増島みどりさんと、
1998年のスポーツ界を
<ふりかえる>。

第1回

糸井 野球でいうと、これはおもしろいなと思う人は誰ですか?
増島 1989年くらいから巨人(日刊スポーツ在籍中)担当の時に
いた選手ですね。
やっぱり桑田なんか圧倒的におもしろかったですね。
“ボール半個”っていうじゃないですか
彼は4分の1個って言うんですよ。
4分の1個とか言って、そんなの分かります?
糸井 本人にはOKなんですよ。
増島 私は“4分の1個”なんて1cmだよって、
まあ1cmもいかないですよね。
そりゃあないでしょって言ったら、
「ありますよ」だって。
糸井 嘘はついていないんですよね。
嘘として言うときというのも、きっとあるんだよな。
増島 ほかには、野球界のコーチ、というか、
指導者の皆さんですね。
理詰め、という人は少なくて、
わりと“擬音系”が多かった(笑)
ピュッと振れ、とかドンと投げろ、とか。
糸井 だけど本人は分かってるんですよね。
増島 あの1年は桑田の“登板日漏えい疑惑”があって
前半戦ほとんど野球を見られなかったですよね。
きつい年だった。
私そのときは先ほどお話ししたみたいに
陸上など五輪種目を担当してから
野球に来たんですよね。
そうするとつくづく感じたんですよ。
 
陸上などは、
ミクロの世界というか科学性の世界というかですね。
そういうところから野球に来たときに
感覚というか、そういう世界ですね。
それと、ケガや病気に対しても
栄養やトレーニングのほかに、
それぞれ信心みたいのを持っていて…。
糸井 “走る”って単純化できて、
走ることだけを考えればいいから
深みが作れるんですかね。
野球はそれ以外の要素を、現象に対応、対応で
全部作ってるから考えること多すぎて
いろんな疑問や変なものが入ってくるんでしょうね。
増島 さっきのお話に戻りますけれど、
サッカーというのは個人プレーなんですよね、
意外と。
糸井 キャッチャーばっかりいる野球チームみたいな。
増島 そんなところがありますよね。
名波浩(磐田)に話を聞いてて
おもしろいなあと思ったのが
彼はミッドフィルダーですからパスを出したいんです。
名波は
「自分と中田の違いは分かってる」と言うんですね。
「自分は人が感知して成立するプレーなんですが、
中田は自分でやれるプレーなんですよ」と。
そして中田を指して“スーパーマンプレー”
と評するんですよ。悪い意味じゃなくて。
中田はひとりで全部できる、
なんとかできるプレイヤーなんですよね。

ところが名波は同じミッドフィルダーでも、
もしかしたら指令塔っていわれている
ポジションかもしれないけれど、
「自分は違う」と言うんですよね。
「自分は、人が自分のやろうとすることを感知してくれないと
成立しないプレーヤーだ」と言うんですよ。
それでワールドカップ、本番になって
たとえばパスって数えたことないけど、
軽く1000本はいってると思いますよ。
そのなかで彼は「2本だけいいパスした」
と断言するんです。
「相手に感知させることもしたし、
自分が自分の出したそのパスを受けたいとも思う程だった」。
そんな話を聞くと、
こっちにしたらそのワンプレーだけでも
あとからリプレイで見たら楽しいじゃないですか。
負けなんかどうでもいいというか。
それはいけないですけれど、本当はね。

