第3回: 似合う道具、似合わない道具
- ──
- 前田さんは、
主に「トランプマジック」しかやらない
とうかがいましたが、
それには何か理由があるんですか?
- 前田
- 人が使う道具って、
どうしても似合う似合わないがあります。
料理人に例えるなら、
「このフライパンを持ってる姿がいい」とか
「この包丁を持つ姿がかっこいい」とか、
そういうのってあると思うんです。
道具が似合っていれば、
その人の説得力も増すと思いますし。
- ──
- なるほど。
- 前田
- だから「自分に似合う道具はなんだろう」
と考えたときに、
「トランプを持ったときの姿」は、
自分でもけっこうイケてる気がしたんです(笑)。
- ──
- それはご自身で鏡を見られて?
- 前田
- たぶん、テレビだった気がします。
まだ若かったときに、
テレビでトランプのマジックをして、
あとからオンエアを見たんですが、
その姿が案外、悪くなかった。
- ──
- あぁ、なるほど。
- 前田
- 道具が似合うかどうかというのは、
マジシャンにとっては、
けっこう大切なことなんです。
というのも、
世界中のマジシャンの中には、
すばらしい腕を持った人、
ものすごくハンサムな人、
斬新なマジックを発明する人など、
ものすごいマジシャンがいっぱいいます。
ぼくはプロのマジシャンとして、
その中に入って、
彼らと戦っていかないといけません。
そういう厳しい世界の中で、
「トランプを持つ自分」を想像したら、
すこしは戦えそうな気がしたんです。
もちろん根拠はないのですが、
ハトやハンカチといった道具では、
そんなイメージは持てなかったんです。
- ──
- トランプという道具が、
セルフイメージを高めたわけですね。
- 前田
- まさにそういう感じでしたね。
ぼくにとってトランプは、
サムライの刀と同じなんです。
トランプを持った状態じゃないと、
前田知洋として社会には認めてもらえない。
だから、トランプを持ってないと、
すこし落ち着かないときがあります(笑)。
- ──
- 逆に持っていると、力が湧いてくる?
- 前田
- それもありますね。
ぼくの場合、トランプ1組あれば、
どこでも勝負ができますからね。
そういう意味では、
ほんと「サムライの刀」といっしょです。
刀を抜くことはめったにないけど、
常に持ち歩いているわけですから。
- ──
- サムライの刀‥‥。
- 前田
- ぼくは「居合」という武道をやるんですが、
居合道に「(刀の力は)鞘のうち」
という極意があります。
刀がいちばん強い状態というのは、
じつは鞘の中に納まってるときなんです。
つまり、刀を抜いちゃうと、
刀の力というのは半減してしまいます。
一度刀を抜いてしまうと、
あとはお互いに斬り合うしかない。
でも、刀が鞘にあるうちは、
相手の強さがまったくわからない。
そういう状態でトラブルが避けられれば、
誰も傷つきません。
本当の強さとは、そういうものだと思います。
マジックもやりすぎなければ、
失敗もしませんしね。
‥‥って、なんの話でしたっけ?
- ──
- えっと‥‥トランプです(笑)。
- 前田
- そうでした(笑)。
トランプの話に戻しましょう。
- ──
- はい(笑)。
ひとつ聞いてみたかったのが、
前田さんは普段から
「タリホー」というブランドの
トランプを使っています。
他にもたくさんのトランプがあるのに、
なぜ「タリホー」なんですか?
- 前田
- もう30年も前のことですが、
ハリウッドにあるマジックの殿堂
「マジックキャッスル」という場所で、
マジシャンとして出演していました。
- ──
- たしか前田さんは、
その「マジックキャッスル」に
日本人最年少で出演されていたんですよね。
そのときから「タリホー」なんですか?
- 前田
- そうなんです。
「マジックキャッスル」には、
毎晩世界中からたくさんの
クロースアップ・マジシャンがやってきます。
そこは劇場がいくつもあって、
お酒も振るまわれます。
なので、あっちこっちでマジックをしてると、
もうどれが自分のトランプなのか、
よくわからなくなるんです。
- ──
- あぁ、なるほど。
- 前田
- ただ、ぼくが使っていた
「タリホーのサークルバック」は、
その当時、だれも使っていなかった。
なので、どこかにトランプを忘れても、
「タリホーのサークルバックなら、
日本から来たマジシャンが使ってたよ」
ということで、
いつも自分のところに戻ってくるんです。
そういう理由もあって、
それからずっと愛用しています。
- ──
- なぜ他のマジシャンはタリホーを
使わないんですか?
- 前田
- うーん、なぜなんでしょうね。
他のマジシャンのことは、
ぼくにはよくわかりませんが、
タリホーには「トリックカードがない」
という理由もあります。
- ──
- つまり、細工されたカードがない?
- 前田
- そうなんです。
ぼくはそういうのをあまり使わないので、
どんなブランドでもいいんです。
タリホーは歴史がかなり古くて、
デザインが美しく、持ったときの感触もいい。
長年のパートナーなんですよ、
タリホーというトランプがね。
(つづきます)
2018-06-02-SAT