第16回
さて、今年の3月4日。
僕は週末に前橋のミーちゃんのお宅で
ケーキと紅茶をふるまわれながらテレコを回していた。
横には前日会ったばかりのまるいさんが座っている。
まるいさんは緊張しているがゆえに
きちんとはきはき発声して
明るくつとめるというふうな人だったから、
僕としてはとてもやりやすかった。
つまり僕は座ってケーキを食べて紅茶を飲んで、
ふつうにしゃべっているだけだった。
それで僕の記憶はひどく曖昧である。
なんだか楽しかったことしか覚えていない。
たしか風が強かった。
家について呼び鈴を押すと、
玄関のガラス越しにシルエットが見えた。
僕はその影を見ただけで
「あ、ミーちゃんだ」と直感してうれしくなった。
なぜだかはよくわからない。
ともかく、そういうふうにして愉快な気分のままで、
居間へ通されたことをよく覚えている。
僕は終始そんな感じであった。
前橋のミーちゃんの家の居間で、
ミーちゃんと、ミーちゃんの娘さんのノリコさんと、
まるいさんと、僕はお茶を飲んでいる。
いまテープを再生してみると、
そういう場面が記録されている。
永田 |
ケーキ美味しいですね。 |
ミーちゃん
ノリコ |
美味しいでしょう? |
永田 |
美味しいです。僕、甘いもの好きなんですよ。 |
ノリコ |
あらよかった、ありったけ食べてね。 |
ミーちゃん |
私の統計によると、
甘いもの好きな男の人はね、やさしいのね。 |
永田 |
あ、そうですか(笑)! |
ミーちゃん |
おっきいこと言っててもね、
芯がやさしいんですよ。 |
永田 |
ありがとうございます(笑)。 |
ミーちゃん |
今日はホントはお休みなんでしょ? |
永田 |
はい。
あ、いや、でもちょっとした旅行気分で。 |
ミーちゃん |
本当に忙しい職業ね。
今度温泉にでもいらっしゃいな。 |
ノリコ |
けっきょく忙しいと
お休みなんて関係なくなっちゃうんでしょ? |
まるい |
生活の一部みたいになっちゃってますからねえ。 |
ノリコ |
むしろ忙しいほうがペースが作りやすいのよね。 |
ミーちゃん |
楽しいのよね。
いろんな思いつくことがうれしくて、
全部したくなっちゃうのよね。 |
まるい |
そうですね(笑) |
ミーちゃん |
私もそうだもの。 |
一同 |
(笑) |
そういう感じで、
再生するテレコからは
終始カチャカチャという食器の音がしている。
飲みきらないうちにおかわりがつがれ、
食べきらないうちにつぎのお菓子が出てくる。
初対面とは思えないうち解けぶりで、
いま聞き返してみると不思議な感じがするくらいだ。
ノリコ |
せっかく出てきたんだから
谷川あたりまで行ってらしたら? |
ミーちゃん |
スキーでもして帰るとかね。 |
まるい |
それもよさそうですね。 |
ミーちゃん |
ノリコなんかあれだもんね、
10時頃出ていって、スキーして帰ってきて、
それからバドミントンに行くものね。 |
ノリコ |
スキーでウォームアップするのよ。 |
永田
まるい |
(笑) |
ノリコ |
このへんの人はぜいたくだから、
スキー行っても3本か4本しか滑らないから。 |
永田 |
へええ。 |
ノリコ |
あとは温泉入って帰ってきちゃう。 |
ミーちゃん |
このへんは町営の温泉とかがたくさんあるからね。 |
まるい |
じゃあ銭湯とかと同じような感覚で? |
ミーちゃん |
そんなようなもんですよ。
あちこちできちゃったから。 |
ノリコ |
なんだか掘ると温泉が出ちゃうみたいで。 |
永田 |
あははははは。 |
ミーちゃん |
まえに住んでたところの整形外科の先生がね、
ちょっと離れたところを掘ったんですよ。
そしたらやっぱり温泉が出ちゃってね。 |
永田 |
へええ。 |
ノリコ |
シゲサトなんかも
あんなムダなもの掘らないで
温泉掘ればよかったのにね。 |
永田
まるい |
あははははははは! |
ノリコ |
掘ったり埋めたりして大変な思いするよりね(笑)。 |
永田 |
いまごろきっと4つくらい温泉出てますね。 |
ノリコ |
あんだけ掘ればね(笑)。 |
ミーちゃん |
赤城温泉になったのにねえ。
でもあれ、楽しかったらしいわねえ。 |
話はそんな感じでどんどん紡がれていく。
紅茶の話、日照時間の話、
都道府県別のひとりあたりの所有台数について、
女性の身長について。
そして当然、パソコンの話にもなる。
ミーちゃん |
やっとメールが誰かに打てるっていう程度なんですよ。
今ね、こないだ旅行に行ったときの旅日記みたいなのをね、
遅ればせながらつけてるんですけどね。 |
永田 |
うんうん。 |
ミーちゃん |
あんまり覚えてないんですよ(笑)。
でもね、私なんか、どこへ行ったって、
そのときの「ああ!」っていう感嘆する
その気持ちがうれしくて行くんですからね、
自分でそのとき感激すれば
それが肥やしになるんだって思って行ってるから、
旅先のこともそんなに覚える気はないんですよね。 |
永田 |
あああ。 |
ミーちゃん |
ガイドさんの説明なんか聞いてても、
そのときだけ
「へええ、そんなに古いんですか!」
なんつってるくらいでね(笑)。 |
永田
まるい |
(笑) |
時間が経つにつれて、
僕とまるいさんはミーちゃんにひきこまれてしまう。
