YOSHIMOTO
吉本隆明・まかないめし。
居間でしゃべった
まんまのインタビュー。

第1回。

第1回は<目の手術のことなどなど>
吉本 白内障ほうは痛くないんですよ。
この間のときは、白内障じゃなくてね、何ていうんだろう、
浮腫っていうのかな。
あの、こう血管があれして、破れてっていう、浮腫。
糸井 フシュですね。
吉本 ええ、浮腫。それのときは何か、
ちょっと痛いですよとか言われてね、
一、二度やっぱり、アッていうくらいのね。
糸井 歯医者みたいな?
吉本 そのくらい。歯医者ほどじゃないですね。
まあまあ、ちょっとだけ痛いなっていうのがね。
糸井 目の手術って、あれでしょう。
目をつぶれないじゃないですか、目の手術そのものって。
吉本 ええ。
糸井 僕、一度だけ、バクリュウシュじゃなくて、
何だっけな。ホシ何とかっていうやつになって。
小さいニキビの膿んでないようなやつが
まぶたにできるのがあって、
コリコリするんで医者に行ったら、
「あっ、とっちゃえばいいんですよ」って、
簡単だったですけど、目を見開いたままでしょ。
血で真っ赤になるんですよ、視界が。
吉本 ああ、そうですか。なるほどね。
糸井 あれはやだった。
吉本 やっぱり大変だなあ。
糸井 ええ。そういうことないんですか。
吉本隆明(gif アニメ)
吉本 あのね、
要するに部分麻酔して、
そいで、ここんとこに
目だけあいた、 何か布みたいの
かぶせちゃうでしょ。
そうしといて目は、 こういう機械っていうか、
装置があって、 そいであけたまんまに
なっちゃってるんですね。
始まって、それで
痛いですよなんて、
一、二回確かに痛かったんですけど。
痛いっていうか、まあまあそうだな・・・。
そしたらすぐわかんなくなっちゃった。
暗くなっちゃったんだ、ですけどね。
糸井 全身麻酔?
吉本 えっ、部分麻酔ですね。
糸井 部分麻酔なんだけど、暗くなっちゃうんですか。
吉本 暗くなっちゃう。
それで何が何だかわかんないうちに終わって。
一時間何分とか言ってましたね。
糸井 あとは養生するために入院してるんですか。
吉本 うーん。そこはよくわかんないんだけどね。
決まりですとか言って、十日間で。
結局やっぱりせっかく入院したんだから、
多少もうかんないと困るんじゃないですか。
糸井 あー、そうかそうか。もうかるんならね。
吉本 その日だけ、手術したほうを、
こういうふうに隠しておけって言うんですね。
そいで、もう翌日はとっちゃって
糸井 じゃあ、もう、ほんとは生活できちゃう。
吉本 ええ。そいで若かったらきっとそいで、
目薬やなんか、みんなうちでやるからっつって、
三つぐらい目薬さすんですけどね。
それ持ってあれすれば、
もう帰ってこれるんじゃないですかね。
糸井 そんな感じなんですか。
吉本 ええ。まあ年くってるから多少、
二、三日は寝てるほうがいいのかもしれないですけど、
寝たようなほうがいいのかもしれないですけどね。
だから、翌日とっちゃって。
何ていうんだ、ただ、要するに、
ガンッと何かにぶつけたり、
転んでぶつけたりとかっていうことだけ
避ければいいんで。
それだけで、もう簡単って言えば簡単ですね。
糸井 もう、あした入院だっていう日に対談だとか、
インタビューだとかなんか、
やめになるかなとか思ったんだけど。
吉本 いやあ、そんな。まあ、あした入院するでしょ。
で、多分、どのくらいか、
手術は水曜日ぐらいにやるんじゃないですか。
糸井 あっ、まず入院しといて。
吉本 ええ、二、三日で。僕なんかはやかましいほうで。
つまり、まず、何ていうんだろう、
血糖値を正常にしろっていうのがあるんですよね。
ほんとはもっと今から正常なら文句ないんでしょうけど、
今は、うちでだから、随分インチキしてるでしょう。
インチキしてる、ですから。
糸井 インチキ闘病のうわさは聞いてます。(笑)
吉本 だから、入って二、三日かけて
大体正常なところにしちゃうんですね。
