サムライ闘牛士登場?!
スペインに闘牛士になりに行った男。

第3回 出会い。

スペイン到着10日目にして、
早くも闘牛関係者たちと接触してしまったぼく・・・
夢みたいでしたよ、大袈裟でなく。

夕方の5時、ぼくは約束通りに
闘牛場でホセとイスラエルを待ちました。
しかし・・・来ないぞ。
午前中は開いていた闘牛場の裏口も
鍵がかかっているし、
それになにより人の気配がまるでしません。
ぼくはあの上が行き止まりになってる
変な階段に腰を下ろして、彼らを待ちつづけました。
しかし、いつまでたっても・・・来ない。
ついに日が暮れてしまった・・・駄目だ、こりゃ。

「逃げられたのか?」

ようやく腰を上げたぼくは、
あの「闘牛愛好家クラブ」BARへと足を向けました。
中では、数人の男たちが
にぎやかに一杯やっております。
BARの中ではいたるところに
闘牛士の写真や闘牛開催のポスターが
ところ狭しと貼られていました。

ぼくが中へ入っていきますと、
皆さんいきなし黙りこむ・・・!?
なんとも場違いな者だったのでしょうか(笑)。
それでもBARの主人らしき男が
ぼくの話し相手になってくれます。
ぼくは辞書や会話集の助けを借りて、
なんとか事情説明を試みます。

闘牛学校、マエストロ、ホセとイスラエル、
夕方5時の待ち合わせ、などなど。
「そうか。
 明日は土曜日だし・・・
 月曜日まで闘牛場には誰も来ないよ。
 月曜日の朝11時にまた来なよ。
 俺が君をマエストロたちに紹介してやるよ!」

なんて有り難いのだろう!
感謝の意でも表すためなのか、
3、4杯のビールを次々と飲み干すぼくでした。

でも、今日は金曜日。
俺、月曜日まで何してりゃいいんだろう・・・。
どこにも行くあてがある訳でなし、
友人や知りあいがいる訳でもない。
散歩して、なにか飲み食いして、夜眠るのを待つだけだ。
完全な閑人状態のぼくは週末の間、
月曜日に待ち受けるマエストロたちとのご対面を
思い描いては、ひとり興奮するばかりでした。
なんとしても彼らとあらためて話し合わないと・・・
「この熱い想い」を伝えねば・・・みたいな(笑)。

「たとえ・・土下座してでも、弟子入りさ!」

月曜日の朝11時、
ぼくはBARの主人と共に闘牛場へ入りました。
宿を引き払ったぼくは、
大きなボストン・バッグを
これ見よがしに肩へと担いで闘牛場に現れたのです!
これがスペインへ持ってきた、
ただひとつの荷物であったことは言うまでもありません。
まるで
「あなたたちが面倒みてくれないなら、
 ぼくはもうどうなってしまうのか分かりませんよ!」

って、無言のプレッシャーでもかけるかのように(笑)

砂場へ入ると、あのマエストロはもちろん、
数人の男たちが黙ったままこちらを凝視しています・・・。
なんか
「おいおい、
 あの外人また来ちゃったぞー、どうするよ?」

みたいな。
沈黙が闘牛場を支配する・・・

ぼくはすかさず、「オハヨウ!アミーゴ!」
って仕掛けてみましたが、
厳めしいしかめっ面をしたマエストロたちの表情は
これっぽっちも変わりません。
彼の隣では妙にノッポな若者が、
これまた負けず劣らずのしかめっ面で、
まるで見下すかのようにぼくを眺めています。
彼は闘牛士なのだろうか・・

BARの主人がマエストロ相手に
ぼくのことをお願いしてくれてるようですが、
マエストロは扇風機みたいに首を横に振るばかり・・・
なんか嫌な予感が!
空気を換えねば!

「『タイラノノ』、デース! ヤリタイネ、トウギュウ!」

「・・・」

「ゴキゲンイカガー?」

「・・・・」

再び沈黙が闘牛場を支配する・・

なんでこんなに静かなの?
何でもいいから何か言ってくれー、みたいな。

「ヤリタイ! ヤリタイ! トウギュウ、ワタシ!」

「アルネ! ガッコウ、ワタシ、トウギュウシ!」


ようやくマエストロが口を開きだしますが、
どうにも否定的な様子が・・・
他の男たちも何やらさかんにまくしたてますが、
どうも結論として、
ここウエルバには闘牛学校がないとのこと。

そんな馬鹿な!?
・・・あるって言ったじゃないか、この前・・・
では闘牛学校って、いったいどこにあるんだ?

「ドコソレ、ドコソレ、ガッコウ、ワタシ!」

「アナタ、カクネ! ジュウショ、ガッコウ!」


と紙とボールペンを差し出すぼくでした。

どうもこの辺りではセビリア県内まで行かないと、
闘牛学校はないらしい。
そうですか、ないんですか・・・ここに闘牛学校って。

「アリガトウ! サヨナラ! イクネ、セビリア、バス!」

ぼくは皆にお礼を言うと、
ボストン・バッグを担ぎ上げてその場を立ち去りました。
多分・・未練タラタラだったと思いますけど。

闘牛場を出たぼくは、BARの主人にお礼言うがてら、
ビールでも飲もうかと
「闘牛愛好家」BARへ向かいました。

ほんとに、がっかりしながら・・・!

