「のがわでみちくさ」編 今回の先生/梅田彰さん
名前その36 ヒメガマ
左にちいさな川を見おろしながら、
吉本さんと梅田さんはてくてくと歩きます。
もうすぐ、今回の「みちくさ」のゴール、
「ほたるの里」という場所に到着します。

川沿いの遊歩道にあるトンネルをくぐると‥‥。

吉本 こんなトンネルがあるんだ。
梅田 ちょっとワクワクしますでしょ。
吉本 トンネルの中って、
声が響いておもしろいですね。
梅田 (笑)
吉本 (トンネルを抜けて)あ、こっち側は、
またちょっとだけ風情が変わりますね。
梅田 そうですね、この川沿いを
ずーっと歩いていくとおもしろいですよ、
世田谷で多摩川と合流するんです。
吉本 ああー、気持ちがいい。
梅田 雨も止みましたしね。
しっとりしていて、いい感じです。
吉本 あ、またコサギがいた。
梅田 はい、ここではよく見かける鳥です。
運がいいとカワセミも見られるんですよ。
吉本 へええー、カワセミもいるんですか。
梅田 そこに、コイが泳いでますね。
吉本 ほんとだー、おおきいー。
梅田 魚もいろいろいるみたいですよ。
ウグイ、オイカワ、クチボソ、ナマズも。
吉本 うーん、
魚の名前も覚えるのがたいへんですよね。
梅田 そうですね、たくさんいますから。
‥‥かと思ったら、ここにはベニシジミが。
吉本 あ、かわいいー。
梅田 ヒメジョオンの蜜を吸ってますね。
ベニシジミはさきほど見た、
ギシギシに産卵して幼虫が育つんですよ。
吉本 へえー、ギシギシに。
ああ、もう、見るものが
あちこちにあってたいへんです(笑)。
梅田 あ、あそこにガマがありますよ。
吉本 ガマ?
梅田 植物です、植物のガマ。
ほら、川の向こう側のあのあたりに。
吉本 ああ、水辺にはえるガマですね。
梅田 そうです。
わかりますか、ほら、あのあたり。
ガマの穂がちょっと見えますでしょ。
吉本 はい、はい。
梅田 あれはコガマかな、それともガマか‥‥。
いや、ヒメガマですかね。
吉本 ガマにも種類があるんですか。
梅田 ええ、3種類ほど。
ガマはですね、穂の上の部分が雄の花なんです。
で、下が雌の花。
ガマとコガマは雄と雌の部分が
くっついてるんですよ。
それで、ヒメガマっていうのが‥‥
吉本 雄と雌の間があいている。
梅田 そうそう。
吉本 ふたつのおだんごみたいに。
梅田 そうです、ソーセージがふたつ、
こうやって離れてついてる感じになります。
吉本 おもしろいですねえ。
梅田 なのであれは‥‥
ああ、ヒメガマですね。
上と下がはなれています。
吉本 ほんとだ、はなれてる。
梅田 ガマの花の花粉がですね、
キズ薬になったんですよ。
吉本 へえー、そうなんですか。
梅田 はい。
黄色い花粉が、蒲黄(ほおう)という生薬に。
ですからほら「いなばの白うさぎ」の
お話がありますよね。
吉本 ええ‥‥ああ、そうか!
皮を剥がれた白うさぎがつけた薬が?
梅田 そうです。
唱歌では大黒さんが
「穂綿にくるまれ」と
言ったことになっていますが、
古事記での大黒さんは、
蒲黄、つまり「花粉にくるまれ」と
正しく教えてくれているんです。
吉本 唱歌と古事記ではちょっと違う。
梅田 唱歌の作詞者が、蒲黄と穂綿の
区別がつかなかったのかもしれませんね。
穂綿は種子の冠毛のことですから、
これにキズ薬の薬効はないんです。
これにくるまったら、
かえってヒリヒリするのではないでしょうか。
薬効があるのは、花粉なんです。
吉本 そうかあ‥‥。
梅田 平安時代よりも前から、
そういうことがわかっていたんですよね。
『古事記』に載っているんですからね。
吉本 うーん、すごいなあ‥‥。
梅田 じゃあ、進みましょうか。
吉本 そうですね、お天気も心配。
梅田 この道路を渡ったところが
「ほたるの里」です。
ちいさい田んぼがあるんですよ。

ガマの穂は、上が男の子で、下が女の子。
で、上の穂と下の穂がわかれていれば、
それは「ヒメガマ」。
覚えました?

「いなばの白うさぎ」のお話も、おもしろかったですね。
ガマを見かけたときこんなお話をできたら、
ちょっとかっこいいと思います。

さあ、「のがわ」でのみちくさは、
いよいよ次回が最終回。
ゴールには、ちいさな田んぼがあるみたいですよ。

次の「みちくさ」は、金曜日に。


ご紹介したみちくさについての 感想やご指摘など、お待ちしています!

 

吉本由美さんの「ヒメガマ」
 
40代前半まで
女性誌のインテリア頁のスタイリストをしていた。
物探しのため、デパートはもちろんのこと、
家具屋、雑貨屋、道具屋、食器屋、骨董屋、生地屋、
などを毎日歩いた。
花も葉っぱも立派なインテリアの一部だから、
花屋さんにもよく通った。
クールでモダンなインテリアが流行ったときの
その常連といえば、
アンスリウム、カラー、エキノプスなどの
どこか人工的でグラフィカルな形を持った花々だったが、
あるとき、
黒い家具の連なりの中にガマを置きたいと考えた。
花屋さんに相談し、花屋さんは撮影当日
大きな紙包みを「よいしょ」と抱えて現場に来た。
大型犬でも抱えたくらいに大きい包みがほどけると、
そこらじゅうに沼の匂いが流れ出た。
中に20本ほどのガマが
釣りたての魚のように滴を纏って横たわっていた。
この数日市場に出回る見込みがなかったから
朝早く川辺に行って採ってきた、と言う。
そういえばこの花屋さんには、
クリスマス頁には欠かせない宿り木も、
郊外の森の高い樹によじ登って
採ってきてもらったのだった。
ガマと聞くと、瞬時に
そのとき顔を覆った沼の匂いが蘇る。
油紙の上にずらずらと並んで
どこかしら動物の一部のようにも見えた
茶褐色のビロード状の花穂が目に浮かぶ。

ヒメガマは漢字で書くと姫蒲。
で、つまり、ガマは蒲である。
蒲という字を見てすぐに思い起こすのは
「蒲郡」という小さな町だ。
この町名からすると昔は蒲の産地だったのだろう。
ここの海辺には飛びきり小さな水族館があって、
海水浴シーズン以外客は少ない。
私が行ったときは他に誰もいなかった。
昔のことで、もう死んだと思うけれど、
孤独なウーパアルーパアが2匹、
水槽の中からじっと外をうかがっていた。
近付くとばたばたと上下に動く。
まるで喜んでいるようだった。
退屈しのぎに客の来るのを待っていたのか。
その寂しい雰囲気が、
あくまでも私にとってのことだけれど
大変に魅惑的で、
蒲郡という町を忘れがたいものにした。

聞くにしろ、見るにしろ、
ガマという二文字には昔の記憶を鮮烈に蘇らせる力がある。
2009-09-15-TUE
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(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN