そう思ったらさ、なんか分かってきちゃっ
 たんだ真壁の気持ちっていうか。そしたらさ、今度は
 浩之の気持ちが分かってきたって言うか‥‥」
  浩之、さやかを見る。
さやか「ほら、音楽バカじゃない。昔は理解できなかっ
 たんだ、そういうの」
  浩之。

27 美術室
  続き。
真壁「そんなことくらい分かってると思ってたよ」
美和「そんな‥‥。真壁に私の何が分かるのよ。こんな、
 こんなの(真壁が描いた美和の肖像クロッキー紙を見
 せて)一枚だけ残して。独りで何描けって言うのよ。
 もう何にもないの」
真壁「ないわけないだろ。俺は描きたいよ、描きたいも
 の山ほどあるよ、でももう出来ないんだよ。そんなの
 お前に分かるか?」
美和「私は真壁を描きたかったの!」
真壁「-----」
美和「いっつも私のこと描いてくれてたから。だから私
 も描きたかった」
真壁「見してくんなかっただろ一枚も」
美和「だって、『これだ』っていうのを描きたかったか
 ら、大学で勉強して、ちゃんと描きたかったの。描き
 たかったのに‥‥」
真壁「俺さ、思うんだけどさ。本当にやりたいことをさ
 、そうやって先延ばしするのって、よくないんじゃな
 いかな」
美和「だって‥‥」
真壁「俺はさ、下手って分かってたけど美和を描いた。
 描きたいと思った時に描いた。だから、そういう意味
 ではさ、わりと思い残したこととかないんだ。けどさ、
 美和はどうなんだよ、このままでいいのかよ」
美和「真壁‥‥」
真壁「どうせいつか死ぬんだからさ、その時やりたいっ
 て思ったこと、全部その時にやっておいた方がいいん
 じゃない?」
美和「‥‥」
真壁「‥‥」
美和「さすがだねえ、死んだ人の言うことは違うわ」
真壁「そっちも死にそうなくせに」
美和「(笑)」
真壁「(笑)」
美和「私ね、今、やりたいこと、あるんだ」
真壁「ん?」
  と椅子に座る。
美和「いや、あの、ほら、まださ、真壁とはしてなかっ
 たなあって」
  真壁の唇。
美和「‥‥いや、ほら、減るもんじゃないしって何言っ
 てんだ私‥‥。結構恥ずかしいな」
  静寂。
美和「真壁?」
  見ると真壁がいない。
  その瞬間、教室に朝日が一気に射し込んでくる。

28 病院 手術室入口
  『手術中』のランプが消える。

29 浩之のアパート(朝)
  浩之とさやか、壁にもたれたまま寄り添って寝て
  いる。
  栗本、ガバッと上半身を起こし、
栗本「あれ、真壁は? やっぱ夢か。あ、腹痛え。しか
 もすごく」

30 真壁宅(昼)
  神戸市街。
  仏壇に手を合わせる美和。頭には包帯。
美和「一度も顔を出さずに済みませんでした。もう十三
 回忌ですものね」
  真壁の遺影。
陽子「いいんですよ、いつか来られると思ってました
 から」
美和「え?」
  チャイムが鳴る。
さやか「(玄関先から)すみませーん」
陽子「あ、はーい」
さやか「(玄関先で)先日、忘れ物したみたいなんで
 すよ」
陽子「どうぞどうぞ」
さやか「多分、ここで落としたかなって」
  さやかが画材の入った鞄を持って入ってくる。
さやか「美和?」
美和「さや、か?」
さやか「ども」
美和「絵、やってんだ」
さやか「そうよ、悪い?」

31 同 真壁の部屋
  陽子、美和、さやかの順で廊下を歩く。
陽子「どうしても美和さんにお見せしたくてねえ」
  美和の尻ポケットに小さなクロッキーと真壁にもら
  ったのと同じ木炭が刺さっているのが見える。
  それに気づくさやか。
  部屋の前。
美和「あの、聡さんのお部屋ですか?」
陽子「どうぞ」
  と扉を開ける。美和が一人で先に部屋へ入る。
  美和、辺りを見回してから口を手で押さえるように
  泣き始める。
  部屋には、壁一面に美和の絵(ほとんどが素描画)。
美和「‥‥」
  さやか、美和を抱きしめる。
さやか「全部美和だ。悔しいな‥‥」
陽子「あら、こんな絵、あったかしら」
  一つだけ、さやかと栗本と浩之の三人像画(写真
  カットから真壁がいなくなった感じの構図で)。

--- おわり---

2001-03-25-SUN

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