その637 (2005-11-12)
言おうとしたことと違ったことを言ってしまう。たったそれだけなのにこんなに愉快。ほぼ日刊イトイ新聞名物、「言いまつがい」は毎日更新です。


小学生の時のお話です。授業中先生がとつぜん黒板に、ゆっくりと「も」と書きました。続けて「ももも‥‥」と「も」の字をたくさん書いていきました。子供達は意味がわからずざわざわし始めました。「もももももももも」と「も」が並んだところで先生は「あれ?」という感じで1、2、3‥‥と「も」の数をかぞえ始め、そして突然「あっ!」と気づいて、あわてて「す」と書き足しました。そう、先生は「スモモも桃も桃のうち」と書こうとして、「す」を書き忘れてしまったうえ、「も」をいくつ書けばいいのかわからなくなってしまったのです。クラスは爆笑の渦となり、授業どころでなくなりました。(ゴマ夫)


娘が小4のときのことです。その日は鉄棒のテストがあり、私が用意した体操着入れをあけて、まずブルマーをはき、次にたたんである体操着を広げようとした娘は、それが父親のブリーフであることに気づきました。しかたなく、「忘れました」と言って叱られ、見学させられたのですが、帰ってきた娘曰く、「あんまりおもしろくてだまってるともったいなかったから、一緒に見学してた子にこっそり教えてふたりで笑ったの」だそうです。神経質な子じゃなくて良かった。(takki)


小学生の時、いつものように帰宅したところ母に「あんたランドセルどうしたの?」と言われ、初めてランドセルを学校に忘れてきた事に気が付きました。慌てて片道45分の小学校に戻り、教室に行ったのですが自分の机にランドセルがない‥‥。半泣きになりながら探しましたが教室のどこにもない。泣きながら学校から帰宅したら一緒に帰った友人Aちゃんが我家にいました。「○○ちゃん、ランドセルうちに忘れていたよ〜」との事。帰宅途中、Aちゃんの家でおやつをご馳走になってから帰宅していたんです。どうりで学校に行って探してもランドセルがないわけです。Aちゃん宅は私の自宅からゆっくり歩いても5分の距離‥‥。(大野)


とっても長いお話なんですけれど聞いてくださいますか。新婚の頃沖縄に住んでおりました。暑い夏を乗り切ってもらおうと、夫の短パンをデパートに買いに行ったんです。「夫、命」でしたから。あれこれ探してもなかなかよいものがありません。その時ふっと見ると「トランクス」っていう、色柄たくさんそろってお値段も手頃なものがいっぱいぶら下がっているではありませんか。「これだ!」って思ったんです。トランクスは陸上部の皆さまの愛用品、短パンにしてもおかしくないって。で、30分くらいあれこれ持ってきては鏡の前で「夫にはどれが似合うだろう」って、自分の腰にあてて模索いたしました。気に入ったものを二つ決める頃には数人いた男性客が一人もいなくなっておりました。レジでお金を払い、意気揚々と帰りました。仕事から帰宅した夫に「短パン買ってきたよー」って喜んで見せたところ夫が言うんです。「これ、下着じゃないの?」「違うよー、短パン売り場で買ってきたんだから。短パンだよー」しばらくそんなやり取りがあって、強情なわたしに根負けしたのか、夫は「そうかなぁ。でもわかった。あしたからこれはくよ」それで次の日から夫はブリーフの上にトランクスをはきだしました。ひと夏以上。「トランクス」が下着だってわかったのは一人で帰省した折のことです。兄嫁が兄がお風呂に入る時、「はい、これ替えの下着ね」って、わたしが買った短パンとそっくり同じトランクスを置いたのです。愕然といたしました。わたしは男性下着、いわゆるパンツはブリーフしか知らなかったんです。こうしている間にも夫はブリーフの上にトランクスをはいて過ごしている。そう思うと、わたしの小さな胸は、ホント、痛みと困惑でいっぱいでした。夫に話さなくてはいけないと、重い気持ちを抱えて帰ったわたしにアパートの友人が一言。「おかえりー。ご主人、パンツいっちょで草取りしてたよー」‥‥とにかくその夜、夫に事実を話しました。夫は、言いました。「あのなぁ。おまえがいない時に近くで火事があったんだよ。それでな、アパートの屋上に皆で見に行ったんだ。俺、上になにも着てなかったんだけど、短パンはいてるからいいかなって思って。じゃ、俺はパンツいっちょで火事見に行ったんだな」とにかく「トランクス」の5文字は夫婦の間では禁句となりました。お腹が出てどうしようもなくなって、ブリーフからトランクスに変えた時も、その話は禁句です。銀婚式をむかえた今現在もその話は禁句でございます。(今でも「夫、命」の妻)

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