つなげる仕事。 クリエイティブはつながらなくちゃ。 |
第4回 仕事の結果に学ぶ、ということ。 こんなにすごいものができるとは思わなかった。 でも、できたんだ。 やったのは……自分たちだ。 こんな瞬間が、 大工の仕事では頻繁に起こるそうです。 若者が、宮大工の初仕事を、 おおぜいの人たちと協力してやりきった。 何年かかかって、ひとつの仕事が成就した。 それはそれは、大きな区切りだろうと思います。 『木のいのち木のこころ(人)』 という、このシリーズの3巻目の本では、 西岡常一さんの弟子の小川さんの、 そのまた弟子たちの、 若いながらの奮闘が描かれています。 読みきると、西岡さんなり、小川さんなりの、 「後代に何を伝えていきたいのか。 自分は大工として、どうありたいのか」 という問題意識が、とても明らかになるのです。 今日、このコーナーで紹介するのは、 そのひとつの「徹底した現場主義」についてです。 小川さんは、師匠の西岡さんと違い、 多くの弟子を取った。そのことは前回触れました。 しかし、弟子に教えることは、西岡さんと同じだそうです。 練習だけしていると、修行にはならない。 これが、西岡さんや小川さんの 人間を育てる上での指針と言えるかもしれません。 『木のいのち木のこころ』 全3巻を読んでいると、そう思えます。 道具を使うことや、人と協力することは、 こちらからは、教えようがないそうです。 弟子の実際にやった結果を見て、はじめて、 「あ、そこはそうじゃないかもしれないな」 と思える。そこからじゃないと、スタートしない。 しかも、弟子の結果というのは、 練習だと、だめなのだと言うのです。 「仕事を前にしないと、人間は真剣に考えない」 小川さんは、だからこそ、平気で大きな部材や 重要な仕事を弟子に扱わせる方法を取り入れました。 それは、駆け出しのころに 西岡さんから大きな仕事をまかされて、 それによって自信をつけ、道具の使いかたを憶え、 仕事現場で飛躍的に成長したから、だそうです。 「仕事をできるやつだけを集めて やっていたんでは後に続いてくるもんが育たない。 急がせちゃだめだ。 急がせたら、やっつけでいいと思うようになるし、 自分さえもごまかしてしまうからな。 それは必ず仕事にあらわれるんだ」 このような理由で、 大きな仕事をまかせるわけで、 しかも、弟子は、 ふつうに民家の大工をやっていたら 一生触ることのできないような、 千年の樹齢の木に触れることになります。 先輩の職人がいかに 材料を大事にしているか、それを ひしひしと感じながら、腕と度胸をためされる。 実物の大きな木が自然に人を大きく育てる、 と、前回、小川さんの発言に出ていたのは、 このような考えが、あるからなのでした。 このような、 現場の仕事の結果に学ぶということを 小川さんの発言で読んでも、なるほどと感じるのですが、 その師匠の西岡さんは、結果に学ぶということを、 1000年以上も前の飛鳥時代の職人が残した 「仕事の結果」からも、おこなっていたのです。 そこの部分が、すばらしいので、 今回はその部分を引用したいと思います。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ (※『木のいのち木のこころ・火』より) よく 百年、二百年後には 西岡のようなものがおらんから 木で塔を造ったり修理は無理やろといわれますが、 そんなことはないんです。 現にそこに塔がありましたら、 木のことがわかる者や、 ちゃんとした仕事をする者は 昔の人はこないやったんかていうて、 私らが千三百年前の 力強さや優雅さに感心して学んだと 同じようにやれるんです。(中略) ちゃんとした物が残されておったら、 そこから学び取ることができるんですわ。 そのためにもちゃんとした物を 残さなあきませんで。 いいかげんな物を造って残したんでは 伝わるものも伝わりませんし、 そこで伝わってきたものを 滅びさせることになりますのや。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ この言葉にこそ、なんだか、まるで、 『つなげる仕事』の神髄があるような気がしませんか? すでに誰かが残してくれた仕事は、 現代に、直につながっているのかもしれません。 手仕事は、どうやって生まれたか。 なぜすばらしいか。 そういうことばかりを考えていた人が、 西岡常一さんだったのですね。 (つづきます) |
2002-07-18-THU
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