やっと掴んだかと思った闘牛へのきっかけは、
今こうして再び遠のいていこうとしている・・・
また一から出直しなんだ。
セビリアで機会が待っているのだろうか・・・
でもおそらくこのウエルバに来ることは
もう二度となかろう・・・さようならウエルバ!!

そのとき、でした。
背後に足音が・・・それもこちらに向かって
どんどん近づいてくるような・・・
振り向くとさっきのノッポな若者が、
息咳切らせながら走って
ぼくを追いかけてくるじゃありませんか!
なにごとだ、これは!?

「セビリアへ行くな!
 ここに残るんだ! このウエルバに!!」


え、本当かよ・・・

「でもそんな格好じゃ駄目だよ。
 ぼくみたいなジャージに着替えて練習するんだ。
 さあ! ぼくといっしょに来るんだ!」


「アリガトウ・・・?」

ぼくは何がなんだかまるで分からないまま、
彼と共に闘牛場へと引き返すのでしたが、まるで・・・
「後光」がさしてるように見えましたっけ・・・
そのノッポな若者。

砂場へ戻ると、マエストロが
「俺の名前はミゲル・コンデだ」
と握手を求めてくれました。
他の男たちも、次々にぼくへ手を差し出してくれます。

マエストロ、いやミゲル・コンデは
ぼくにカポテ(ピンク色した大きなマント)の
扱い方を教えてくれました。
ノッポな若者と二人で、
まさに手取り足取り、ぼくに型を教えてくれます。

練習後、ノッポな若者の説明によると、皆はぼくに
「学校はないけれど、どうしてもやりたいなら、
 ここで俺達といっしょに練習出来なくはない」

って、言ってくれていたのだけれど、
スペイン語が分からないぼくは、学校がないなら駄目なんだ、
って一人思い込んで出て行っちゃったという訳。

見かねたミゲル・コンデが
彼にぼくを追いかけるよう指示したとのこと。
「あんな奴、他の町行ったら
 きっと身ぐるみはがされちゃうぞ!」
みたいな(笑)。

スペイン語がまるで分からない
ぼく相手の会話なのですから、
彼らも相当骨が折れたに違いありません。
なんと・・ぼくの持参した西和辞書の単語を指さしては、
意志の疎通をはかってくれる彼ら。
スペイン人って、みんなこんなに親切なの・・・?

また、ぼくは自分が観光客の身分であり、
先程安宿を引き払ってきたばかりであることを話しました。
そして闘牛学校がないなら授業料は誰に払うのか、
授業料はいくらなのか、と聞くのでした。

「タイラ、授業料はいらない。俺が面倒みてやる。」

とミゲル・コンデ。

え・・本当に・・いいんですか・・

明日は朝10時に来い、
とノッポな若者が地面に時計の絵を書いて
説明してくれました(笑)。

その後・・・このノッポな若者であるビクトルこそが、
このウエルバ闘牛界でぼくを助けてくれる
唯一の親友となるのでした。
そしてぼくより10歳も年下の彼と
毎日いっしょに練習しては、
アンダルシアの容赦ない日差しのもとで汗を流し、
闘牛士への道を歩んでいくことになるのでした。

一度引き払った安宿へと
出戻りしたぼくが、その夜興奮のあまり
一睡も出来なかったのは言うまでもありません。
もしかして・・・うれし涙の少しくらいはこぼしたかもね。
ぼくはもう彼らの、闘牛士たちの仲間なのだ。
昨日までのぼくではない。
まだ何ももっていないけれど・・・
とにかく実際にぼくの闘牛士修行が始まるのだ。
ぼくはまるで、目には見えないレールのようなものにでも
乗っかった気がしました。
闘牛士への、闘牛界へと続くレールの上に。
こんな感覚はそれまでぼくが過ごしてきた
28年間の間、一度もなかったものでした。

生まれ変わった、ような気がしました。

先にどんな困難・試練が待ち受けているのか、
見当もつかないけれど、
ぼくは決してそれにひれ伏すことも、
くじけるつもりもない。
ぼくは勝利を収めるためにスペインへやってきたのだから。

ぼくの下宿先は、
あのホセとイスラエルの二人が口コミで
安いところを探してくれることになりました。

そして・・・後に一生の恩人となる
ホアキン・サンチェス氏とその家族たちの
貸間へと住み始めるのです。
彼ら、そしてビクトルとの出会いがなかったのなら・・・
これだけは断言出来ますが、ぼくはこのスペインで
何ひとつ成し遂げることはなかったでしょう。

何から何まで偶然始まったような、
ぼくのウエルバの生活。
スペインに来る前は
その名前すら聞いたことのなかったウエルバ。
なんでもコロンブスが新大陸発見の際に船出したのが、
このウエルバ県内の町からだそうだ。
また、アンダルシアの一県でありながら、
まるで闘牛熱のない土地である(笑)。

観光地でもなく、外国人留学生などが
多い訳でもないこのウエルバは、
美しい海岸の町々や自然の幸に恵まれた
山間の村々が自慢の、静かで素朴な県なのです。
住み始めて気づいたことには、このウエルバ市で
どうやらぼくは、ただ一人の日本人であるらしいこと。

体ひとつと思い込みだけで
日本からやって来てしまったこのぼくが・・・
数年後、闘牛界の中心地から
遠く離れたこのウエルバから、
スペイン中をお騒がせすることになるのを

その当時のぼく自身はもちろん、
誰ひとりとして予想すらしなかったに違いありません。


(つづく)

2003-05-01-THU


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