「のがわでみちくさ」編 今回の先生/梅田彰さん
名前その34 オオイヌノフグリ

タケニグサを見つけたすぐそばで、
また別のみちくさに出会いました。
ちいさなかわいい花をつけた、
そのみちくさの名前は‥‥?

梅田 ええと、これはですね、
まあ、名前がかわいそうな植物なんですけど。
吉本 もしかしたら。
梅田 オオイヌノフグリっていうんです。
吉本 ついにでましたか、イヌノフグリ。
名前は知っていました。
梅田 はい。
これは、「オオ」イヌノフグリなんですよ。
吉本 「オオ」がつくんですね。
梅田 ええ、外来品種なんです。
これがどんどん増えたために、
昔からあるイヌノフグリの方が
あまり見られなくなってしまいました。
吉本 そうなんですか、
昔からのと最近の外来種があるんですね。
梅田 はい。
それで、この名前の由来なんですが。
吉本 ええ。
梅田 そもそもは、イヌノフグリに対して
つけられた名前だったんです。
イヌノフグリはもっと小型の草で、
花もちいさくて目立たないのですが、
果実の方は比較的大きくて目立つんです。
なんといううんでしょう、
ハート形をさかさまにしたような形で、
ボールがふたつくっついていうるような。
それがぶらさがっている様子が、
まあ、その、犬のタマタマに似ていると。
吉本 はい、聞いたことがあります。
梅田 「ふぐり」っていうのは、
タマタマのことですから。
しかも、イヌノフグリの果実の表面には
短い毛がはえてるんです。
吉本 へええー。
梅田 ですからイヌノフグリの方は、
もう、ほかに名前がつけようがないくらい、
犬のそれにそっくりなんですよ。
吉本 そうなんだあ。
梅田 でも、このオオイヌノフグリは、
果実が丸くなくて、扁平で、先も尖っています。
これを見ただけでは、犬のそれを発想しにくい。
つまり、元祖があるからこその名前なんですね。
吉本 同じ仲間の大きいやつだから、
その名前になちゃった。
梅田 ええ。
こんなにね、こんなにかわいいんだから
もっと別の名前にすればいいと
思うんですけどね(笑)。
吉本 でも、すごく覚えやすいです(笑)。
梅田 学名がですね、
ベロニカ ペルシカ(Veronica persica)
っていいます。
吉本 ベロニカ。
そっちはずいぶんきれいな名前ですね。
梅田 ベロニカっていうのは、
十字架をかついでゴルゴタの丘に向かう
イエスキリストに、ハンカチを差し出した
女性の名前と言われています。
吉本 あー、そっちのほうがイメージがいいですね。
梅田 キリストはそのハンカチを受け取って
汗を拭いてベロニカに返したら奇跡が起きて、
ハンカチにキリストの顔が浮かび上がったと。
吉本 顔が。
梅田 オオイヌノフグリの花を見ると、
見方によっては花の中に
人の顔が浮かび上がって見えるんです。
それが名前の由来ではないかと、
そういう説もあるんです。
吉本 ‥‥ほんと、ひとつひとつのみちくさに、
いろんなお話があるものですねえ。
梅田 はい。
勉強しても、しきれません(笑)。

いやあ、けっこう歩きましたね。
ちょっと休憩しましょう、
そこのちいさな橋のあたりで(移動)。
吉本 はい(移動)。
梅田 雨上がりは、きもちがいいです。
吉本 ほんとに。
梅田 平日ですので、静かですし。
吉本 川の音がさらさら。
梅田 ちょっと休んだら、
向こうに「ほたるの里」という場所があるので
そっちに向かいましょう。
吉本 「ほたるの里」ですか。
梅田 ええ。
いちおうそこが、
今回のみちくさのゴールになります。

オオイヌノフグリ、覚えました、よね?
とても印象に残りやすい名前ではないでしょうか。

ゆっくり続いた「のがわ」でのみちくさも、
ぼちぼち終盤。
のこすところあと3回となりました。

次の「みちくさ」は、金曜日に。
「のがわでみちくさ」編は、
火曜日と金曜日の更新でお届けしています。


ご紹介したみちくさについての 感想やご指摘など、お待ちしています!

 

吉本由美さんの「オオイヌノフグリ」
 
イヌノフグリ、オオイヌノフグリ。
命名主はもちろん牧野富太郎博士である。
たぶん博士は犬を飼っておられ、
日頃から犬のふぐりの形が頭に染み込んでおられて、
それでパッと閃かれたのだろう。
名付けておいてご自分で吹き出されているような光景が、
この2つの名前を見るといつも浮かんできて、
こっちの口元もほころんでいく。

この前下田に行ったとき、
町のいたるところに異様なものを発見した。
鉢やプランターからすくすく伸びて
180センチほどの背丈を見せている草に、
色は薄緑色や薄桃色、
大きさは直径5、6センチほど、
形はまさに“犬のふぐり”そっくりに
毛まで付いて膨らんだ実が、
上に下に、右に左に、ぞろぞろなって、
ふわふわさわさわ、風に揺れているではないか。
何だろうといじくっていると、
通りすがりのおばあさんが
「それはフウセントウワタというものですよ」
と教えてくださった。
実の中が綿のようになっているそうだ。
犬のふぐりに形はそっくりとはいえ、
片手にほっこり収まるほどに大きいこれについて、
牧野博士ならどう表現されるだろうと、
家に帰って牧野植物大図鑑を取り出した。
けれど索引にフウセントウワタの文字はない。
博士の没後、日本に入って来た植物なのか?
などと思っていた数ヶ月後
“野川でみちくさ”が始まったのだ。
そして何回か前のガガイモ編。
その資料の中に
フウセントウワタの文字があったのだ。
それはガガイモ科の近縁で、
観賞用に栽培されているものらしい。
やはり牧野博士以降の園芸植物であるらしい。
下田のおばあさんがおっしゃった
「実の中が綿のよう」の場合の綿とは、
つまり“種髪”で、
つまりフウセントウワタも
ケサランパサランの“一味”であるらしい。
な〜るほどォ。
“みちくさ”をやっているといろんなことが腑に落ちていく。
でも、しかし、フウセントウワタのあの大きな実を、
牧野博士ならどう表現されるのか、は、
聞いてみたかったなあ。
2009-09-08-TUE
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