糸井 増島さんだって自分で読みたいと思う原稿あるでしょ?
増島 読みたいというか知りたかったというものですよ。
自分が知りたかったことというのは、
聞いた時点で終わってる。
だから本のできとか評価とか、そんな部分は
あまり興味ないですよね。
「あーそうだったのかあ」というところで
もう終わりなんですよ。
で、家帰って選手が言ったプレーっていうのを
巻き戻して見たら、やっぱり、そうかすごいなあって。
それだけ考え抜いて、考えて考えて出したパスで…。
気がつかないですよね、聞かなかったらね。
糸井 そういう 増島さんの
39人インタビューした後で
“ワールドカップって何だったんですか? 
短くまとめなさい”
と言われたらどう答えますか?
それだけやって挙げ句にいわれたら。
増島 やっぱり前に戻ってくるわけですよ。
私は“結果”ではないだろうな
と思ってきましたから全然問題ないよなって(笑)。
つまり「結果」っていうのは甘えてると思うんですよ。
むしろ「結果」が本当にすべてだったら
別にどうでもいいんですよ。
だって、たとえば酔っぱらっていたって
ホームランは打てるかもしれないじゃないですか。
でも結果とプロセスの因果関係っていうのは
簡単に公式が作れないんですよ。
プロといわれている人たちは
結局なんであんな大変な仕事をしているかというと、
公式を作るという部分なんですよ。
糸井 それを発見してね。
増島 そうです。
プロセスと結果の因果関係というのを
徹底的に見つけなければいけないわけですよね。
で、その徹底的に見つけるという部分において
私はちょっと違うんですね。
その部分が私は“プロ”だと思っていますから。
糸井 そうすると、
たとえば今年のワールドカップの日本というのも、
増島さんなりにまとめるということをしないで、
選手と監督たちにまとめさせたほうが
正しいんじゃないかということですね。
増島 私なりにまとめたのがあの本です。
いい、悪いの問題で話すると、皆評論家になる。
皆、辛口だの甘口だの、という話だけになる。
そういう立場でものは言わない、ということでしょうか。
糸井 「私はもう、どうするかについて考えない!」と。
増島 いえ、考えたから“質問”しているわけです。
その考え方自体は
“私”っていうエッセンスを混ぜることによって
おいしくなるときもありますが、
ひどくまずくなることもある。
そこで“私”っていうエッセンスを振りかければ
全然人と違うものができることがありますからね。
その見極めが、スポーツライティングの
ひとつのテクニックだと思うんですよね。
糸井 そうか“ライティングにいる”
というジャンルとして意識してるんだ。
増島 もちろんそうですね、私は書くことが仕事ですから。
今回の件に関しては
“ワールドカップっていうのはなんだったのか”
ということを私が解答を出すことよりも
彼らが1歩ずつかかってやってきたことを
でもその“1歩ずつかける”っていうことが
すごい大事なことなわけです。
ただ、私が話したことだって2時間テープで録ったら
それを全部載せられないですから。
かなり切ってますよ。
「6月の軌跡」の中でも、鹿島の相馬選手は
「ワールドカップについて
絶対に何もしゃべりたくない。
“世界の壁”って言葉も使いたくないし、
“課題”これも使わない」って言うんですよ。
テープ起こしも注意して聞いてないと
すべて禅問答みたいになっちゃってるんですよ(笑)。
ところが、難しい表現でも本質に触れてる場面があるんです。
つまり何かを言わせているのではなくて、
本人がしゃべる、という所までやらないと
ダメだということでしょうね。
非常に難しいテクニックになると思います。

今のスポーツライティングっていうのは、
聞き手、あるいは書き手の結論を言わせてるケースが
ほとんどです。
スポーツライティングのつもりが
実は内輪話だったりするっていうことがあるんです。
“私はとりあえず聞いた。聞いて彼らが答えた”。
その答えたっていうところに
やはりすごい重みがありますよね。
改めて作品としてできあがってみて
新聞にもテレビにも出なかった1カ月間っていうのは
たぶんあの本にしか載ってないはずと確信しています。
“彼らが何を考えてたか?”という部分が
分かると思います。

私は当初、エクスレバンだけにいるつもりはなくて
ほかの試合を見ようと思ったんです。
ブラジル対スコットランドの開幕戦とか。
ところが、
そのブラジル対スコットランドの開幕戦というのが
自分にとってちっとも面白いものではなくなってることに
気づいたんですね。

今までの自分ならブラジル対スコットランドの試合
というものにものすごいワクワクしたはずなんです。
それが、いざ日本が初めてワールドカップに行くことに
なったら、やっぱり“日々の暮らし”という感覚で
そっちのほうに興味がいっちゃうんですよ。
さっきお話しした6月10日の日に井原主将が
チームに戻ったりとか、雑多なことが常に起きてたから
結局1カ月間動かなかったですよね。
そのおかげで、彼らが話したことというのが
行き当たりばったりというものではなく、
蓄積されていきました。

糸井 増島さんの立場というのは
「材料を出すから、そのあとはお客さんと選手が
それぞれ考えなさい」というものですね。
増島 材料というか、お刺身ではないかもしれませんね。
お蕎麦みたいな感じですかね。
お蕎麦くらいの加工だったらしますよ。
そんなところを意識しましたね。
糸井 増島さんは解説者になろうとは思わないですか?
増島 なりたくないです。私はスポーツを書く。
糸井 “解説者になりたくないと決めたうえで原稿を書く”
と決めた人ってあまりいないですよね。
増島 解説者って、私以外にも
いっぱいいるような気がしてますし、
もうちょっと選手のそばに寄ってる
ポジション取りというか…。
糸井 そこを守ってる選手なんだなあ。外側にいるというか。
増島 だからこそ、今回のワールドカップについて
彼らの言葉でしゃべらなかったら
意味がないと思ったんですよ。
糸井 「選手たちの戦略面においてぼくが
あーだ、こーだ言うことではないけれども……」
というニュアンスのことをよく言うじゃないですか。
あれと反対のことを増島さんは言ってるわけですね。
増島 ビッグイベントというのは、
私たちと選手の接触時間が短いんですよ。
いつもみたいな感じで何かあったら選手が出てきて
私たちはずっとくっついて
「なんで? なんで?……」とできないんです。
そのうえ、取材をしていると
間違いが多いということが判明してくるんです。
それが新鮮でもあったし、ショックでもありました。
「聞いてた話と全然違うなあ」なんて思ったりして。
たとえば、パス1本とってみても
中田がパスミスしたら
中田のホームページに期間中
300万のアクセスが来るわけですよ。
1日1万メールですよ。
その1万メールきたうちの8割ぐらいが
「中田バカ!」、「お前が悪い」 
っていうメールだったっていうんです。

でも「誰が悪い!」って誰が決めたかというと
解説者が決めたわけですよね。
実際に見ている人が
「あんなパスミスしてるようじゃだめですね」
と言ったらそれをさらに見ているひとはみんな
そう信じちゃうわけですよ。
そのことに対して選手というのは
「あれはパスミスじゃない」
なんて絶対に言わないですよ。
プロのプライドとして「あれはパスミスです」
と言って、みんなそこで終わらせちゃうんです。
試合を分けたパスミスだった、
で、それで終わり。
つまりそこで1本のパスをめぐって
何も話は出てこないわけですよ。

私はそれじゃ困るんで、
「そこはパスミスかもしれないけれども
何も考えないでしたミスなのか、
それとも考えて考えてしたミスなのか、
どっちか知りたいな」とまず思います。
選手にはこだわってもらわないと困るけれど、
“結果”ということは私にとって
あまり重要じゃないんです。

