「代々木公園でみちくさ」編  今回の先生/柳生真吾さん プロフィールはこちら
名前その9 カツラの落ち葉
晩秋のころの散策でしたから、
代々木公園の中には落ち葉がいっぱい。
踏みしめながらふたりで歩けば、
ときおり会話は落ちている葉っぱのことにもなりました。
それがまた、のんびりとおもしろくて。

そういうわけで今回は、
「みちくさの名前。」自体がテーマからはなれて、
ちょっと「みちくさ」をすることに。
同じ植物でも「草」ではなく「木」のお話を、どうぞ。
 
柳生 雨はあがったけど、
やっぱりちょっとぬかるんでますね。
吉本 そうですねー。
柳生 やあ、でも気持ちがいいや、
このあたりはちょっと林みたいになってて。
吉本 ずいぶん、落ち葉もあります。
柳生 ええ、雨にぬれた落ち葉が‥‥
あ、これ(しゃがんで落ち葉を拾う)、
吉本さんこれ、かわいくないですか?
この葉っぱ。
 
吉本 ハートのかたち。
何の葉っぱなんですか? それは。
柳生 これ‥‥ちょっと葉っぱを揉んで、
匂いをかいでみてください。
吉本 えー、なんでしょう(笑)。
柳生 大丈夫(笑)、いい匂いがしますから。
吉本 手で揉んでから、かぐんですね‥‥。
柳生 そう‥‥。
吉本 ‥‥‥‥ああー、これは。
柳生 ね? あまーい感じでしょ?
お醤油の甘さみたいな。
吉本 ‥‥山椒とお醤油の、なにか煮つけみたい。
 
柳生 そうそう、
煮つけみたいな匂い。
甘ーい香りがするでしょう?
吉本 はい、いい匂いですね。
柳生 これ、カツラの木の落ち葉なんです。
 
カツラ
分類/カツラ科 カツラ属
学名/Cercidiphyllum japonicum
  開期/3〜4月
高さ/30メートルほどに
吉本 ああー、カツラの葉っぱなんですか。
柳生 そう。
吉本 木は、どこにあるんでしょう?
柳生 ええと‥‥
あ、それですね。
吉本 ほんとだ、
ハートの形の、葉っぱが見えます。
 
吉本 あの緑の葉っぱもいい匂いなんですか?
柳生 いや、それがですね、
落ち葉だけなんです、この匂いになるのは。
吉本 へえー、緑の葉っぱは匂わない。
おもしろいですね。
柳生 カツラの落ち葉を集めて、乾かして、
抹香の材料にしていた地方もあるんですよ。
抹香、粉末のお香ですよね。
吉本 そうなんですか、抹香の材料に‥‥。
でも柳生さん、これ‥‥お香っていうよりも‥‥
なんでしょう‥‥
あ‥‥そうだ、お弁当の匂いですよ。
柳生 ああー、お弁当!
そうか、そうです、それです。
お弁当の匂い(笑)。
吉本 ほら、ね、駅弁とかの。
お醤油っぽくて。
柳生 なるほどなるほど、それ系です。
もっと揉むと、いいかもしれないですよ。
吉本 (揉む)‥‥はい。いいお弁当。
柳生 (揉む)‥‥うん、こっちもいいお弁当。
やぁ、なんだか
お腹がすいちゃいますよね(笑)。
 
カツラの葉っぱは、落ち葉だけがいい匂いに。
「木」の世界にも
しらないことがたくさんありそうですね。

こうやってときどき、
「みちくさ」じゃない植物の名前も
たのしくおぼえていけたらいいなと思いました。

次の「みちくさ」は、明後日に。
月・水・金の更新でお届けします。
 
吉本由美さんの「カツラ」
 

カツラと聞くと、
以前京都の桂離宮庭園でさらした恥が
フラッシュバックで蘇ってきて、何とも自分がイヤになる。
友だち連れで拝観したのだ。
庭を回り、賞花亭を見て、古書院に着き、
かねてより憧れの月見台を前にして感無量。
そのとき友がこう言った。
「昔のやんごとなき方々も
 ここで月見と洒落たのでしょうねー」と。
だから私も言ってみた。
「そうね、ほら、"月の桂"っていうくらいだもの。
昔から月見は桂離宮に限るってことだったんだろうね」
と。

穴があったら入りたい。
それから少しのときが流れ、
言い伝えに関する本を読んでいたら、
そこに"月の桂"という一文を見出したのだ。
勇んで読んだ私の顔はみるみるゆがいた蟹のようになる。
そこには、日本で"月にうさぎが住んでいる"と言うように、
中国では"月には木が生えている"という言い伝えがあり、
それを"月の桂"と呼んで親しむ、
みたいなことが書かれていたのだ。
なんと、"月の桂"は月夜の桂離宮のことではなかった!
なんて愚かなり自分であるか。
恥ずかしくて、以来カツラと名の付く
ものごとのいっさいから遠のいてきた。

しかしこの日、カツラは前触れなく現れたのだ。
柳生さんは「かわいいなあ、これカツラの葉っぱですよー」
と叫んで1枚の葉っぱを拾うと鼻に押し付け、
「ほら、いい匂いでしょ?」と、躊躇のひまも与えず
私に手渡したのである。
茶色い丸い薄い葉っぱを鼻にくっ付ける、
すると本当にいい匂い。
とたんに和んだ。
初めは芳ばしいだけだったのが、
くんくんと嗅いでいるうち匂いは次第に形を整え、
最終的にお弁当の構図となった。
正しくお弁当の匂いがするのだ。葉っぱがなんで〜?

背の高い大きなカツラの樹を指さして、柳生さん
「枝に付いているときは匂わない。
落ちてから匂うんですよ、不思議でしょう?」と笑う。
そのお日様みたいな笑顔に、
カツラに対する暗い過去が薄らいでいく。
今あるのは、ああ、お弁当食べたいなあ、という想いだけ。
どこかでお弁当買って帰ることにしよう。

2008-12-22-MON
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