増島みどりさんと、
1998年のスポーツ界を
<ふりかえる>。

増島 じゃあ、どうしましょうか? 
今年を振り返って。
糸井 今年面白かったものというところから話したいですよね。
今年を振り返った時に
「スポーツ世論はこうだったけれど、
果たしてそうかなあ?」
というあたりを少し出していきたいのと、
「この先につながる何かの発見」ってことかな。
増島 今年は、ワールドカップと
オリンピックがありましたんで。
2つの“グローバルスタンダード”
じゃないですかねえ。
まあ、ワールドクラスと日本という部分が、
あらためて問われた。
本。
ワールドカップの本(「6月の軌跡」文藝春秋刊)
を出したんです。
8月くらいから取材してきて、選手39人と、
さらにスタッフもふくめて関係者
全員にインタビューしたんです。
「やっぱりがんばっただけじゃだめよ!」
なんておばさんに言われてるわけじゃないですか。
これじゃあいかんな、と。
糸井 勝たなかったと、ね。
そりゃあ「父ちゃん稼ぎがすべてだよ」と言うのと
同じだよね。
増島 そう、選手もしゃべる必要がなくなってしまうんですよ。
名波も、中田も中山も全くしゃべらなかった。
とにかくしゃべってないんですよ。
みごとなまでに。
糸井 岡田監督もあまりしゃべってないですよね。
増島 岡田さんも、講演会で、
ワールドカップのことはしゃべってないですよ。
糸井 幻になってるんだ。そのときの思いは。
増島 みんな封印しちゃったんですよね。
「結果がすべてじゃないか」
という論調になってしまって。
糸井 そのこと自体にボクは気づいてなかったですね。
そういえば、誰も語ってないや。
増島 やっぱり、本人でないと分からないことが
あると思うんですよ。
それは5月27日から、
6月の29日帰ってくる日までの 
トータル1ヶ月間なんです。
選手自身にとっていちばん大事な日や、
大事なシーンはみんなちがうんですよね。
だから、私も聞いて初めて分かりました。
糸井 (巨人の)篠塚が、89年に日本シリーズで優勝したあと
旅館でおふろ入ってたときに雑談したことがあってね。
「今年一番印象に残っている試合はどれでしたか?」と
世間話っぽく聞いたんですよ。
どんな答えでもよかったんですよね。
そうしたら
「ジャイアンツがリードしている場面で、
相手が打ったセンター前ヒット性の当たりを・・・
自分で考えた守備位置に、ぴたっと強い打球が来てね、
単なるセカンドゴロにして
終わらせた試合」だと言うんです。
さよならヒットを打って勝った試合でなく、
いい守備位置をとってうまくいった試合が、
彼のメモリアルゲームだったって。
糸井×増島
増島 でも、よく分かります。
結局、見てる人には平凡すぎるようで
何も分からないけど、実はプロとして
ものすごい企みがあったということですね。
そんなのが三十九人ですよ。
へとへとでしたが
すごくおもしろかったです。
糸井 語らなかったというのは、
選手どうしで申し合せした結果ですか?
増島 そんなことはないみたいですよ。
彼らが考えていたのは、
“日本が戦うためにはどうすればいいか?”
というスポーツの根源の部分なんですよ。
だから簡単には話せない。

取材してて面白いなあと思ったのは、
スリーバックを導入することによって、
「守備的になった」というのではなくて、
「ワールドカップという大舞台で
守備的な布陣を敷くには資格がいる」
という結論付けでした。
守備的であるということは、
逆に攻撃の人数が少ないわけです。
つまり、守る人数が多いということは、
点を取りに行く人数が減るということですよ。
「人数が減っても、
点がとれる国じゃなかったら、守備的にできない」
とみんな言うんですよ。

だから、守備的な布陣を敷いて戦える国というのは、
アルゼンチンやクロアチア、ブラジルしかないんだなと。
彼らは2人で点を取っちゃうんですよ極端な話。
バックでも、いちばんキックの正確な選手が、
ピンポイントで、トップの選手にボールをだしたら、
そこで、シュートが決まるという人たちしか
守備的にはできない。
つまり日本は、アリみたいにボールを
「よいしょ、よいしょ」と運んでいかなければだめ、
というところから
日本のサッカーが始まったんですよ。
一番重要なのは、中盤の3人なんです。

