先を急ぐこともなく、
ちいさな川沿いをゆっくり歩く、吉本さんと梅田さん。
さらさらと、水の流れる音が聞こえています。
吉本さんが、柵の前で立ち止まりました。
またひとつ、みちくさを見つけたようです。
吉本
これは、何ですか?
梅田
これはですね、
ワルナスビっていいます。
吉本
え? ワル?
ワルナスビ?!
梅田
はい(笑)。
吉本
悪いんですか。
梅田
まず、見てください、ほら。
吉本
わー、すごいトゲトゲ!
いったーい、これは、痛い。
この、トゲがあるからワルナスビなんですか?
梅田
いや、このトゲも悪い雰囲気なんですが、
とにかく駆除しにくい植物なんです。
繁殖力が強くて除草剤も効きにくい。
耕運機ですきこんでも、
地下茎の切れ端ひとつひとつから
またワルナスビが再生してくる。
まあ、人の都合なんですけど、
たいへん始末におえない植物なので
こういう名前がつけられたんでしょうね。
吉本
そんなに強いんだ‥‥。
梅田
ここに生えているワルナスビも
ここから無くそうと思うと、
かなりむずかしいでしょうねえ。
吉本
トゲがあるからだけじゃないんですね。
梅田
だとしたら、かわいそうですよね。
だってバラだってトゲがあるわけですから。
吉本
あ、そういえば、
八百屋さんに売ってる
ふつうのナスにもトゲがありますよね。
梅田
ええ、へたの部分に、あります。
吉本
同じナス科なんですか。
梅田
そうです、ナス科。
吉本
じゃあ、これも実がなる。
梅田
なりますよ。
丸くて、黄褐色のミニトマトのような実が。
吉本
へえー。
食べられたりはするんですか?
梅田
いやあ、食べられないですね。
吉本
食べられない。
梅田
ナス科は毒性を持つものが多いんです。
タバコもジャガイモも、ナス科です。
ジャガイモは新芽に毒がありますよね。
吉本
はい。
梅田
あと有名なのはチョウセンアサガオですね。
江戸時代の外科医で、
華岡青洲という人が発明した麻酔薬に
チョウセンアサガオが使われていたそうです。
吉本
ワルナスビにはトゲがあって、
生命力がすごくて、
おまけに毒まで持っている。
梅田
そうですね。
吉本
またかわいそうな名前をつけられて、
と最初は思ったんですけど‥‥
この子には、ぴったりの名前かもしれません。
梅田
そうですね。
人の都合ではあるんですが。
吉本
そんなに強いみちくさなら
「ワル」って言われても
かわいそうじゃないですよね(笑)。
インパクトのある、みちくさでした。
ワルナスビ。
これは覚えやすいのではないでしょうか。
次の「みちくさ」は、火曜日に。
「のがわでみちくさ」編は、
火曜日と金曜日の更新でお届けしています。
梅田さんから届いた資料で
ワルナスビの名付け親は牧野富太郎先生と知る。
さすが名付けの名人、と、改めて感心した。
確か珍名の代表であるオオイヌノフグリも先生作のはず。
ワルナスビ、悪茄子‥‥いい名だなあ。
手に負えない、狡からい感じがひしひしと伝わってくる。
先生の著書
『植物一日一題』
から
梅田さんが抜粋された文をさらに短くしてお伝えすると、
「我が圃中に植えた。さあ事だ。
それは見かけによらず悪草で、それからというものは、
年を逐うてその強力な地下茎が土中深く四方に蔓こり
始末におえないので、
その後はこの草に愛想を尽かして根絶させようとして、
その地下茎を引き除いても引き除いても切れて残り、
それからまた盛んに芽出って来て
今日でもまだ取りきれなく、
隣の農家の畑へも侵入するという有様。
イヤハヤ困ったもんである。(中略)
この始末の悪い草、何にも利用のない害草に
悪るナスビとは打ってつけた佳名であると思っている」
確かにほかの植物図鑑にも
急激に増殖し作物に被害を与える、
除草剤も効きにくく駆除は困難、
葉裏にはトゲがあり、実には毒があるなどと、
悪い評判が目白押しである。
アマノジャクな性質なので、
あまりに悪く言われていると、
「でも名前はいいじゃないか」と、
つい、ちょっと、褒めてもみたくなるのである。
ワルキュウリ(悪胡瓜)でもなく、
ワルカボチャ(悪南瓜)でもなく、
ワルトマト(悪とまと)でもなく、
字面から言えば、小粋さにおいて
ワルナスビ(悪茄子)に軍配が上がる。
わ る な す び
ほら、耳からも、視界からも、
物語が立ち上がってくるではないか。
たとえば、
隣の庭に女が立っている。
丸髷を結って茄子紺の着物。
年の頃は三十路あたりか。
後家さんで近所の娘に三味線なんぞ教えている。
底意地悪く、金の亡者。
けれどとっぷりと色香があって、
男出入りは築地の如し。
タイトルは文楽に倣って
『悪茄子葉裏棘棘』(わるなすびはうらのとげとげ)
ではどうだろう。
2009-08-28-FRI
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN