HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN


		リンダ・グラットン×糸井重里

		寿命100年時代を
		どう生きる?

2

もっと、人間同士として。

糸井
ぼくはリンダさんの新しい本を読みながら、
自分がときどき使っている
「公私混同」ということばを思い出しました。
日本ではあまりいい意味で使われないことばですが、
以前からぼくはこのことばの
ポジティブな面が気になっているんですね。
「社会的なわたし」と「個人のわたし」は、
きっぱり分けられるものではないと思うんです。
プライベートで読んだ本が
仕事のヒントになることはよくあるし、
社会的な評価が上がることが
個人的な幸せにつながる場合も多い。
そんなふうに公私が影響しあうのは当然だから、
このふたつは混ざり合うものとして
考えていくほうがいいんじゃないかって。
リンダ
よくわかります。
糸井
最近の日本では「公私混同」の悪い例が
多く話題にのぼっているので、
このことば自体は少し使いにくくなっているのですが、
リンダさんの本を読んでぼくは
「ほかの国の人も似たようなことを考えるんだな」
とうれしく感じました。
リンダ
そうなんですよね、わたしの今回の本でも
公私は影響しあうものとして捉えています。
たとえばさきほど、寿命100年時代における
新しいステージとしてご紹介した
「エクスプローラー」のステージ
(世界を知るために探求をする時期)は、
そのときの個人的な体験が
いずれ公的なことにつながっていくような時期です。
また、
「ポートフォリオ・ワーカー」のステージ
(同時進行的に複数のことをする時期)でも、
公私は入り混じりながら進みます。
寿命100年時代の人生では、
公私は当然混ざりあうものとして、
一緒に考えていくほうが良さそうなんですね。
糸井
すこしややこしい話になりますが、
「公私混同」は「個人」だけでなく
「企業」を考えるときのヒントにも
なる気がします。
リンダ
どういうことでしょう?
糸井
日本で会社は「法人」と呼ばれるのですが、
人間というものが必ずしも損得だけを
追い求めるわけではないように、
法人である企業も、
経済的利益だけを追い求める存在じゃない、
と考えたほうがいい気がしているんです。
日本では東日本大震災以降、
各企業はそういった状況で
どう手を差し伸べるかも問われるように
なってきていますし。
リンダ
わたしもそれは、とても大切な視点だと思います。
今回の本の前に、わたしは
『未来企業』という本を出したのですが、
そのなかでまさにそういった
「公的な場における企業の役割の重要性」について
書いているんですね。
会社が社会のために貢献できることって、
とてもたくさんあるんです。
糸井
リンダさんとぼくは、違う場所にいながら、
とても近いことを考えている気がしますね。
リンダ
そう思います。
前回も話をしながら、こんな感じでした。
いまの企業の話の続きで、
わたしにはひとつ問題意識がありまして‥‥。
糸井
聞きたいです。
リンダ
いまの企業活動では、プロセスへの視点が失われ、
人々がゴールばかりに目を向けているのが
わたしには良くない気がするんです。
「何個作るか」「どれだけ儲けるか」
ばかりが重視されすぎているというか。
糸井
そうかもしれないですね。
リンダ
そこでわたしは、日本のことを思うんです。
日本はこれほど産業が発達していながら、
工芸品なり、ものづくりに対する敬意が
脈々と残っている国だと思うんです。
作ろうと思えば同じような製品を
何百万個と作れる能力があるけれど、
同時に「きちんと作り込む」ことへの高い意識がある。
その状況は、すばらしいんですね。
糸井
イギリスは違いますか?
リンダ
もちろん意識の高い人々はいます。
ですが日本の人々はその度合いがまったく違うんです。
そういった点から、わたしは日本は
「工業化とものづくりの両立」部分に
大きな未来のチャンスがあると思っています。
糸井
そうなんだ。
リンダ
ただ日本はどうしてもまだ
「大きな会社に就職して、一生その会社で
はたらくのがいちばん」
という価値観が強いですよね。
やっぱりその意識は変化したほうがいいと思うんです。
ですからわたしは今後の日本で、
小さな会社への就職や