イトイさんが「行って会えばきっと何か見えてくるよ」
と言っていたわけがわかるような気がする。
『80代からのインターネット入門』という企画は、
どうしても
「糸井重里がパソコンをまったく知らない母に
パソコンを送った」
というわかりやすいギミックで
とらえられてしまわれがちだけれど、
それがミーちゃんという人でなければ
あれほどの魅力を持たなかっただろうと僕は思う。
たとえばミーちゃんは、
iMacについてこんなふうに話したりする。
ミーちゃん |
最近ちょっとまたご機嫌が悪くてねえ。 |
永田 |
あ、そうなんですか。何が悪いんですか。 |
ミーちゃん |
つぎの文字打っても出ないのよ。 |
永田 |
動かなくなっちゃうんですか? |
ミーちゃん |
そう。なんっにも動かなくなっちゃうの。
矢印もなくなっちゃうし。 |
永田 |
フリーズしちゃうんだな。 |
ミーちゃん |
昨日なんかね、
庭に私が秋に植えた水仙の小さいのが咲いてね、
ほら、あそこに活けてあるやつね、
それがね、まあ買った花じゃないから立派じゃないけれど、
とてもかわいくて。
それで「かわいい」って打ったらね
そこで動かなくなっちゃうの。
たぶん「水仙がかわいい」っていうのが
悔しくでヤキモチ妬いてんのね。 |
永田 |
iMacが(笑)!? |
まるい |
あはははははははは! |
ミーちゃん |
また打ち直してもね、
「かわいい」のつぎで動かなくなっちゃうのよ。 |
まるい |
それはヤキモチですねえ。 |
ミーちゃん |
ヤキモチなのよ。 |
永田
まるい |
(笑) |
そして、
ミーちゃんが『世界の車窓から』という
テレビ番組を楽しみにしていて、
万全の準備をしてテレビの前で待っているんだけれど、
ついつい居眠りして見逃してしまうという話で
僕らが大笑いしていると電話が鳴った。
どうやらそれは『80代からのインターネット入門』で
素敵なレポートを綴ってくださった
南波先生からの電話だった。
じつはこの日、
南波先生もいらっしゃるはずだったのだけれど、
風邪をこじらせたとのことで
来られなくなってしまったのだ。
ミーちゃん |
(電話口で南波先生に向かって)
風邪のほうは大丈夫ですか?
ええ、まだいらっしゃいますよ。
いまね、私がひとりでおしゃべりして、
笑わしてるんですよ。 |
僕とまるいさんはそれを聞いて思わず吹き出してしまう。
参った、僕らは笑わされていたのか。
きっと電話の向こうで
南波先生も大笑いしていることだろう。
ミーちゃんは、サービス精神にあふれているのだ。
ミーちゃん |
連載は終わっちゃったから、
日記はやめてもいいんですけどね、
やっぱり日記だから続けたいのよね。 |
まるい |
でも毎日大変だったんじゃないですか? |
ノリコ |
ひところは大変でしたよ。
小学生じゃないけど、日記に書くがために、
いろいろやってみたりしてましたからね(笑)。 |
永田
まるい |
(笑) |
ミーちゃん |
だって多少変化つけないとね。
なんにもしてないってわけにもいかないし。 |
永田 |
でも日記なんだからべつに
なんにもしてなくてもいいじゃないですか。 |
ミーちゃん |
でもねえ。少しは材料がないとね。
少しずつパソコンも覚えていくから、
コンピュータに関するおもしろい失敗とかも
だんだんなくなっちゃうのよね。 |
永田
まるい |
(笑) |
ミーちゃん |
「まあ、そんなことしてるの?」みたいなことがね、
はじめのうちはあったわけですよね。
それがまあ、まともに書けるようになると、
生活が単調だから、書くことがないんですよね。 |
永田 |
それは読んでる人のために? |
ミーちゃん |
うふふふふ。 |
ノリコ |
サービス精神が旺盛なのよね。 |
永田
まるい |
(笑) |
ミーちゃん |
読んでる人が退屈かもしれないなって、
そういうのありますよね。 |
ノリコ |
それはシゲサトと似てるとこありますよね。
彼も割とサービス精神旺盛でしょ? |
永田 |
旺盛ですねえ、かなり。 |
ノリコ |
じゃなきゃ、
あんなに忙しい思いしてないわよねえ(笑)。 |
ミーちゃん |
つぎからつぎへと思いつくことをしてみたくてねえ。 |
永田 |
それはイトイさんと似てるっぽいですねえ(笑)。 |
ノリコ |
うん。私、ミーちゃんとシゲサトの最大の共通点は
サービス精神が旺盛なところだと思う。 |
ミーちゃん |
そうかもしれないね。 |
ノリコ |
ただミーちゃんの場合は
ちょっとサービス精神がずれるんだけどね。 |
ミーちゃん |
性格って治んないね、ずっとね。
でもいまさら治そうとも思わないけどね。 |
永田
まるい |
(笑) |
あっという間に帰る時間が来た。
僕らはなんだかわからないけれど
たしかに何かを得たような気分で、
お別れの挨拶をした。
いろんな意味で
「どうもありがとうございました」
とお礼を言った。
ミーちゃんは不思議だった。
でもまるでどこも超越していなくて、
まるっきり僕らと地続きだった。
そのあたりがよりいっそう不思議だった。
さて、僕は帰りのクルマの中で
もう一度テレコを回すことになる。
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