糸井 今、家族にバレてないですか、インチキ。
吉本 あのー、バレてない部分……、
サワちゃんにはバレてるんで(笑)、ですけどね。
糸井 僕は、イシモリさんから聞いた、
溺れたときに服のポケットから、
カツ丼の領収書が出てきたって話。(笑)
吉本 いやあ、あのー、(笑)そういうあれで、
少し病院に入って調節してっていう。
糸井 治る気はあるんだけども、まあ、
ちょろまかすぐらいはいいやって
自分で決めてるわけですかね。
その辺はどうなって?(笑)
吉本 そうですね。
わりにいいかげんっていやあいいかげんなんですけど、
結局食うことでしょ。だから、どう言うんだろうな。
究極的には我慢なんてできないでしょうね。
これはほかの何よりも辛いことだから、
食うのを制約されるっていうのは。
だから、いつでも多少づつインチキしてるわけですよね。
それから、ほんとうに時々は、どっか行って、
ばあっと好きなもん食っちゃってっていうね。
どうであろうと構わないっていう、
それを時々やるんですね。
糸井 (笑)
吉本 そうじゃないと、これだけはほんとにね、
絶えず……。医者の言うとおりしてたら、
もう絶えずあれですよ、ボクシングの、
試合前のボクシングの選手みたいな。
糸井 そうですね。
永遠に続く感じになっちゃいますよね。
吉本 そうなんです。
これがずーっと死ぬまで続くぞ
っていう感じになるんですね。
だから、そんなことはできやしないと思うから、
なれちゃえば、こう、インチキしますし、
ちゃんと専門でなれてるお医者さんは、
もうインチキっていうのは前提にしてる。
糸井 ファジーな。
吉本 だから、あんまりそのことで何か、
「ちょっと血糖値多いですね」ぐらい言ってとかね、
「あれっ、今月は多過ぎたから少しやっぱり
あれしたほうがいいですね」とかって、
そのくらいのこと言うだけ。
ところが、なれてない内科の先生っていうか、
内科の先生で若い先生だったらたまんないですからね。
糸井 厳しいこと言いますか。
吉本 厳しい。
それで、正常っていうのは
100ミリ以下とかってなってんですけどね。
100ミリ以下なんて、
要するに僕らみたいな者にそういうことを要求したって、
そんなことは無理であるっていうのが
ほんとうなんですけどね。
でも、そんなこと平気で言いますからね。
だから、はい、はいって聞いてる。
糸井 何か人間理解が違いますね。
吉本 人間理解が違うんですよ。
人間理解の問題で。
そいで、やかましいんですけどね。
そいで、専門じゃない人はまたやかましい。
眼科の先生はやっぱり正常値ってこと言って、
正常値ってなんですかとかって言うと、
100以下ですよとかなんとか言うんですよね。
糸井 つまり、悪い患者なんですね……。
吉本 そうなんですよね。
教科書にそう書いてあったんだと思いますけど、
ちゃんと専門の、糖尿の専門の医者は、
もう、僕が六十ぐらいになったときに、
140でいいですよとかって言ってますからね。
糸井 はあー、振り幅が大きいんですね、随分ね。
吉本 そうなんですね。そう言われましたね。
糸井 この間、僕、
医者の修業をしている学生さんのホームページ見てたら、
そいつなかなかおもしろいやつで、
修業中にいろんなおもしろい先生に会うんですよ。
で、その先生と実習のときの会話がありましてね。
こういう条件があると・・・
君たちね、四十歳がらみの、普段は非常に健康で、
酒も深酒はしない、たばこも吸わないある男性が、
急に心臓が苦しくなったと言って君のところに来たと、
君はどうするねっていう質問をするんですって。
そしたら、インターンたちは、
この検査をしてこの検査をして、
心臓だからどうだからこの検査をして、
もう四つも五つも並べるわけですね。
そしたら、全部不正解だと。
それは、ゆっくり寝なさいと言って、
急に何か深酒をしたような日があったかどうかを
聞いてみて、
あとはゆっくり休んで心配しないことですね
と言って帰すのが正解であると。

