第6回 眠りのグルメ?まちがいです。
[井上]
眠れないときは、眠れないなりに、対応する技術を持っているものなんです。
[糸井]
「何か」をしてるんですね。
[井上]
何かをしてるんです。
例えば、徹夜を何晩もするでしょう。
[糸井]
はい。
[井上]
そうすると、例えばトラックの運転手が事故を起こしますね。
証言で「居眠り運転はしていなかった」
なんて言うけど、じつは、一瞬、秒単位で寝ちゃってるんです。
ですから、主観的に意識は途絶えませんし、眠ったという自覚はないし、だけど、脳波で取ってみると、ちゃんと深い眠りが、ポッと数秒出てるんですね。
[糸井]
犬とか猫とかの眠りと同じでしょうか。
[井上]
あれは、もう少し長いんです。
動物も、徹底して寝かさないで、寝るとショックを与えて起こすようなことしますと、秒単位の眠りがパッパッパッと出てきます。
[糸井]
疲れて運転中に起きる秒単位の眠りというのは、一般的な動物の眠りよりずっと短いってことなんですね。
[井上]
そうです、そうです。
[糸井]
そんな眠りがあるんですね。
[井上]
それで脳を守るんですよ。
そういうことをしてまで、脳を保護する技術があるんです。
[糸井]
うわー!
運転手が事故を起こすような問題というのは、眠りの問題じゃなくて、仕事の仕方の問題ということでしょうか。
運転をしてはいけないときにしてしまった、という。
[井上]
それをやってるからなんとかバックアップしてやろうというのでね、本来持ってる性能として、それを非常に短い眠りで脳が壊れないようにするわけです。
ふだんの生活の範囲であれば、それで大丈夫でしょう、歩いてたって転びはしません。
だけど、高速道路で運転してたりするとねやっぱりハンドル操作まではフォローできないでしょう。
ですから重大な事故に巻き込まれることだってあるわけです。
そういう事故が頻発するような社会ができた、ということも、睡眠に関する、関心の高まりを生んだのでしょうね。
[糸井]
いまのお話、井上先生は、ごく当然のことのようにお話ししてくださいましたけどそんなすごいことをわかるのには睡眠を研究してる方としての歴史があって‥‥、
「いつ頃からわかった」みたいなことがあるんじゃないですか。
[井上]
あ、それはあります。
[糸井]
先生自体も理想の眠りがあるんじゃないかと思った時代はあるんじゃないですか。
[井上]
わたくし、若い頃、全く睡眠に関心なかったんですが、高校生のときに肺結核をやりまして。
あの頃の肺結核というのは、言ってみれば死ぬか生きるかどちらかで、まともな治療法もなく、ただ寝てるだけだったんですね。
ただ眠れと。
受験勉強なんてまかりならん、というような、ありがたいような、自発的じゃなくて、強制的な不登校時代を送ってるんですよ。
[糸井]
はっはっは。
[井上]
そのとき以来、眠りがいかに自分の役に立っているか、寝ないといかにもたないかということを知りました。
体力がなかったですからね。
[糸井]
実感してたんですね。
[井上]
徹夜するよりも、明日一所懸命やりゃいいんだから、もう寝なくちゃというんでね、とにかく寝てました。
寝て、結果として、生き延びてるんだという実感はあったわけですね。
ですから、眠りが大事だとか、眠りの研究をしようとか、眠りが何をしてるか知ろうとか、そういった関心じゃなくて、経験的に、自分の生命を危険にさらさないためには、なるべく寝ることだ、というそういう実感がありましたね。
[糸井]
もう天職みたいですね。
結果的には(笑)。
[井上]
そうかもしれません。
あとは、永眠するだけだという(笑)、そのくらいの認識は持ってますけどね。
[糸井]
やっぱり、大転換だと思うんですね。
現代って、イデーみたいなものに向かって、なんでも目的とか理想とかというものを描いて、そこに歩いていけという強迫の形が一種の時代のパラダイムじゃないかと思うんですよ。
[井上]
そうですね。
[糸井]
ぼくは実感的にそれが向いてない人間なものですから、そうするべきだと言われるたびにすごいイヤな感じを得ていた怠け者だったので、自己肯定したいために、理屈を考えたいんです。
その意味で眠りの話も、イデーがあって、目標に向かって、というのじゃない捉え方で、もっと自由な、眠りも起きてることも、もっといいことだと思いたいわけです。
そこにいたるには、ぼくは、ぼくなりに、8時間寝ないと、というのに、捉われてた時代があったりしてたもんですから、脱するとどれだけ自由になるだろうか、みたいな解放されるということを読者に提示できたらいいなと思って。
いまでもきっと、眠りの本なんかでも、おそらく、井上先生の大きな意図なり哲学なりと、出版社が眠りの本を出したいという意図とは、微妙にズレがあったのではないでしょうか。
[井上]
そうです。その通りです。
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