「「冬の都会で」編  今回の先生/諏訪雄一さん プロフィールはこちら
名前その23 ムラサキカタバミ
冬の都会でのみちくさは、これで最後になります。
雲の向こうがわにある太陽も、
どうやらだいぶ西へと傾いてきた様子。
からだもさすがにちょっと冷えてきました。
「ぼちぼち戻りましょうか」
おふたりは大通りへと続く階段を下ってゆきます。
それでもやっぱり、みちくさを探しながら。
 
吉本 こんな季節だから、
枯れ草ばかりじゃないかと思って
きょうは来たんですけど、
あるんですねえ‥‥。
諏訪 ええ、冬には冬の形になって。
吉本 みどりが。
都会の真ん中なのに。
諏訪 意識しないと気づきませんから。
吉本 ほんと、そうですよねぇ‥‥。
諏訪 ほら、このあたりにも、
いろいろありますよ。
 
吉本 ほんとだ。
諏訪 でも、こうゴチャゴチャしてると、
ちょっと解説がむずかしいです。
写真を撮っても、
きっとわかりづらいんじゃないかと‥‥
吉本 うん‥‥?
わあ‥‥
これ、これすごいです、
なんですかこれ!?
諏訪 どうしました?
吉本 ほら、これです、これ。
 
諏訪 ああー、すごいですね。
吉本 これは、カタバミ?
諏訪 そうですね、カタバミでも、
葉っぱが大きいのと小さいのがあるでしょ。
これは大きい葉っぱのカタバミ、
ムラサキカタバミですね、たぶん。
 
吉本 ムラサキカタバミ。
諏訪 すごくきれいな花が咲きます。
‥‥それにしても、これはすごい。
吉本 うん、すごい!
諏訪 アスファルトの中から。
吉本 どうやって芽を出したんだろう。
諏訪 ねえ、アスファルトを敷く前の土に、
根が残っていたんでしょうかね。
吉本 そこからこんなに。
諏訪 よく見るとアスファルトが、
盛り上がってきちゃってますね。
たぶん中で根っこが膨らんで
アスファルトを押し上げてきたんでしょう。
 
吉本 すごいなぁ‥‥
柔らかい葉っぱなのに。
諏訪 そうですよねぇ。
吉本 でもやっぱりちょっと、
元気はないみたいです。
 
諏訪 それはまあ、当然いい土ではないですから。
タールがすごいでしょうし。
吉本 ああー、タール‥‥。
諏訪 それなのに、この生命力はすごいです。
吉本 ええ。
‥‥この場所は、立ち入り禁止?
 
諏訪 のようですね。
‥‥あ、あそこにも。
吉本 え?
諏訪 ほら、あそこ。
吉本 ああー、ほんとだあ。
 
諏訪 あれはハルジオンかな。
吉本 えー、ちょっとびっくり(笑)。
すっごいなー。
諏訪 みちくさが、がんばってます。
吉本 ほんと、不思議な光景。
諏訪 都会ならではですよね。
 
吉本 ‥‥寒くなってきましたね。
諏訪 寒くなってきました。
吉本 ぼちぼち、ほんとに終了にしましょうか。
諏訪 そうですね、戻りましょうか。
最後にすごいのを見つけましたし(笑)。
吉本 ほんとに(笑)。
たのしかったです。
諏訪 お役に立てたでしょうか。
吉本 もちろんです。
いろんな名前を覚えました。
諏訪 今度はぜひ、
うちの畑に遊びに来てください。
まわりにみちくさが、たくさんありますので。
吉本 はい、それはもう、ぜひ。
 

今回のみちくさも、
夕暮れとともに終了いたしました。
寒い中でたくさんのお話をしてくださった、
諏訪さんに感謝です。
ほんとうにありがとうございました。

「たぶん」をつけつつも
 植物の名前を答えられるようになる。

それが「みちくさの名前。」の、
すこしおおげさに言えば「目的」だったりいたします。
ここまでご紹介した23のみちくさのことを、
よろしかったらたまに読み返したりしながら、
どうぞその名前を、記憶にとどめてくださいね。

さて、冬のみちくさをお伝えしているあいだに、
季節は春へと移ろってまいりました。
ロゼットだった野の草たちは起き上がり、
いよいよそれぞれの花を咲かせる季節です。
もちろん、「春のみちくさ」を行わないわけがありません。
また近々お会いしましょう。
「冬の都会でみちくさ」編は、これにて終了です。

 
吉本由美さんの「ムラサキカタバミ」
 

ハート型の葉が夜は閉じ、
片側が欠けているように見えるので
“傍食(かたばみ)”と付いたという。
そう聞くとロマンチックな印象だけれど、
なにせカタバミ、庭造りの大敵である。
葉の色や形のやわらかな雰囲気は悪くはないので、
多少であれば歓迎するが、
その繁殖力たるやキリがなくて、
それでどうしても完膚なきまでに抜いてきた。
けれどカタバミ、庭がだめなら他で生きる。
地面以外の居住地は、石垣、道路脇、
窓辺や歩道橋のわずかな土塊までと、範囲が広い。
住まいの善し悪しに文句を言わず、問わず、逆らわず、
根を張り、生き続け、これでもかと草根性を見せつける。
そういうことは重々承知していたものの、
今回、青山陸橋下の、
アスファルトで固め尽くされた立ち入り禁止の空間に、
独りぼっちで根を張っていた1本(1根?)の
ムラサキカタバミを見たときは、驚愕した。
分厚いアスファルトを突き破って生えているのだ。
どうしてそんなことができたのか。
どう考えても
空手の人が瓦10枚割るより大変なような気がする。
芽吹きの前にアスファルトが流されたとして、
このひ弱な芽、細い茎、柔らかい葉の
どこにそれを突き破る力が潜んでいたのだろう。
植物の底知れぬ力。
神の与えた無言の力。
考えもなくやたら引っこ抜いていた自分が怖ろしい。
遠いのイヤ、狭いのイヤ、汚いのイヤ、と、
身のほど知らずの条件付けて、
住いの可能性を小さく狭めている自分が恥ずかしい。

2009-03-30-MON
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