糸井 中田のホームページで一番新しいのは
ペルージャがどうしてアウェイに行くと
(順位が)下がるのか、というものでしたね。 
素朴で面白かったですねえ。
増島 彼はすごく素朴な人間ですから。
そういえば、海がないでしょ? 山梨や長野って。
すごくおもしろいのが、荻原健司(長野)とか
海のないところで育った人に限って、
“世界に挑戦”とか“単身で挑戦”するんですよ。
私ペルージャ行ったときに
「あー、なるほどな」と思ったんです。
風景が韮崎とか山梨と同じなんですよ。
丘陵があってブドウ畑があって。
昭和天皇に献上したワインを作ったところらしいですよ。
糸井 中田が「なんでだろうなあ?」って普通に考えてて
「今度聞いてみよう!」なんて書いてあると
このくらいやっぱり分かんないものがあるんだな
と納得する部分がありますよね。
増島 本人はあのチームのなかで最もキャリアがありますから。
だからセリエAに行ったけれども
結局彼がリーダーシップとらなければいけない。
そういうところに行ってしまったんですよね。
彼にしてみれば「何でアウェイで勝てないんだ?」
というのが不思議なんでしょうね。
だって、ホームでやったらパルマに勝ってるんですよ。
パルマって強豪ですからねえ。
そこで何でか? と考えた場合
やっぱりイタリアもイタリアの歴史があるんですよね。
つまり“恐いと思う何か”は
歴史のなかでずうっと伝わってきてるんです。
ナイフ投げられたとか、それに似たようなことが
ずっとあるんですよ。
糸井 それは中田は気づいてなくても
増島さんが気づいてることかもしれないんだな。
増島 “ホーム&アウェイ”って言葉の本当の感覚は
日本人には分からないんですよ。
だって、九州と沖縄へ行ったとしたって、
感覚にすると極端な話、
2時間、3時間で行ってしまうわけですよ。
日本ではその2時間、3時間のなかには
距離の違いはあっても、文化の違いっていうのが
基本的にはそうないですもんね。
北海道でだって九州の人には親切にしてくれます。
ところが、同じイタリアのなかでも
ローマ行ったら「ワー!!!!!」
ナポリ行ったら「ワー!!!!! トマト大好き!!!」
でもペルージャってすごく閉鎖的なところだったり、
冷たいところだったりするそうです。
よそ者を割と寄せつけない所
という言われ方をしてますね。
糸井 山梨なんだ(笑)。
サッカーに尽きるね、 増島さんの頭のなかは。
増島 サッカーと陸上っていうのは
200カ国以上がやってるスポーツですからね。
糸井 陸上って今年(1998)になるんじゃないんですか。
増島 陸上って
今年はまだシーズン始まってないんじゃないですかねえ。
長野ありましたからね。
糸井 もうみんな忘れてるけど(笑)
長野である程度日本がよかったりして
またルール変わったりなんかしてるんですか?
増島 スキーのジャンプはなりましたね。
ちょっと難しいんですが、簡単にいえば
スキー板の長さが変わったんですよね。
まあ、原田は大丈夫じゃないですかね。
身長×何かの係数が変わったんですよ。
糸井 要するに、身体のわりには長すぎるやつができなくなった。
増島 だから岡部選手の板が一番引っ掛かってるんじゃないですかね。
糸井 「ルールを変えよう」というのは、
政治的な力関係なんですか?
増島 国際的な競技団体というのは
アジアというものはほとんど無視してますから。
糸井 国連みたいなものか。
増島 特に冬の競技は圧倒的にヨーロッパが発言権、
決定権を持ってますよね。
FIFA(国際サッカー連盟)なんかもヨーロッパですよね。
F-1なんかもそういう塊だし。
スポーツ界においてアジアっていうのは
本当に相手にされてないですよね。
彼らから見れば地図の一番端ですからね。
糸井 「背丈のわりに長すぎるんじゃないのあれ。
見苦しいよね」とか。
増島 それもそうだし、
「なんで複合競技でジャンプで点稼ぐんだよ」
みたいなね。
だから荻原たちのときも
「ジャンプで点稼ぐのはおかしいよ。
複合は距離だよ」なんて(笑)。
