第30回
「幸せな本作り」の長い航海もいよいよゴール間近。
行く手に笑顔で手を振る糸井さんを見つけて
元気百倍になった私。
「よーし、このまま突っ走れ!」
ところが、そうは問屋が卸しませんでした。
問題は「やっぱり」というか「また」というべきか、
構成の最終的なツメの場面で発生しました。
初校が出てから印刷所に戻すまでの間、
糸井さんはもちろん、永田さんと私も
校正作業を進めることになります。
そこで、あらためて各々が読み通したところ、
ある箇所について、意見が分かれてしまったのです。
いや、実はそれまでにも、永田さんと私の間で
ミーちゃんの日記の見せ方とか、
各テーマの順番や導入部分の見せ方等々について、
あれこれ意見の対立はありました。
大抵は永田さんと私が話し合い、
お互いに納得できる着地点を見つけて
糸井さんに提案し、判断を仰ぐ、
というスタイルだったのですが、
最後に来た山場は非常に困難を窮めました。
問題となった箇所の論点は、
簡単に言えば
「そこで何を読者に提示するべきか」
ということでした。
「もっとワクワクさせる工夫をしたい」
という意見と
「むしろ抑え気味にスッキリさせたい」
という意見の真っ二つに分かれてしまったのです。
双方が考える理由を全て主張しあって、
お互いの意見を理解しようと努力もしたのですが、
このときばかりは結局二人の間で
折り合う点を見つけられず、
議論は平行線のまま、
糸井さんの判断に委ねられることとなりました。
結局は、私たち双方の意見に耳を傾けた糸井さんによって
「ワクワクさせるけど、むやみに煽らずスッキリさせる」
という着地点が示され、
論争は何とか収束に向かいました。
思いがけず難航してしまったこの議論が、
私にとって特に印象深いものとして残っているのは、
長い論争の末、結果的には
全員が納得できる方向に向かうことができて良かった、
という理由の他に、
その一連の論争が全てメールを通じて行われた、
という点にもあります。
コトの発端は、こんなに激しいバトルになるとは
思ってもみなかった私が、
「こうしたらどうでしょう?」という打診のメールを
糸井さんと永田さんに送ったことでした。
校正作業を進めるうちに、その提案を思い立った私が
メールを送信したのは、深夜1時の少し前のこと。
翌日にでも糸井さんと永田さんに確認できれば、
というつもりだったのですが、
引き続き校正作業を続けていると、
すぐに永田さんから返信が飛び込んできました。
そこから、メールでのやりとりは文字通り夜通し続き、
最終的に糸井さんからの結論メールが届いたのは、
窓の外が白々と明るくなってきた午前6時のことでした。
この一件を振り返ってみると、
そこには、よくメールの長所として挙げられる
「相手の都合を気にせずに、
こちらの都合のよいときに送信できる」
という利点に隠された
思いがけない弊害があったような気がします。
複数の人たちが、それぞれ忙しい中、
たとえば他の仕事をしながらでも
合間を縫って意見を聞いたり述べたりできることは、
とても画期的で便利なことでした。
でも、一度始まってしまったメール会議は、
かえって相手の都合を拘束してしまう結果にもなりました。
「メールをくれた相手が、
ボクからの返事を待っているかもしれないと思うと、
急いで返事を出さずにはいられないんだよね」
いつか聞いた糸井さんの言葉を思い出すにつけ、
糸井さんや永田さんにとっては、
このときのメールバトルはご迷惑だったのではないかと
申し訳ない気持ちになります。
もしかしたら、糸井さんはその日、
一刻も早く眠りたかったかもしれません。
もしかしたら、永田さんはその日、昼間の取材で
ヘトヘトになっていたかもしれません。
議論するのはいいことでも、何も夜を徹して
メールでじわじわとやりとりしなくても
よかったのでは・・・。
職業柄、私たちはどうしても深夜とか早朝といった
一般常識を逸脱した時間帯の中で
仕事をせざるを得ないことがしばしばありますが、
それを無意識であれ
「同業ならわかってください」と
言わんばかりに相手に押しつけていたことを
反省しなければと、
この件を思い出すたびに、私は冷や汗が出るのです。
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