自分で起業することがいいことなんだ、という価値観が
根付いていくことを期待しています。
そこが変わっていくと、
とてもいい変化が起こると思うんです。
糸井
終身雇用への意識は、他の国と比べたときに、
とくに日本が遅れている印象がありますか?
リンダ
ありますね。
糸井
うーん、残念ですねえ。
リンダ
もちろん寿命100年時代になるにつれ、
人々の意識が変わっていくとは思うんです。
みんなが20歳から80歳まで
同じ会社で働き続けるということには
無理がありますから。
ですがやっぱり、早く意識が変化したほうが、
いい変化が早く起こると思います。
糸井
なるほど。
‥‥すこし話が戻りますが、もうひとつ
ぼくが本を読んで思ったことを伝えさせてください。
「無形資産に目を向けたほうがいい」
ということに関連する話で、
この20年ぐらい流行しているのが
「ブランド」という考え方だと思うんです。
リンダ
はい、ブランド。
糸井
「ブランド」というのはもともと
「生産性と直接関係はないけれど
『嬉しい感じがする』とか
『感じがいいな』みたいな部分を
価値としてカウントする」
という考え方だったと思うんですね。
ただ現在は、そのあたりの意識が再び
「ブランド化することで、経済的価値を上げる」
という、経済的な部分が中心となった
発想になっている気がするんです。
で、ぼく自身はそのことにちょっと
ジレンマを感じていたんです。
だから今回の『ライフ・シフト』という本で
「無形資産」についての話が出てきたとき、
イギリスにいるリンダさんも
似たようなところにいるのかな、と思ったんです。
リンダ
直接の答えになっているかどうかは
わかりませんが、
わたしは「ブランド」でいちばん大切なのは
「信頼感」だと思うんです。
ただ、アメリカやイギリスではすでに
人々が企業を信じられなくて、
「どんなブランドも信じられない」という
状況に陥っているんです。
それを解決するには、それぞれの企業が
目に見える結果だけでなく、
目に見えない価値についてしっかりと
意識していく必要があると思っています。
糸井
大切なのは「信頼感」、とてもよくわかります。
そこについてぼくが思うのは、
信頼は機械的に作れるものではなく、
非常にパーソナルなやりとりのなかで
作られていくものだと思います。
そのため、企業の方策としては
「仕事としてますます意識的に信頼を得ることをやる」
というよりも
「企業も消費者もお互いに人間同士である、
という視点で信頼を作っていく」
といったことが大切ではないかと考えています。
リンダ
ああ、よくわかります。
「人として考える」のは非常に大切な視点ですよね。
いま、わたしたちはあらためて
「人間らしさとは何か」について考え、
そこから組織や制度を
組み立て直す必要があると思うんですよ。
糸井
そうですね。
リンダ
実は、そういった思いもあって、
わたしは次の本で
「クリエイティブな人々のはたらきかた」を
テーマにしようとしているんですね。
糸井
クリエイティブな人々のはたらきかた。
リンダ
これまで「はたらく」ということは、
「工場における労働」みたいなものを
イメージしながら語られることが
多かったと思うんです。
だけど、それはいまの時代に合ってない。
ですからわたしは
これからの時代にもっとふさわしい、
新しい「はたらく」ことを考えるときの
メタファーが必要だと思っています。
糸井
ああ、そのとおりですね。
リンダ
それで、新しい本のためにわたしが具体的に
どんな研究をしているかというと、
いま、長い時間をかけて
ロイヤル・オペラハウスのディレクターの
カスパー・ホルテン氏の働き方を
観察させてもらっているんです。
芸術的な活動に邁進し、価値を生んでいる彼は
どんな動きをしているのか。
それを見つめることで、未来のはたらきかたを
見いだしていけたらと思っていて。
糸井
すでに読みたい(笑)。
おもしろそうですね。
リンダ
頑張って書きますね。
そして2年後にまた持ってきます。
糸井
はい、たのしみにしています。

(つづきます)
2016-12-19-MON

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前回の対談はこちら。

100年生きるわたしたちの価値観。リンダ・グラットン 糸井重里