糸井 基本的なことをお聞きしたいんですが、
選手どうしで集まって「考えようぜ」という場面は
あるものなんですか?
増島 ひとつはチームとしてやるミーティングがあります。
5月11日の代表の集合(御殿場)は、
国内最後の合宿になったのですが、
そこが4バックから3バックに変えた境目なんですよ。
本番の6月14日まで全体練習が35回で、22回が戦術練習でした。
また、日頃は食事が終わった後で
必ず1回ミーティングをするんですよ。
それはその日の練習を振り返って「明日どうする」
という内容のものです。
Macなんか導入して、CGなんか使ったようです。
糸井 そういうソフトがあるんですか。
増島 ありますね。
“状況設定トレーニング”という練習もあります。
サッカーでは
「ピッチに出て、今残り3分で、ボールはどこにあって、
こちらは1人少ない、レッドで1人出てる」
などのデータを基に、
実際にピッチで練習をすることがあります。
糸井 “経験していない(見ていない)”という部分を
知っていくためのソフトなんですね。
増島 サッカーの場合、他人の情報を得るとき、
ビデオで見るしかないんですよね。
そのビデオというものは、そんなに大っぴらに、
「はいどうぞ」というものではないわけです。
ビデオはたいてい
メインスタンドのど真ん中のから撮っているケースが
多いんです。
つまり、ものすごく小さくしか写っていないんです。
また、カメラがボールのほうに向いたときは、
反対側のディフェンスラインが写らない。
そのディフェンスラインをCGで
補ったりするんですよね。
糸井 それは2台で撮ればいいと思うんですが。
増島 基本的にそんな偵察まがいのことは
大っぴらにはやれないんですよ。
もちろんJリーグの試合は問題ないですよ。
ですが、クロアチアでやっている
クロアチア対オーストラリアの親善試合を、
日本人が行ってカメラで撮ろうとしても、
それは、非常に難しい行為なんです。
断わられても仕方がない。
糸井 もう「なんか言われたらやめよう」という感じで
撮ってるんですかねえ。
増島 面が割れたら人を変えるというくらい慎重になってます。
だから岡田監督や小野コーチなんかは
続けては行けないんです。
糸井 増島さんは基本的に全部、
選手から情報ソースをもらうわけですか?
増島 監督コーチ選手も含めて全部ですね、
手当り次第に取材します。
ビッグイベントでは秘密が多いんですよ。
CGの話を私にしてしまった
というのがきっかけで、
小野さんにはW杯期間中も
何を聞いてもニコニコ笑っているようになったり、
やはり口は堅くなります。
いろいろ聞いているうちに
矛盾点や見えない部分を少しずつ探り出して
という感じですね。
糸井 “くノ一(くのいち)”なんですね。
毒を盛るんだ。悪いなあ(笑)
増島 そういう質問をしているうちに
「コンピューターグラフィックでそれをカバーするんです」と、
ついポロッと言ってしまったことがあって。
私が書いてもホームページぐらいだから、
そんなに反響ないかもしれないですけれど、
スポーツ紙なんかの媒体に
『コンピューターグラフィック!』
なんて見出しがバーンって出てしまって
小野さんはとてもショックだったらしいです。
それ以降、わたしとしゃべっている時は
ニコニコニコニコしてばっかりで(笑)
糸井 今年、サッカーの話でそういうものが出るというのは、
ひとつのシンボルだと思いますね。

今までのスポーツって
ちゃんとしつこく総括したことがないってことを、
この間気づいたんですよ。
新聞にしてもなんにしても、
結果報告するところまではやるんだけれど、
じゃあ“振り返って何だったんだ”というものは
書籍にたまにある程度ですよね。
サッカーは初めてだという気がするんですけれど。
ワールドカップが終わって半年も経ってから
ちゃんと本の形にまとめたときに、
すでに終わってる話題だから出版社としては
「売れない」って言っちゃうんですか?

増島 言っちゃうんですよ、文藝春秋は。
スポーツもW杯ももう売れないだろうと。
むしろ売れるに決まっているのに。
糸井 売れようが売れまいが、本出すっていう意味って
“売れるから”だけじゃないじゃないですか。
増島 売れ行きとは別に、本にまとめる必要のあることって、
あると、私は思ってやってきたんですけどね。
たとえば、よく知っている人たちからすると、
「でも名波って何を思ってたの?」と考えると、
ほかではしゃべらないから、
結局、本に記録されたことを読むしかないんですよ。
糸井 というか、それ分からないで、
その先が分かるはずないんですよね。
増島 私自身がそう思いましたから。
1ヶ月間(フランスの)エクスレバンにいて、話して、
監督、コーチの話を毎日聞いてメモをとって。
帰ってきたらやっぱり結果は書いてあるけれど、
総括はどこにも何も書いていないんですよ。
あの日、この人がこう言ったとは書いてあるけど、
何でそう言ったかは何も書いてないんですよね。
糸井 載せる場所がないんですよ。
古典になりえないってそこなんだな、
日本のスポーツって。
ま、阪神優勝のビデオを何度も観るとかってかたちでは、
あるにはあるんだけれど。
増島 だから、何でそう言ったのか? というところを
聞いてみたいじゃないですか。
私がある意味で一番ショックを受けたのは、
ジャマイカ戦の前日に日本代表が
ジェラルドスタジアムで練習していたときのことなんです。
中山が下向いて、芝の上でしゃがんでたんです。
あるカメラマンの人から
「中山って目悪いんだっけ?」と聞かれて。
その人はどうやら、
コンタクトを落としたと思ったんですよね。
私はその時
「いやあ、ゴンは目がいいはずだよなあ」と思ったんですが
私のメモにもちゃんとそのときのできごとが
書かれているんです。
6月25日に“中山探し物してる?”
ってクエスチョンマーク書いてあって
結局試合前の日と当日と接触できないですから、
それにそんな話聞いてる場合じゃないですからね。
で、ゴンが骨折をして帰国する日に聞いたんですよ。
「何か探し物してたでしょ? 目悪くないよね?」と。
そうしたら
「いや違いますよ。
あれは、姉がワールドカップ応援に来られなかったから、
『何でもいいから
あなたがワールドカップに行ったっていう証を
持って帰ってきてちょうだい』
と頼まれたから何かないかなあと探してたんですよ」。
そう、彼はピッチに落ちてた石を拾ってたんです。
けっこうそのことが私にとってはショックでした。
毎日一緒にいたってそういうステキな話を知らないで
終わるんだなあと思ったら
感動したんではなくて非常にショックでした。
糸井 温故知新ってことじゃないですけれど、次を考えるとき、
たとえば来年の野球の話をするときに、
“今どういうキャンプをすごしてるか”ということは
すべてにちかいことじゃないですか。
春のスケジュールも決めているんだから、
ある意味、戦略のキモは、もう準備されてるはずでしょ。
ここで優勝が決まるんだぞ! 
というくらい重要なんだけれど、
そこについて書くほど前のことを考えてないし、
先のことも考えてない。

かといって今年、横浜が優勝するってことを
予想してなかった人があんなにいたのに、
横浜が勝ったことについて、
「じゃあなんでだったんだろう?」
と、きちんと考えてないように思える。
“今さら、いいよ”というか、
“戦力的には優勝候補筆頭だったよ”
って感じで終わりにしちゃいますよね。
これがぼくは大問題じゃないかなと思うんですけど。

増島 スポーツってありがちですよね。
糸井 おそらくそれをちゃんとやっている人たちというのは
ほんとの、選手とコーチ。
増島 2002年なんてもう言っちゃってますし。先過ぎますよ。
で、その話題の時に必ず出てくるのが、
エース候補としての小野伸二(浦和レッズ)
なんですよね。
そういう考えになっちゃうんですよ。
もう先を作っちゃうというか。
糸井 違うよなあ
増島 そのインタビューでそう思いましたよね。
やっぱり自分は何も知らないんだなあって。
毎日会って、話して、皆さんよりも知ってるはずなのに、
でも実際聞いたら知らないことばっかりですよ。
たとえば“6月2日に岡田さんが3人を切った日”。
あの日のことだって現場にいたけれども、
人よりは分かっていたつもりでも、
選手に聞く限りでは
99.9%見えなかったんですよね。
結局、監督が発表したことしか分からなかったから。
宿舎のなかでどういうことが行なわれていたのか
といったら、それはみんなすごいですよ。
糸井 やっぱり血が出てるっていう(笑)
増島 いやあ、血も涙も汗も出ちゃいますよね、当然。
もうひとつ例を挙げますと
井原が2日に膝をケガしたんです。
彼は平然と立ち上がったから、
さほどみんな気にしなかったんですよ。
でも裏側では全く違ってた。
すぐにアイシングしなければいけないんで、
井原はロッカーに入っていったんです。
そこで、事情を知らないトレーナーとすれ違って、
そのトレーナーは
「あれ? 練習どうしたの?」
って聞いたらしいんですよ。
ふだんは冷静な井原が突然キレて
ユニフォームを脱いで丸めて
床に叩き付けていたと言うんです。
糸井 「終わった…」と思っちゃったんだ。
増島 そう、そういう裏側だって見えないですもんね、私たちは。
糸井 そういう、大事件だったんだ。

本当に考えてるという人は、
現場で仕事としてずっと続けなきゃいけない選手たち
ということなんだろうな。
そうじゃない人は、
分断して面白いものをつかんでいくから
消えちゃうのですよね。
井原はユニフォームを叩きつけたことを
絶対にずっと憶えてますよね。
その時に何を自分で決めたか、
何を考えたかというのは絶対蓄積されているわけだから。

増島 それで井原は
10日までトップチームには出られませんでした。
糸井 それは新聞的には、“大事をとって”と考えたいから。
増島 それもあったし、逆に相手に見せないためにだったとか。
間に親善試合が2つありましたからね。
でもやはり井原っていうのは
休む選手じゃなかったですからね。
「これは重傷だぞ!」となってきたわけですよ。
そして10日の日に紅白試合に井原が戻ったんですよ。
そのときはクローズで練習やってるんですよね。
非公開の練習なんで私たちは外にいるから
なかのことが分からないんです。
「井原が戻ったみたいだ」と聞いたので
今度はたちまちみんな話を聞きに行くわけです。
「キャプテン間に合った」と言って。
井原がいない間にずうっと井原のポジションをやってたのは
清水エスパルスの斉藤という選手なんですが、
そういう時って誰も彼のところには行かないんですよね。
私も気にはなってたんですが、体は1つだし。
このときは「井原だな」と思いましたから。

ただ、よく考えたら
その一瞬はその時にしかないわけだから
“もうそのときの斉藤の話は聞けなかった”
ということになっちゃいますよね。

この紅白戦でAチームに前半斉藤が入りました。
井原は大事をとってBに。
前半が終わったところで井原はAに
斉藤はBに入れ変わったんです。
斉藤は井原が治らなければ
あと4日でワールドカップに出られたかもしれないんです。
ふつうだったらチャンスがなくなったのだから、
悔しいと少しは思うはずですよね。
ところがあとで斉藤に聞いたら
「交代する時に井原さんと握手しました」
と言うんですよ。
それを聞いて、彼らの優しさ、誇り、
チームへの思いとかに参りました。
全て飲み込んで握手するっていうその行為に
圧倒されましたね。

糸井 駅伝のタスキみたいですねえ。
増島 ささいだけど、感動させられる。
斉藤は
「心から気をつけてくださいって思った」
と言うんですよ。
でもそれまでの1週間、斉藤は3試合に出たんですよね。
井原とほぼ同じ役割をしてなければいけなかったんだから、
大役ですよ。
でも、たいていの人が考えるように
「なんだ、交代前提の1週間じゃねえか」
なんて心のどこかで思うんではなく、
「井原さん気をつけてください」ですって。
糸井 やった人間しか分からない。
増島 だから困るんですよ。
やった人間しか分からないことだらけで
封印されてしまったら困るから、
取材をして事実をかき集めないと。
私はむしろ極論すると
「結果なんてどうでもいいな」
と思ってしまうんですよ。
糸井 私の仕事は違うという(笑)
増島 そう。みんな見てるんですから。
「とりあえず交代遅かったな」なんて、
そんなのみんな分かることじゃないですか。
だから、その井原と斉藤の話はけっこう効きました。
やはり、人の話をきちんと聞く、
これに始まりこれに終わるな、と、
改めて思い知らされた。
糸井 それは小さいけれど大きいですね。
やる側の目というのと、
どういうふうに見る側が共振できるかというのは、
これからのスポーツの面白いところだと思う。
感動というか「ヤラレタ」という感じですよね。
これは作れないと思った。

今までだと自分のつごうのいいように翻訳して、
解釈してスポーツを見るじゃないですか。
そして、その解釈する力のある人の、
解説者とか、いわゆる経験者とかの
言うとおりになってしまう。
ほとんどのスポーツ観戦というのは
基本的に言葉の力にやられてしまっているんですよ。
だからぼくらは言葉でしか語れない人間として
どれだけ“選手に共振できるか”という部分を持つか
が大事ではないかなって。

増島 ひとつのことが行なわれるまでに、
底辺から細かいことが組み立てられていって、
そして最後に失敗か成功か、それだけなんですよ
「プロのスポーツは結果がすべてだ」
と言われることは、当たり前過ぎるくらい当たり前で
単に掟みたいなものじゃないですか。
人に会ったら挨拶しましょうとか。
糸井 勝ち負けというのが憲法でいうと、
第1条なんだなということだと思うんですよ。
で、その先の2条や3条があるから、
勝つことは第1条だと。
人間が生きているから憲法があるんだと考えれば、
0条もあるんだとも言えるんですよね。
増島 結果ががすべてだから
と選手じゃなくて取材する側が言い出したら、
「はいそうですね」で選手は終わっちゃうんですね。
でもそこで終わったら
「もっと勝負にこだわればいい」とか
「日本のほうがやる気がなかった」という
得体の知れない話になる。
どうやってそんなもの計るんだ?
科学性なんてないじゃないか、と
私は思うんです。

だってピッチに行く時でも、試合をする時でも、
「今日は負けてもいいや」と思う人はいませんよ。
草野球にだっていませんよ。
やっぱり勝つと思ってやってるわけでしょ。
そういう部分のいわゆる“氷山の一角”と
いわれてる部分ですよ。
勝負へのこだわりなんて、もう当たり前。
私たちは仕事だから
氷山の一角じゃなくて
冷たい氷の下のほうに、もぐる必要があるわけです。
それを放棄してしまって
「何かをやろうと思ったけれどもできなかった
というのは言い訳にしか過ぎない」と言ってしまったら
ちっとも面白くない気がするんですよ。

糸井 なおるのは無理だとしも
少なくとも「ひとつを知ることで見方がふくらむ」
ということだけでしかお手伝いできないんですかね、
選手でないぼくらは。
増島 私が書くことに関してプロとして
お金をもらっているならば、
知らせることって、
やはり最低限のルールだと思います。
みなさんとほとんど同じ情報量のなかで
「あーだこーだ」と言ってしまったら
「どこが観客と違うのかな」と。
そうなったら逆に、きっと選手は言いますよ。
“結果が全て”だって。
何を言っても理解してもらえないんですから。
だから、観客と選手をつなぐ所にいたいですね。
糸井 それ言わないと進まないもんねえ。
増島 その時に
「そうだよね結果がすべてだよね」と言われて
「君はプロフェッショナルだよ」と同意するのか、
「結果がすべてだ」と言われたら
「まぁまぁ。そうなんですけど、
そんなこと言わずにもうちょっと
教えてもらえませんか」と言うか。
そのどちらかだと私はそう思うんですけれど。
糸井 その問題は、去年の横浜を語る時に
重要なことだと思うんですよね。
増島 今年急に強くなったわけじゃないんですからね。
糸井 結果がすべてだったら去年の横浜なんて別にいいんですよ。
「野村の時代はもう磐石だ」となっちゃうわけですよ。
ではなく、去年2位だったという事実に
みんなしっかり驚いておけば、今年のことは理解できる。
増島 去年全然驚かなかったですもんね。
「なんで? 万年びりっけつに近かったのに!」って。
去年だって何十年、何年ぶりにAクラスだったんですよ。
そっちにむしろ驚いて、
今年は平静を粧っているのが正しいんじゃないですか。
糸井 増島さんは今年は本当にサッカーを大事に見てて、
ずっと「サッカー、サッカー」と言ってた年なんだね
サッカーから離れられないね。
増島 今年はやっぱりワールドカップが
日本代表として初めてだったので
今年の年間予定のときには
「サッカーをみっちりやろう」
ということは言っていました。
それで、歴史的な挑戦のなかで3敗という“結果”
だけで終わってしまったら、自分にとってはつまらない。
自分として納得しがたいんですよ。
私は1ヶ月代表といましたから、
中途半端に終わってしまうことが。
じゃあ話しましょうということになって。
もっと選手が断わってくると思いましたけど
結局カズ以外全員やってくれました。
糸井 自分から話し始めることで「自分の考えをわかりたい」
って、選手の気持ちの中にもあると思いますよ。
増島 だからまさに、選手はしゃべりながら
自分で整理してましたね。
糸井 増島さん取材受けるときもあるでしょ?
いま、ぼくはわりと積極的に受けてるんですよ。
ほんとにしゃべりながらしか考えられないことがあるから。
いい取材相手がきたときには、
すごいいいチャンスになって、考えられるんですよ。
増島 (柔道の)柔ちゃん(田村亮子)が
そういう考えなんですよね。
彼女って小学校の通信簿の欄の横には
「もっと積極的に手をあげなさい」なんて書かれてて、
目立たない子だったそうです。
柔道はうまいけれども
そういうある意味で消極的な子だった。
学校の帰りなんかに
犬とかがひかれちゃったりすると、
その犬をだっこして家に走ってきてたんですって。
「獣医さん連れてかないと!」って泣いて。
とにかく、内面的にはものすごく強いけれど
それが表には出ない。
そんな子ですから福岡国際女子柔道で
中学生で初めて出場した時に
福岡のテレビ局の取材なんかをいっぱい受け、
質問を99.9%聞かれた末に
「はい」と答えるだけだったんですね(笑)
ところが勝って取材受けるようになったら
「しゃべることによって自分が前進していることが
分かってきた」と言うんです。

スポーツ選手の中でも、
田村というのは特に異色の選手で
いつでも100%取材受ける人というので有名です。
まあ、対談なんかは選んでますけどね。

増島
糸井 いい取材ってやっぱり大事ですよね。
増島 「あ、自分は今こういうことを言っている」とか
「こうやってメダル取ります」とか
「メダル取りますって今は言いません」とか
自分で言うことによって、自分の精神状態が
整理されていくらしいですね。
そして、それをまた人に書いてもらうでしょ。
すると書いてもらった内容を読むことでまた
「あーこういうふうに見てもらってるんだ」
と思うと言うんですよ。
糸井 だから強さが長く続いてるんだという気がしますね。
我慢して「はい、いいえ」だけ言ってればいい取材
というのには出たくないけれど、
あまりにも質問のしかたが下手だったり
いいとこついてきたりしたときに
改めてそれに答えるために考えるじゃないですか。
そういう意味では増島さんもやはり
記者としての取材というのも
受けたほうがいいと思いますね。
あまり平凡な質問をされたときには、
それに対して答えでいい答えを返してやらないと
読んでる人に悪いと思うんですよ。
増島 私は、取材よりも編集者との関係で、
考えていくことが多いですね
編集者の人から依頼を受ける。
その依頼を受けて、こちらの考えを説明する。
編集者とのやり取りというのを
すごくやってます。
糸井 じゃあ「これじゃいけない」というのもいっぱい分かるし。
増島 それによって自分の頭のなかで
私はこの選手をこうやって扱いたいんだというのが
すごいクリアになっていく。
糸井 やっぱりミーティングって
世の中で一番おもしろいじゃないですか。

何を考えているかというのを自分で整理するのは、
自分ひとりだと、どうしてもぐるぐる回っちゃう
ということがあって。

増島 日本代表25人から北澤が落ちたじゃないですか。
落とされた6月2日から、
彼は1回もしゃべってないですよ。
このインタビュー受けるときに、
糸井さんがおっしゃったとおり、自分で
「ごめんなさい、ぜんぜん整理できてないですね」
と言うんですよ。
結局、対談の頭と終わりで
起承転結になっていましたね。
糸井 一番いいですよね。逆にね。それ読みたいよね。
増島 だから対談の最初のほうでは
やはり釈然としないものを言ってるわけですよ。
ところが終わりになったら、
「でも岡田さんが
自分をワールドカップの予選に呼んだんだ。
一番苦しくて一歩も引けないっていう時に
岡田さんが呼んでくれて、
落としたのも岡田さんだったんだからいいんじゃないか」
という話をするわけです。
2時間収録のなかで。
糸井 そういう考え方をするチャンスというのが
そこまでに、なかったんでしょうね。
サッカーの選手は基本的に
野球の選手より自分を語るでしょ。
増島 野球のなかでいわれるいい選手ほど、
集団生活を大事にしてきたという証じゃないですか。
上級生を悪く言うなんて
そんな選手いないでしょ?
だから集団生活への適合が非常によかったっていうことが、
生き残ってきたことのひとつの条件でもあるわけですよね。
糸井 あと、練習のメソッドというのが
頭と体で分けられてたっていう。
増島 ありますね。
ある意味で「深く考えちゃいけない」という。
糸井 「正しいことをおれがこれから命令出すから、
お前がその正しいことを守れ」と
不服でもやるっていうのが美徳なんですよ。
となると、「これはどうしてですか」
と考えるのはタブーなわけですよ。
それは野球の歴史が
日本の工業社会の歴史と同じなんです。
つまり青写真なり設計図なりがあって
あとはそれぞれ、
「お前これな、お前これな」と。
何をやれば一番いい答えが出るかっていうのは
「全体を統合してるおれが分かってるから
お前、ここんところ万全にやれよ」
っていう試合というか、やり方をやってきたわけですよ。
で、教育制度も全部そうだし、
「先生のいうことを全部聞けば、◯◯大学受かりますよ」
というやり方じゃないですか。
サッカーは、それをやろうとしても
ゲームの性質そのものが
全部現場で動きのなかでの判断の連続だから、
それができにくいんじゃないかな。
増島 巨人担当やってたときに、
選手の回答というのが非常に扱いやすいものが多かった。
私その前にオリンピック担当をやってたんですが、
マラソンの中山竹通とか、瀬古利彦とか、宗兄弟とか
あんな変な人たちと毎日接したせいか、
野球の選手ってわかかりやすいなと
思うことがありました。
マラソンの担当をやっていたときは、中山に
「マラソンって練習厳しいですよねえ」
と聞いたら彼が
「マラソンなんていうのはね、ボクシングなんですよ」
なんてよく分からないことを
言うわけですよ。
相手はいないのにボクシングと同じだと言うんですよ。
彼は「42kmは12ラウンド」というぐらいだから。
そうするとその発言についてまた考えますよね。
すごく疲れるんです。
糸井 増島さんという記者は、そのとき育てられたわけだ。
増島 やっぱりすごく変わってたんです。
レスリングの大田章なんか
「若手を押しのけてオリンピック何回も出たい」
とかね。
大学の助教授なのに、
やっぱりどっかおかしいじゃないですか。
大学の助教授って顔してますけれど、
やっぱり違うんですよね、
瀬古だって修行僧だの何だのって言われてましたけれど、
やっぱり変ですからねえ(笑)
糸井 絶対なんか違いますよね。
ひとりでやる仕事ということで。
日本全体が工業社会だったって時の感じですね。
そのときは同時に“職人さん”がいたじゃないですか。
増島 やっぱり、みんなそういうタイプだと思ったんですよ、
一筋縄ではいかないな、と。
だから巨人担当初めてやったときに、
周りから
「男だからひとくせもふたくせもあるぞ、
しゃべってくれないぞ」って言われていたんですけど
むしろ楽チンな部分もありました。
だって、絶対こっちの期待を裏切らないんですもん。
「先輩のおかげです」と言ったと思ったら
「捕手の◯◯さんのリードのお陰です」っていうし。
糸井 たとえば、
「そのホームランボールを誰にあげたいですか?」
なんて質問が全部マニュアルになってるじゃないですか。
また、それに対応するマニュアルみたいな答えも全部ある。
そして、ときどきマニュアルの答え以外のことを
言うチャンスがあると、そこを突っ突くわけですよね。

たとえばこの間プロ野球ニュースに出たイチローなんかが
いい例ですよ。
聞き手は長嶋一茂なんだけれども
イチローのほうは彼の質問に対して
それにちゃんとした答えを出そうとしてるから
ものすごいスリリングだったんですよ。

おもしろかったのは
今年のシーズン、イチローは空振りが増えたんですよ。
そのことをイチローが
「練習してスイングスピードを上げてったら
今までファールできてた球が空振りになっちゃう」と。
で、そこの部分で空振りが多いのは不調だって
言われたんだけれど
彼はその問題としてもうすでにとらえてたんです。

つまり、ここで打つっていうタイミングというのが
遅いスイングの体と合ってたんですよね、
今までファールになってたってことは。
それが、打つタイミングが遅い時のままで、
スイングスピードが速くなれば、
空振りになっちゃうんですね。
「早く決まっちゃうから」というのを
イチローは今のように言えばよかったんだけれども、
長嶋一茂が不思議なことのように
「そういうことってあるんですねえ」
とまとめようとしちゃったんで
イチローが困ってるわけですよ。
「あるんですよ」としか言えなくなっちゃった、
その困ってる顔も映ってる。

ぼくらはそのなかで、
「さてその問題は」と考えるという
すごいおもしろい機会があったんですよね。 
顔の表情の映像っていうのもああいうときに
ものすごい大事なんだなあ、と思いました。

増島 インタビューしているなかのおもしろさ、
たとえばテープを録りますよねえ。
今回はそれを39人でしたからすごい量なわけですよ。
インタビューしているときのコツってそこなんですよ、
まさに映像。
普通はテープおこしますでしょ。
テープおこしして、そのなかからこういう
インタビュー記事を作ってるんですよ。
テープ通り、話した通りおこしたはずなのに
できあがると全然内容が違うことがあります。
私は極端に言うと、もちろん時間や内容によりますが、
メモ執らなくてもいいし、
テープもいらないんですよ。
それで、何見てるかというと、顔と口調なんです。
企業秘密ですよ(笑)
糸井 それはいけない営業マンがやってることなんですよ。
数字のやり取りなんかしてても
実際数字なんか聞いていないんですよ。
重要なのはどういう顔して言った数字かなんですよ。
増島 まあ、私があまりメモ執らない人だってのを
選手はみんな知ってますからね。
「平気ですか」って聞く人がいますよね。
でもね、選手は基本的にテープ嫌いなんですよ
口の前につけられたりするのが嫌いなんですよね。
私はそれを分かってるからテープの力よりも
顔や口調をよく見ておきます。
それでインタビューのゲラを送っても
直しは入らないことがほとんどですね。
糸井 “おれが言ったよりも、おれが言ったこと”になってれば
かまわないんですよ、早い話がね。
増島 結局問題は内容なんですよ。
順番はもちろん忠実におこしたって
スポーツを知らない人がテープをおこして
それが真実だったんだからとそのまま出したら、
ぜんぜん違う人になってしまうんですよ。
インタビューというのは“しゃべってること”で
これを字にしたらぜんぜん次元が違うものになるんです。
つまり、話し言葉と書き言葉と、
相反する存在を同時に扱う。
そこが面白いですよね。
糸井 特にスポーツ選手なんかすごいだろうなあ。
ぼくはそのまったく裏側のことをやったのが
この間の大瀧詠一さんの対談で
そのまんま出してしまったら
お客さんはどうなるんだろうと。
つまり、編集の作業を読み手がしなければいけない。
そういう感覚を味わってほしかったんですよ。
増島 実はどんなにバラバラなものか。
糸井 「そのバラバラな場所にあなたもいるんですよ」
というのを作ることは今まで
本のメディアなんかだと枚数が足りないから
できなかったんですよ。
増島 これだったらできるってことで(笑)
イチローの話でいうと、
そういうふうにしゃべっているイチローの表情とかに
彼が0.0コンマ何秒とかに賭けてきたという部分が
たぶん凝縮されて出たと思うんですよ。
まあ、そのTV番組は見てなかったんですけどね。
糸井 おそらくイチローにとってみれば空振りしたことは
いいことだと思ってるわけじゃなくて
全部打ちたいわけですから、
そこのところの決意もあるし、
「すごいですね」と言われても困るし。
でも「あれでダメになった」と言われても困るし。
全部顔に描いてあるんですよ。
増島 だからおもしろい。
こちらの予想を裏切って返ってくる答え
というのはやっぱりスゴ味があるんですよね。
私はそれを聞きたいんです。
(次回に続く)

第2回

第3回

1998-12-30-WED


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