それであっという間にルールを変えちゃうわけですよね。
変えちゃうときにはもちろん多数決ですからね、
そりゃあ負けますよ。
だから日本のスポーツ競技界の一番の弱点というのは
政治力なんですよね。
糸井 でもそれだったら永遠にないよね。
増島 だから今回だってそうじゃないですか。
1996年に開催が決まった、ワールドカップの
韓国と日本の共催問題ですよ。
そのときの会長が、引退してから
「あれ(日韓共催)は大きな間違いだった」と
しゃべってるわけですよ。アベランジェ元会長ですね。
引退してブラジルに帰って、
金持ちのただのおじさんになったら
「いやあ、あの共催の判断は間違いだった」
とか言ってしまうんですからね(笑)。
彼が「間違いだった」と言ってることを
両国はこれからやんなきゃいけないんですよ。
糸井 ひどい話だねえ。
増島 私はあのときも、自分の原稿にさんざん書いたんです。
「ふざけるな、何を考えてるんだ」と。
みんな過去を振り返らないから
「日韓共催によって日韓の新時代がひらけるんだ」
なんて的外れなことを言ってしまうんですよ。
ひ・ら・け・な・いって! 関係ないんですもん。
スポーツは政治とも社会とも違いますよ。
逆にスポーツだからそんなことしちゃいけないんですよ。
だから私が言いたいのは
「日韓共催賛成したくせに
横浜フリューゲルスと横浜マリノスが一緒になるからって
急に怒るな、貫けって」(笑)。
糸井 そりゃあそうだ(笑)。
増島 みんなそういう考え方をしないですよね。
すぐ将来を見たいんですかね。
糸井 水に流すとか、新規巻き直しとか、
大晦日から新年にがらっと変わるだとか、
もう“いい悪い”じゃないと思うんだけど
そういう風土ですよね。
増島 今回のワールドカップで、私が一番いいなと思ったのは
6月2日に22人から外れた北澤(川崎)にしても
ぜんぜん落とされたことに対して
「吹っ切ってない」っていうんですよね。
糸井 そうなると今回の大きな意味のテーマっていうのは
“過去にこだわれ”だな。
増島 “吹っ切らない”ということですよね。
スポーツ界においては一番重視される
美徳のひとつだったでしょう。
「吹っ切ろう」、「もうあのときのことは忘れよう」
とかがね。
糸井 ようするに松方弘樹の記者会見みたいに
なっちゃってるわけだよね。
「ちゃんとしたから」みたいな(笑)。
増島 インタビューして何が一番うれしかったっていったら、
みんなが「将来、将来……」
って一言も言わなかったことですよ。
誰も言わなかったですよ
「2002年めざしてがんばります」って。
糸井 そこのところで“何が足りなかった”と見えないことには
何も練習なんてできないんだからね。
増島 名波なんかも言うんですよね。
「そりゃあ『結果だろ』と言われれば
そうとしか言えないから
自分が受けるインタビューはこれ1本」だと。
あとはNHKでVTR見ながら振り返ってくれ
というのをやるだけだと言ってました。
それを聞いて私は
「でも世間は3敗だけを言うようになる」と言ったんです。
そうしたら「それでもいい、それでも全然かまわないと」。
「でも俺はあそこで戦った270分の1秒でも
絶対忘れないでみせる! 決着をつけるにはそれしかない」
と答えてくれました。
その考え方というのは、やはりみんなと違いますよね。
糸井 違いますね。
増島 それを理解できるということが
私がエクスレバンにバカみたいにはりついてた
“価値”だったと思うんですよ。
糸井 スポーツと関係あるようでないような話だけれども、
“バブル”をちゃんと理解してないっていうのが
今の日本の辛さなんですよね。
ぼくなんかは一番考えるべきものは
バブルのときに自分がよかったことと悪かったことを
ちゃんと今思い出すべきであると思います。
みんながブランドぶら下げてるのが
とっても「よかった」のだったら
またそうなりたくなるわけですよ。
逆に(バブルが)「よくない」と答えた人は、
「今がちょうどいいんじゃないの?」
と逆にぼくが聞きたくなるわけですよ。

だから、この先どうするという話をみんながするときに
どのくらいの経済水準であるとか
どういうことを自分が幸せに感じているか
ということを自分に問いかけないかぎりは、
この先どうなりたいっていうのがないかぎりは、
予想ごっこばかりしてたってしょうがないと思うんですよ。
経済の曲線がどう変わろうが、
「『バブルよくなかった』っておまえ言ったじゃない」と。
だったらあそこの水準まで戻ったって、
それを目標にしたってしょうがないんだから、
先考えるより問題はバブルのときの自分の生き方を
もう1回考えるべき、ってことじゃないかなあ、
と思ってるんです。

増島 私はスポーツのフィールドのなかで
考えるしかないんですけれども、
インタビューするっていうのは本当に慎重な行為ですよね。
まあスポーツですから過去の傷をえぐるとか、
そういうことではないんですけれども、
“何を話してもらおうか?”ってことは
すごい考えましたよね。
だって、へたしたら39人同じになっちゃうじゃないですか。
糸井 ぼくは、大後(神奈川大駅伝監督)さんに
会ったときっていうのは、
98年の大きいエポックになってるんです。
あの人の話のなかで
「選手として出場できない部員を一番よく見てて
ちゃんとケアしてないといけない」
というのがあったんですが、
その考え方っていうのが、ほかのスポーツ全部にできてたら
きっと変わるだろうなって思いました。
今、増島さんが言ってることって、
得点にからまない“あるシーン”を大事にしなかったら、
得点のシーンというのも意味がなくなる
っていうのと同じことですよね。
増島 だから試合2日前、3日前、
いやもっと前からですよ、
やっぱりそういうことを思わないと
逆にイマジネーションというのは出てこないんですよね
スポーツを見てても
私たちとふつうにテレビ見ている人たちとの違いが
何かなきゃいけないと思うんですよ。
それはそれでひとつの仕事ですが、
私はそこには行かないということです。
良し悪しではなくて、私は違うものを
“書か”なくてはならない。
糸井 極端にいえば、
チェックリストのどこがチェックできなかったかを
見つけるだけでいいんだもんね。
増島 だからそのことに対しての
責任とか考え方を持ってる人間というのは
解説のなかでもかなり違うと思うんです。
今日きて「これはやばいぞ」って分かってる人っていうのは
やはり事前から取材なりなんなりに行きますよね。
せめてそれでいいと思うんですよ
糸井 思い出すのはやっぱり青田昇さんだなあ。
あの人はべつに新しいこと何も言ってなかったけれども
少なくとも口で言ったことの予言は
8割当たってましたね。
増島 私はよく記者の間で言う
「現場に足を運ばなきゃだめだ」とか
古臭いことは思わないんですよ。
やっぱり想像力のある人っていますしね。
糸井さんすごくサッカーを見てるわけではないでしょうけど、
本当にポイントを押さえるっていうか。
糸井 ぼくは、サッカー好きになったんですよ。
増島 「あなた現場に来ないくせに何言ってるの?」
なんてそんなふうには思わないから。
現場にいてもダメな時は全くダメですしね(笑)。
私の場合は、
今回はエクスレバンにずっといたからできた
ということもあります。
フリーの人でエクスレバンにずっといるなんて
バカな人はいないですからね。
ふつうはみんなフランスへ試合見に行きますよ(笑)。
糸井 記事にならないもんねえ。
増島 営業にもならないしね。
まあ週刊文春が非常に理解してくれましたから、
週刊文春も(代理人の)井口さんも私の考え方を
分かってくれたというのがありましたからね。
糸井 メディアとの関係で増島さんのフィールドができたわけですからね。
増島 それもあったし、
競合したくないっていうのもありましたからね。
私は、W杯に出た初めての日本人を見ていたかった。
糸井 任天堂の社長みたいだなあ(笑)。
「わしはけんかは弱いんだ。
だからけんかするような場所にはいかないんだ」
って感じですね。
増島 みんながそろってフランス代表の
“ジダン”の話なんかしたって
面白くないわけですからね。
そういう考え方がもしウケるとすれば
98年一番おもしろかったのは
やはり“過去”ということじゃないですかね。
糸井 その一言でいいくらいだなあ。
それ今言うとすごい楽しいね。
ようするに
センチメンタリズムで過去を振り返るという形以外の
過去についての考え方って、
なかなかなかったと思うんですよ。
もうひとつは「歴史に学べ」っていう言い方で、
歴史っていう大きい枠組みじゃなくて
些細な連鎖のつながりというか
ちょうど一時はやったカオスの理論みたいなもの。
今日のチョウチョの“パタパタ”があったということを
今につなげないと意味が見えなくなる。
まとめやすいところでまとめてしまう。
この前( 増島さんも見たらしい)サンデースポーツで
「原さんに質問ができる」と言われたんで
「やったー!!」と思い、さっそく
「(98年の巨人に)足らないところって
なんだったんですか?」と聞いたわけですよ。
あれだけ解説者やってたんだから何か言うと思ったら、
言わないんですよね。
ぼくは巨人ファンだけに悲しくてねえ(笑)。
増島 まあ原さんがうまく語れる言葉を持ってないという
可能性もありますからね。
いい意味で万人に訴えるんです。
さっきの名波の「2本」とは正反対ですね。
それを語る言葉を持たない。
結局「来年」とか「来期」って言っちゃうんですよ。
糸井 そう。
「絶対優勝しますから!」って言われたら
こっちはなんて言っていいか分からないじゃないですか。
「パイプ役になってるから」とか、も。
“優等生は今、窓際なんだよ”というのが
現在の社会なんだよ。
私は原さんを認めてた人間なんです。
あのファールフライも全部。
一塁の上に高々とあげるフライもさ……。
駒田あたりがひらひらと捕るシーンもぜんぶ許すから、
「パイプ役」ってひとことでまとめられるのは困りました。
増島 それは彼らのなかの“掟”なんですよ。
そういう言葉を創ってしまうと……ってことですね。
だからサッカーでいうと
中田が出てきたときに一番おもしろかったんですよ。
記者はだいたい最初の予想(質問するためのイメージ)
というのは持っているんですよ。
ルーキーで、Jリーグで初めて点とったというね。
そういうシチュエーションです。
私は高校のときから知ってましたから
だいぶ変わったやつだっていうのは分かっていて
覚悟はしてたんです(笑)。
彼は開幕2試合か3試合めかの鹿島戦で
1点入れたんですよね。
それで彼が出てきたときに
やはりみんな予想どおりの似たようなことを
聞いたわけです。

「中田君、初ゴールですね」、
「すばらしいプレーじゃないですか」みたいな。
彼はそう言われてすぐに
「いや、点じゃないですよ。
それよりもその前の前のプレーが非常に腹立たしい」
と答えるんです。
そのプレーというのは
中田がレオナルドにスッとボールを取られたんです。
彼がいうには
「自分は意気揚々としてドリブルしてたのだけれども、
それをレオナルドがあっけなく持っていったんだ」と。
中田はそれを必死で奪いにいったんですよ。
その奪いにいったボールから彼の得点が生まれたわけです。
が、当の中田はその前の前のプレーを指して
「あんな簡単なボールを取られるようでは
自分はプロとしてやっていけません」と言ったわけです。
そうしたら記者はみんな考えちゃいますよね。
だってみんな
“喜びで沸く初ゴール!”っていうのを書きたいのに
非常に困るわけですよ。
「その前の前、だとお?」、 「どうする?」 みたいなね(笑)。

糸井 それはやっぱりおもしろいな。
増島 また彼はよく「べつに……」
と口癖のように言うじゃないですか。
私はあの「べつに……」という答えは
すごく誠実な答えだなと思うんです。
つまり
「お父さんにこのボールあげます」とか
「先輩のリードのおかげです」
とか言うのは全然誠実じゃないと思うんです。
(原さんの)パイプ役と同じで、考えてないですもん。
糸井 だって
「みなさんご承知のとおりのマニュアルどおりでしょ」
という質問のときに答えようってないですよね。
増島 そうじゃないことしゃべってるだけでも
すごいことだと私は思いました。
糸井 それって「糸井さん、コピーうまいですねえ」
と言われたのと同じ気がする。
増島 「うまいですね」と言われるだけいいですけど(笑)。
やっぱり“当たり前の流れ”というのがあって
その当たり前の流れから野球はそれないですよ。
それないから、野球がおもしろくないんじゃないですかね。
糸井 野球ファンが辛くてしょうがないんですよ。
野球ファンというか巨人ファンがね。
増島 分かりますよ。想像力の欠如っていうかね。
連続試合出場で鉄人といわれる
カル・リプケン(ボルチモア)は
出場記録を止めましたもん、自分で。
あのときもすごいなと思ったのが
「結果というのは、自分ではなく
周りの人に対するご褒美です」と彼が言ったことです。
「自分自身は結果ではなくて
誰にも見えないプロセスだけを追っかけてきた。
だから今が潮時だと思った」と。
たぶん出ようと思ったらずっと出てられたんですよね。
糸井 王さんがライトにホームランを打ったと思ったら
フライだったっていうのが過去にありました。
それをきっかけにした引退、つまり
“引き際”については王さんが
一番かっこよかったんですよね。
増島 私もリプケンの話を聞いたときに
やっぱりすごいなと思ったんですよ。
糸井 つまり自分の人生をちゃんと考えてるということは
スポーツを美しくするんですよね。
増島 美しくするし「追いつかないな」って思わせますね。
糸井 あこがれるね。
増島 中田の話もそうですしね。
昨日も苫小牧までスケートの取材に行ってきたんですよ。
山本宏美さんという5000mの選手で
リレハンメル五輪でメダルを獲得して日本で3人目の
冬季の女性メダリストになった女性なんですが、
もう彼女は引退してますけど、
話を聞くとやっぱり全然違いますもんね。実感しました。
彼らと私たちの違いはやっぱり
“私たちはスポーツの究極の地点を経験してない”
ということでしょうね。
糸井 そういうことなんだよな。
増島 どんなに対岸が近くなっても
私と大後監督とか、私と中田とか
とにかく私と選手たちの間の川は絶対に渡れないんですよ。
糸井 本当にびっくりさせてもらえるんですよね。
増島 だから逆に、びっくりさせてもらいたかったら
渡ってはだめだと思うんですよ。
仲良くなって「ルンルン」になったら
もうびっくりできなくなるから。
びっくりしていたかったら
こちらから見ていなければいけないんですよ。

(次回につづく)

第3回

1999-01-21-THU


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