:これは、ぼくの記憶がかなり曖昧でした。
原文は、以下の通りです。

教授 :「なぁ、君らさぁ、
    もしも
    “年齢30歳の男性で、
    喫煙歴なし、普段は飲酒もほとんどなく、
    血圧も正常で、生来健康であったが、
    昨晩は少し飲み過ぎた”
    って人がさ、
    突然外来に来て胸痛を訴えたら
    何の検査をしてどんな処置をする?」

班員A:「心電図と胸部レントゲンを取って......」

私  :「どうせだから心エコーもやるとか」

班員B:「胃も見といた方が良いんじゃない?」

...........(以下、様々な検査方法が提案される)............

教授 :「はい、分かった、分かった。
     これがもしアメリカの臨床マニュアルだと、
     正解はまず第一に“お説教をする”」

一同 :「へ?」

教授 :「“あんた、何でそんなになるまで飲んだの?
     駄目じゃない”ってさ」

一同 :「はぁ.....」

教授 :「で、さらに何か治療するとしても、
     マーロックス(←ただの胃薬)しか出さない」

班員C:「それでいいんでしょうか。
     なんかすごく不思議なんですけど」

教授 :「でもな、30歳の喫煙歴のない健康な男性が
     胸痛を訴えた場合、狭心症なんかの心疾患である確率って
     どれくらいか計算した上で考えると、
     確かにこれが妥当なんだ。
     日本の臨床現場に足りないのは
     こういうEBM
     (“EvidenceBasedMedicine”:
     「証拠に基づいた医療」の意味)の概念なんだよね。
     だから、しなくてもいい無駄な検査をして、
     そのうえ診断を誤っちまう。
     診断が正確だったとしても、
     効かない薬を投与するなんてことになっちまって
     何にも不思議じゃないわけだ。
     そんなわけで、君らには今週、
     こういう英語の論文を読んでもらって、
     木曜日に発表してもらうということになっている。
     さ、しっかりEBMについて勉強して来るんだぞ」

私  :「は、はひぃ、がんばりますぅ.....」
(Medic須田氏提供)

 

吉本 正解なの。あー、それは。
糸井 アメリカの例なんですけど、その話は。
そこまでアメリカは来てる。
吉本 あー、なるほどね。
それのがいい、そこまではいいですね。
糸井 納得しますよね。
吉本 納得する。
糸井 だから、条件的にその患者が、
急に何か病変が起こる可能性っていうのはほとんどない、
とすれば、ゆっくり寝ることです。
吉本 あー、なるほどね。ふーん。
そうなんですね。そうでしょうね。
そいでね、あの、やっぱ一番やかましいのはだれか
っていうと、何かっていうと看護婦さんなんですよ。
その次が女医さんなんですよ。
そいで、ちゃんとやった権威ある先生はさ、
眼もね、そんなことは言わねえ。
言わないんですよ、やかましく言わない。
かえって急に血糖下げたら悪いことありますねとか、
眼に悪いですからねなんて言うんだけどさ。
で、女医さんはもうきちっとしてあれするね。
看護婦さんはもっとすごい。
ほんとに教科書どおりで要求しますね。
これにはもう参っちゃって。
だから、はい、わかりましたとか言いながらも
結構ルーズに、こっちで自分でルールにしてるっていう。
そうやらないとちょっとだめですね。
あの、どうしてっかわかんないけどそうですね、
看護婦さんが一番やかましい。
それから、その次が女医さんでね。
偉い先生はもうあんまり言わないっていう。
糸井 役割分担みたいになってんのかもしれないですね。
吉本 なってんのかもしれないですね。(笑)
糸井 よく漫画に出てくる
野球部のマネージャーの女の子が、
ユニホーム早く脱いで! とか、
洗濯してやるんだからって。ああいう役ですね。
吉本 そうなんでしょうね。
やっぱり140でいいって言った先生、
この人はがんで亡くなっちゃって、
今の先生になっちゃったんですけどね。
この先生は140ぐらいになればいいですよ
とかって言うのと、
それからやっぱり今の
糸井 さんの話じゃないけど、
そんなね、大体成人病っていうか老人病っていうか、
要するに、心臓や高血圧とかね、
そういうやつはね、血糖値が何とかとか、
心臓もそうなんだけど、そういうのは、
大体老人病、成人病とかって言われてるものはどれもね、
とにかく70%は食い物だけで治るんだってね。
食い物のうまいあれの仕方っていうのをね。
まあ、カロリーは若干抑え気味でっていうんで。
まあ、栄養はまんべんなくっていうようにやればね、
食事のあれだけで
大体70%はよくなっちゃうんですよって。
糸井 70%ってすごいですね。
吉本 高血圧やなんかもそうなんだって。
やっぱ食い物でそのくらいできるんですよって。
だから、あとの30%が薬とか、
そのあれに頼るってだけで、
結構そのくらいで済んじゃうんですよとかって、
その人はそういうふうに言ってましたね。
糸井 ご本人はもう亡くなっちゃってるんですか。
吉本 えっ?
糸井 その方は亡くなってるんですか。
吉本 うん、がんで。
えっとね、助教授だったんですけどもね。
で、ものすごい勉強家で、
それでぶっきらぼうな人なんだけどね。
やっぱいい。
ああ、この人はいいなあっていう先生だったんですけどね。
がんで亡くなっちゃったですね。
で、今かかってる先生もがんでね、
今入院してるんですよ。
糸井 何ですか、それは。
吉本 何か、おれのたたりじゃねえかと思って、
ほんとに。
糸井 (笑)そういうのがあって
人間理解が深まってるのかもしれない。
吉本 あと、何か、
今度はつい数日か一週間かそのくらい前に入院して。
前に一度初期に見つけてあれしたんですけどね。
とっちゃって。
それから随分一生懸命またやってましたけどね。
患者、僕らもそうだけど、患者相手に熱心な先生で
あれしてましたけど。再発ですね。だから自分でも……。
糸井 医者だからわかってますよね。
吉本 わかってる。自分でも。
今度はいろいろ、
吉本 さんはこうだとか、
吉本 は、要するにうるせえから
何とかっていう先生のところにかかるようにしろとかね。
もう一人お年寄りで、うるせえのがいたらしいけど、
それはだれにとかって、
そういうふうにちゃんと言ってったんだって。
糸井 申し渡しをして。
吉本 うん、申し渡しを奥さんにね。
それで、自分はもう、胃を全部ちょん切って、
腸もちょん切って、要するに腸と、
ここのあれと、
食道とを直接つなげるあれをするんだって。
まあ、一応帰ってくるでしょうけどね。
まあ、隠退してしまったらどうでしょうかね。
それで間に合うのか。
一時は間に合うでしょうけどね。
それで、あとはわからないですね、再発ですから。
自分が、その先生は
丸山ワクチンのところの責任者をやってて、
だから一度手術してからはきっと、
あと丸山ワクチンでやってたんじゃないですかね。
再発、隠退休養ということになったら、どうでしょうかね、
今度はきっと退院したらそうなのかもしれないですね。
糸井 やっぱりお年を召していらっしゃいますか。
吉本 ええ、もう定年退職はしたんですよ。
それで、客員教授ってことでやってて。
それで、丸山ワクチンっていうのは
日本医大でもやらない人がいますからね。
こんなのは効かねえとか言う人がいますから。
やっぱり効くっていうか、
有効だと思ってる人が責任者にならなきゃ
しようがないでしょうね。
(第2回につづく)

ところで、
吉本さんの健康状態について、
さまざまなウワサが飛び回っている。
再起不能の寝たきり説から、驚異的に元気説まで。
どっちも、そんなこたぁないってことは、
このページを読んだ方々がおわかりの通り。
実際は、短文や、語り中心の仕事を、コツコツとって感じ。
この対談のあとの手術で、
だいぶん明るく見えるようになったということで、
表情もさらに明るくなっています。
近著は、「父の像」「宗教論争」
「アフリカ的段階について=史観の拡張」などです。

1998-12-25-FRI

BACK
戻る