「春の鎌倉でみちくさ」編  今回の先生/森昭彦さん プロフィールはこちら
名前その38 ハナニラ
春の鎌倉での「みちくさ」が、晴れ晴れとはじまりました。
「鎌倉駅」から江ノ電に乗って「極楽寺駅」で下車。
ここが今回のスタート地点。
吉本さんと森さんは改札をくぐり、
青空の下へと出てまいりました。

吉本 わあ、ほんっとにいいお天気。
きもちがいいですねえ。
吉本 あ、桜だ。

ああ、まだ残ってますね。

吉本 ずっと寒かったから
咲いている時期が長いのかな。
きれいですねえ……。

吉本 ほんと……。
……じゃあ、出発しましょうか。
吉本 はい。
どっちへ向かいましょう。
海の方に向かってもいいんですけど、
ちょっとだけ山側の方へ行ってみましょうか。
吉本 山の方へ。
ええ。
じつはぼく、昨日このあたりを
ひとりで歩いてみたんです。
吉本 え? 昨日からいらしてたんですか?
はい、いちにち早く(笑)。
昨晩はホテルに泊まりました。
吉本 えーー、そうだったんですか。
はい、勝手に。
すみません、好きなものですから(笑)。
で、ちょっと山の方にも
かわいいみちくさがあったので。
吉本 そうですか、わかりました。
じゃあ、森さんの案内で、行きましょう。

(しばしふたりは駅から山側の住宅地を進みます)
ほら、ちいさな山が、こんもりと。

吉本 あちこちに桜が残ってますね。
ええ、草木がよろこんでいます。
吉本 ねえ。
‥‥あ、森さん、ハナニラ。
ハナニラがありました。

ほんとだ(笑)。

吉本 これがわたしんちの庭に、もう!
さっき喫茶店で話してたばかりですよね(笑)。

吉本 ねえ、鎌倉までやってきて、
最初に会ったのが
うちの庭にたくさんいる子だなんて(笑)。
おもしろいです(笑)。
匂いが、ニラなんですよね。
吉本 そうそう、ニラなの。
あまりにたくさん咲いて、
もうやだと思ってちぎるんだけど、
なんかもう、すっごい、ニラ臭いの!

匂いはニラだけど、食べられない。
吉本 やっぱり? 食べられない。
ええ、食用には適さないですね。
香りだけ。
吉本 そうかあ‥‥。
はい。
吉本 うーーーん、
花はこんなにかわいいんだけどなあ(笑)。

今回のみちくさは、
ハナニラ。
むらさき色のラインが愛らしいですね。
でも、そんなにたくさん生えちゃうとは‥‥。
ハナニラ、ハナニラ‥‥覚えました?
見かけたら葉っぱをちぎって匂いを
たしかめてみてくださいね。

次の「みちくさ」は、金曜日に。
「春の鎌倉でみちくさ」編は、
火曜日と金曜日の更新でお届けいたします。

今回ご協力いただいた喫茶店
『自家焙煎珈琲 ヲガタ』

神奈川県鎌倉市御成町11-3
営業時間/9:00-19:00
お休み/木(第1、第3、第5)
お店について、詳しくはこちらからどうぞ。

 
吉本由美さんの「ハナニラ」
 

或る春のこと。
白金台自然教育園の前を通りかかったら
目の前が真っ白になった。
貧血を起こしたのではない。
大きな桜の古木が1本と古い百葉箱が1台、
あとはいつも草がぼうぼう生えているだけの、
わざと手を入れないらしい前庭に、
背丈1Oセンチほどの草が大集合していたのだ。
そしてそれぞれが
星の形をした白い小さな花をびっしりとつけていたのだ。
それが巨大なレース編みのテーブルクロスのようになって
前庭を覆っていたのだ。

自然教育園で育てている植物には、
たとえ豆粒くらいに小さく見えづらいものであっても
名前札が立ててある。
しかし、純白のテーブルクロスのようになり
通行人の目を眩ませているそのものに名前札はなかった。
ということは、これは、
園内で大事に育てられている植物ではなく、
勝手に自ら生息している他の多くの前庭の住民と同じように
野育ちの植物なのか。
しかしここまでいっせいに咲き誇っている様子は
ここ数年で初めてだ。
フェンス越しに顔を近づけるとうっすら甘い匂いが届いた。
なんだろな。
こういうときは急ぎ家に帰って
牧野センセーに聞くのが常である。
が、なぜか、
花の形で調べたけれど
『牧野植物大図鑑』には載っていない。

一月後くらいに再び前を通ったら、
見えるのはだらしなく地べたに広がった細い葉っぱだけで、
あの白いテーブルクロスはきっぱりと姿を消していた。
いっせいに咲きいっせいに消えた。
狐につままれたような気がした。

おそらくその次の春だったと思う。
突然、ウチの外庭のあちこちが白く輝いたのだ。
外庭はマンション全体の庭になるので
いつも手出しはしないでほっぽらかしている。
だから雑草と呼ばれる草たちの
やりたい放題の場と化していて、
常にむさくるしい雰囲気がある。
ところがそこのあちこちにポツポツとだけれど白い花。
例のテーブルクロスの連中だ。
自然教育園前庭から種が飛んできたのだろうか。
でも種で増えるような顔つきではないしねえ、と、
今度はじっくりと対面観察。
3〜4センチの花の真ん中に
雌しべと雄しべが収まっていて、
そこからほのかな匂いがする。
細長い葉をちぎってみたら、
こっちは何とニラの匂いでびっくりである。
念のため花のついていない葉を引き抜くと、
線香花火のような根っこに
小さな真珠のような球根がたくさんついていた。
それがけっこうかわゆいのだ。

ウチに来た以上調べなくては、
と、本屋で植物関係本を盗み読みしてハナニラと知る。
ニラはニラでも中国生まれではなく、
南米産の園芸種で
食用には適さないとある。
これにはちょっとがっかりしたが。

しかし年々ハナニラさん方は生息域を広げ、
2,3年前からは内庭まで入り込んできた。
春先外庭から内庭にかけてびっしりと白くなり、
甘い匂いも漂ってそれは悪いわけではない。
いっせいに咲きいっせいに萎れるスタイルも、
私の好みである。
困るのはその後の、花の終わった4月過ぎの、
残されし葉っぱの姿だ。
心の支えをなくしたかのように
地面にべちゃっと曲がりくねって倒れている。
それがどうもイヤだ。
女に逃げられ嘆き悲しむめめしい男みたいじゃないか。
田山花袋の「蒲団」の中の、
中年作家の姿が重なってしまうじゃないか。
鬱陶しいじゃないか。
と、思うので。

2010-05-18-TUE
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