「のがわでみちくさ」編 今回の先生/梅田彰さん
名前その26 ネジバナ
「さ、川辺に行きましょう」
と歩き始める梅田さんと吉本さん。
‥‥なのですが、ほどなく吉本さんが、
「あ、これは?」
としゃがみこみます。
なにかまた別の「みちくさ」を見つけた様子。
梅田さんも、しゃがみました。

吉本 あ、これは?
ネジバナ、ですよね?
梅田 はいはい、そうです、ネジバナ、
別名「モジズリ」ですね。
吉本 モジズリ。
‥‥ああ、きれいですね。
梅田 ネジバナは、ラン科の植物なんです。
吉本 そうなんですか、ランの仲間。
‥‥こんなちっちゃいのにね。
梅田 花がねじれてつくのでネジバナなんですが、
不思議なのは、
このねじれ方がそれぞれ好き勝手なんですよ。
右巻きもあれば、左巻きもある。
吉本 決まってないんですか。
梅田 決まってないんです。
吉本 へええー。
梅田 で、ランの花はですね‥‥
ちょっとひとつだけいただこうかな。
(手折る)
こう、わかりますでしょうか‥‥
虫が入ってきますでしょ、そうするとですね‥‥
吉本 どうなるんでしょう。
梅田 何万個という花粉がですね、
かたまりでくっつくんです。
吉本 かたまりで。
梅田 これで開けば
(ポケットからつまようじを出す)、
どうかな‥‥。
吉本 どうでしょう。
梅田 花粉のかたまりがぽつんと
くっついてくるんですけど‥‥
これはちいさいですね、難しいです。
吉本 ちっちゃいから(笑)。
梅田 それとですね、
この下の方の咲き終わって
実になっているのを見てください。
この実の中にはたくさんのタネが入ってるんです。
で、そのタネっていうのは普通ですと、
発芽する部分と、
それを助ける胚乳っていう栄養になる部分と
両方あるわけですね。
ところがランは発芽する部分しかないんです。
吉本 じゃあ、どうするんですか?
梅田 まずタネは、粉のようにパーッと飛びます。
これもまた、何万粒と。
吉本 量でカバー。
梅田 ええ、まずは小さくて軽いタネを
風などにのせてパーッと大量に広げます。
で、発芽するための栄養はどうするかというと、
ラン菌という菌が寄ってくるんです。
吉本 菌が。
梅田 ランのタネを食べようと
菌糸を伸ばしてタネに侵入するんですが、
ランのタネは逆に侵入した菌から
栄養をとってしまうんです。
それで発芽するわけですね。
吉本 菌に栄養をもらって。
梅田 そう。
そして発芽すると、
もう用なしということで、
ランは菌を吸収しちゃいます。
吉本 そうだったんですか、へえー。
なんか、きれいなのに、すごい。
梅田 ルーペで花を見てみますか?
(ポケットから出す)
吉本 ルーペ。
梅田 ひとつ持って歩くとたのしいですよ。
‥‥うん、見えますね。
吉本 そうか、ルーペかあ。
梅田 よろしかったら使ってください。
吉本 あ、ありがとうございます。
(ルーペで見る)
梅田 どうです?
吉本 ああー。
きれいですねえ。
梅田 ね。ランの形、してますでしょ?
吉本 こーんな近くで
ネジバナを見たの、初めてです。
梅田 ルーペでね、ちっちゃな花を見ると、
意外とね、
「わあ、きれいじゃない」
「かわいいじゃない」
っていうことがあります。
吉本 ちょっと上から遠目で見てるのとは
ぜんぜん違いますね。
梅田 はい、違います。
吉本 すごいなあ‥‥。
それにしても、
なかなか川にたどりつかない(笑)。
梅田 そうですね(笑)、つい、ね。
行きましょう、お天気も心配だし。

みちばたで、たまに見かける
螺旋状に花がついたこの植物、
ネジバナという名前だったんですね。
ネジバナ、ネジバナ‥‥覚えました?
ついでに「ランの仲間」ということも覚えましょう。

さて、おふたりはようやく次回、
川辺へとたどりつきます。
どんなみちくさに出会うんでしょうね?

次の「みちくさ」は、金曜日に。
「のがわでみちくさ」編は、
火曜日と金曜日の更新でまいります。


ご紹介したみちくさについての 感想やご指摘など、お待ちしています!

 
吉本由美さんの「ネジバナ」
 
スッと伸びた1本の茎に、
ピンク色の小さな花がびっしりと螺旋状に付いている。
蜂がひと花ずつ蜜を吸って、螺旋階段を上っていく。
ちょっと目にはファンタスティックな光景だけれど、
じっくり見ていると、腕のいい職人さんの手によるような
規律正しいねじれ並びが一種異様に思えてくる。
どうしてこうも整列しなくちゃならんのか、
どうしてこうもねじれなくっちゃならんのか、と。
ネジバナについては昔から
「ただ者ではない」と思っていた。
思いっきり育っても身の丈20センチくらいである。
小さく細身で、原っぱや空き地で見ても
普通は気付かないほどの
見た目は地味な野の草なれど、
何かしら「ただ者ではなさ」ぶりが漂っていた。
そして今回、梅田さんの解説で、
やはり「ただ者ではなかった」ことが判明した。
それも私の想像をはるかに超えて
「ただ者ではなかった」のだ。

まず意外だったのは、ネジバナがランの仲間ということ。
地味な印象ゆえに結びつかなかったのだけれど、
ルーペで覗くとまさにランの花。
それも、ラン中のランと言われる
カトレアにそっくりではないか。
唇の形をしたピンク色の5弁から
白い弁が1枚ベロのように出ている。
こうして見ると妖艶でもある。
地味な野の花との概念が一瞬のうちに消え去った。

次に驚かされたのはラン菌問題だ。
ネジバナの種は発芽に必要な栄養分を持っていない。
そのために、風に飛ばされ新居を得たネジバナの種は
土中にあるラン菌を呼び寄せる。
ラン菌は種の外側を食べて増殖していくが、
それはネジバナの作戦で、
寄生し太ったラン菌から
発芽のための栄養分をたっぷり吸収するためだ。
発芽して育ち葉を広げ、
光合成で自ら栄養分が作り出せるようになると、
今や不要となったラン菌を
今度は自分の栄養分として食べて(吸収して)しまう。
育ててもらった相手をきっちりと食べるのだ。
ドライでクールで非道である。
しかし賢い。

もひとつ拍手ものだったのは“巻き”の謎。
「よく見てください、花はみんな横向きでしょう?」
とルーペを覗いたまま梅田さんは言う。
なぜ横向きか、は、さすがにもう、
私もガッテン承知の助で、
虫や蜂が中に入りやすいようにである。
「しかしみんなが同じ方向に付いていると‥‥」
と梅田さん。
「あ! そうか、傾くんですね? 重みで」と私。
何とネジバナ、力学も熟知していた。
左右の重みのバランスが取れるよう、
螺旋状に茎を巻きながら花を付けることにしたのだ。
研究家というか策士というか、
この豊かな知性は何なんだ!
2009-08-11-TUE
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(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN