[糸井]
伊丹さんと村松さんは
「漫才コンビ」という言い方がやっぱりいちばん近いでしょうか。

[村松]
いや、そういうんじゃないな。
俺にとっては劇中劇のような、額縁つきの記憶として、そこでもって翻弄されてる自分を心地よく回想してる感じ。

[糸井]
8歳差の力関係が、まずあって。

[村松]
うん。
翻弄されるという関係が成り立たないとつきあいにくいところが俺にはあってね(笑)。
伊丹さんは、映画監督になるちょっと前ぐらいに
「いま、吉祥寺で 村川透監督の映画をやってるから ブラバスの家の近くまで来たんだけど」
と言ってきたことがあった。
「来たんだけど」とは言っても
「一緒に観ないか」とは言わないんだよなぁ。
しかも、これを見とかないやつはバカだ、みたいな雰囲気を漂わせて言うの(笑)。
そのあと、別の機会に
「ブラバスは、撮影の現場なんて しっかり見たことないだろう?
 一回見といたほうがいいと思うよ。
 俺の現場なら、見られるんだからさ」
と言われたこともあった。
行けないままだったけどね。

[糸井]
そうですね。
編集者時代にはできていたことでも、スタンスが難しいですよね。
村松さんって、やっぱり基本的にとってもつきあいのいい人なんですね。



[村松]
俺のつきあいがいいっていうのは、本質的な話があってさ(笑)。
伊丹さんとは関係のない話なんだけどね。
このあいだ、昔から知ってる店が東京に店を出していたので、ある日フッとのぞいてみたの。
そしたら、そこに女将さんがいて
「あら、しばらくです」と言ってくれました。
それで「しばらくです」と言って、ホソカワさんも最近お目にかからないけど、どうなすってんでしょうね、なんて話して、その分においては会話になってるんだけど、ふと途中でさ、
「お忙しいでしょう? ‥‥ユカワさんも」
って、女将さんが言ったんだよ、俺に。
その「ユカワさん」という言い方が、
「ユカワふぁ‥‥」みたいに、言葉に出してみたけど自信がない、という感じになっちゃってんだ。

[糸井]
わははははは。

[村松]
「俺、ユカワじゃないですよ」とは言えないんだよ、つきあいがいいから。
そのまま話をつづけちゃってるうちに、今度は、俺はユカワさんになんなきゃいけなくなったわけです。
向こうは向こうで、俺の反応から、もう半分はユカワさんじゃないなと思ってるのに、俺がそれを認めないから(笑)、つづけなくちゃいけない。
こっちもやめるわけにいかないんで、ずっとユカワさんと女将さんという関係で話して、買い物して金払って、ほうほうのていで帰ったわけ。
その直後、変に思った女将さんがユカワさんに電話したんだって。
そしたら、「いや、しばらくだね」ってほんもののユカワさんに言われて受話器落としたっていうんだよね(笑)。



[糸井]
わははははは。

[村松]
ヘタヘタと座り込んだって。

[糸井]
そのつきあいのよさ、ぼくもちょっとはわかるんですけどそこまでやったことはない(笑)。

[村松]
いま、もう最後だから言うけど、今日のこの席に出してくれた、コーヒーね。

[糸井]
召し上がりませんでしたけど、コーヒーはお嫌いでしたか。

[村松]
いや、飲み方がよくわかんなかったんだよ。



[糸井]
わはははは。

[村松]
ふたをとって飲むのかなー?
でも、イトイを見てると、この穴から飲んでるみたいだしなー。
まさかな。でも穴なのかな。
ちがったら嫌だし‥‥、って口つけませんでした。

[糸井]
早く言ってくださいよ(笑)。

[村松]
まぁ、そういうつきあいのよさが俺にはある(笑)。
淡交って言葉、あるでしょ?
淡く交わるって書くやつね。
あれ、お茶の言い方でいうと、一期一会ってことらしいね。
連続して濃いというんじゃなくてさ、会ったときに濃いの。
それを点々と、折々に、つなげていくってことらしいんだけど、そういう気分はあるんだよね、俺は。
伊丹さんと会っていたときは、その時どきに濃かったなと思う。
いっしょに仕事をしたときだって、映画の悪口を言ったときだって、湯河原で美術番組やってるときに総否定みたいなこと言ったりしたのだって、記憶に残っているところをつなげていくと、けっこう濃かった。
だけど、何かつかまえられないところがやっぱりあって、伊丹さんのことは書けないままでいるんです。



[糸井]
うん。ぼくらにとってもこのあいだ賞をもらったおかげで、ようやく
「じゃあ、やるか」という気になれました。
おもしろい人がいたんだよ、って以前から、若い人に紹介したいという気持ちはすごくあったんです。
「伊丹さんという人はあんたたちの先祖だよ」
と伝えたいと思ってた。
おそらく、若い人たちがやっている、自己表出をしない表現というのは「ある」んです。
みんな、なんとなくキョロキョロしていて、目に映るものというのは全部自分の興味だったりする。
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