「八ヶ岳倶楽部」編 今回の先生/柳生真吾さん
〜名前その52 クガイソウ
レストランのテラスを通り抜け、
柳生さんと吉本さんは
ギャラリーから続く中庭に出ました。
「八ヶ岳倶楽部」、雑木林の入り口です。
柳生 そっちに、ギャラリーがあって、
ここは中庭になります。
で、このあたりから雑木林が。
吉本 わくわくします。
柳生 行きましょう。
‥‥と、思ったら吉本さん。
吉本 どうしました?
柳生 さっそく、入り口にありましたよ。
吉本 え?
もう、みちくさが?
柳生 ほら、ここに。
いまちょうど、
最高にきれいな花を咲かせています。
吉本 ほんとだ。
これ、なんていう名前でしたっけ?
柳生 ご存じですか?
吉本 ええと‥‥‥‥あ、ハチ。
柳生 おお、いますね(笑)。
吉本 マルバチ、でしたっけ?
柳生 マルハナバチですね。
吉本 そうそう、マルハナバチ。
ありゃりゃー、かわいいねぇ。
柳生 ね、いっしょうけんめい蜜を吸ってね。
吉本 ほんと、いっしょうけんめい(笑)。
柳生 このマルハナバチがいなければ、
日本中の花は種をつけられないですから。
吉本 大切なお仕事をしてるんですね。
柳生 ミツバチと、このマルハナバチは
とっても大事なハチなんです。
吉本 えらいねぇ、きみは。
柳生 足に花粉を付けて。
吉本 ほんと(笑)。
柳生 それで、
このみちくさの名前ですが。
吉本 はい。
柳生 これはね、クガイソウっていいます。
吉本 クガイソウ‥‥。
知らなかったです、はじめて聞きました。
柳生 どうして、
クガイソウという名前だと思います?
吉本 うーーん‥‥。
クガイ、クガイ‥‥
だめです、見当もつかない。
柳生 漢字で書くと、9階建ての、
九階草って書くんです。
吉本 九階建て?
柳生 ちょっとこの、いちばん下の葉っぱから、
数えていってみてください。
吉本 えー、そういうこと?
柳生 いちばん下が、1階。
吉本 2階、3階、4階、5階、6階、
7階、8階、9階‥‥。
柳生 ね?
吉本 ほんとだぁ、9階建て(笑)。
柳生 9階建てだから九階草。
クガイソウなんです。
吉本 すごい。
みごとな名付けのセンスですね。
柳生 ただ、大きくなると、
10階建てになることがあるんです。
吉本 えー(笑)。
柳生 でも、基本は9階建てです。
吉本 これはたのしいです。
もう、忘れない、9階建てだからクガイソウ。
柳生 夏にハイキングで山に行ったりすると、
けっこうよく見かけると思いますよ。
9階建てだから、クガイソウ。
これはすごく覚えやすそう!
ハイキングで見つけたら、数えてみてくださいね。

次の「みちくさ」は、土曜日に。
「八ヶ岳倶楽部でみちくさ」編は、
火・木・土の更新でお届けいたします。
 
吉本由美さんの「クガイソウ」
 

自慢じゃないが、
生まれて此の方朝をきりっと迎えたことがない。
目覚めが極端に悪いのだ。
時計に起こされるとウジウジしながら床を離れる。
そして夢遊病者のようにキッチンへ行く。
で、ぼんやりしたままコーヒーを淹れる。
コーヒーの香ばしい匂いが立ち、
琥珀色の艶やかな液体をしゅるっとひと口啜ったところで、
ようやっと目が覚める。

お医者さんにその話をしたら
「コーヒーにはいい面もたくさんありますが、
 朝起きてすぐの何も入っていない胃には
 ちょっといけませんね」
と言われた。
「何か軽くでいいからその前に口に入れて、
 準備運動させてください」と。
実は私は胃が弱い。
すぐにキリキリ痛くなる。
それでお医者さんの言いつけを守り、
この1年くらいはコーヒーを飲む前
2匙ほどの蜂蜜をなめている。

甘みが苦手だからこれまでは、
蜂蜜を1瓶購入したら1年かけても食べきれずにいた。
それが、たとえちょっぴりでも、
毎日なめるようになると笑っちゃうくらい消費が進んで、
今では、アカシアだ、クローバーだ、
アザミだ、マヌカだ、と、
小瓶を探してはとっかえひっかえ、
様々な蜜の味分けを愉しむほどになった。
この前は“夏バテ防止”に効果あり
というひまわりの蜜を発見。
ひまわりの蜜はどこかしら“草っぽい”味がした。
で、よ〜く考えたら、
その味は夏草が太陽にがんがん照らされているときの
匂いに似ていた。
へこたれない夏草の強い匂いは
確かに夏バテを吹き飛ばしてくれるような気がした。

さて、クガイソウ。
細い葉っぱを5〜8枚ずつ輪生し、
それを9段重ねて上に花を付ける不思議な植物に
「クガイソウ」と名付けた人の豊かなイマジネーションに、
まずは脱帽させてもらおう。
どなたか知らないが素晴らしい命名。
そしてさらに素晴らしく思うのは、
山野草にしては超高層の
9階建てになることを選んだこの植物の根性だ。
初めは、なんで9階建てにしなくちゃならなかったのか、
疑問を覚えていたのだけれど、
9階建ての屋上で
薄紫の小さな花をびっしり付けてしなった花序が
風にゆらゆら揺れているのを見て、
うむ、と腑に落ちた。
長く長く宙に伸びて「おいでおいで」しているわけね。
「おいで」ったって招いているのは人間ではない。
招かれているのは蜜を吸う“ハチ”様、その人。

ほかの草よりより高いのも、
ほかの花序より止まりやすくしているのも、
すべては、ハチ、ハチ様のため。
目に付きやすい形態となって呼び寄せて、
蜜を吸わせ、花粉を付けて、
他へ運んでもらおうという魂胆なのだ。

その証拠にすぐにマルハナバチが飛んできて、
手招きしている花序に止まり、
せっせせっせと蜜を吸った。
下から上へ、右から左へ、手際がいい。
人間が顔を寄せても気にしない。
無我夢中とはこのことだ。
小さな花がそれはもうびっしり並んでいるから、
忙しいのはよくわかる。
人にかまっているヒマはない。
ハチ的には、一つ一つの花を求めて飛び交うよりも
ここで吸い集める方が仕事効率アップにつながる。
夢中で吸って満足したら他へ飛んでいくのだが、
そのとき体はクガイソウの花粉まみれ。
つまりそれがクガイソウ的には「やったぜ」である。
このシステム、
素人目にも受粉確率がはなはだ高いように思えた。
さらに蜂蜜の味分けを楽しまんとするワタシ的には、
クガイソウの蜜の味にも興味が湧いた。
紫色だからラベンダー系の味だろうか。
なめてみたいが、
1種類の蜜を集めるセイヨウミツバチとは違い、
マルハナバチは
幅広くいろんな花から集めるらしいから、
クガイソウだけの蜜採集は難しいようだ。
自分で吸ってみるしかないのかな。
でも小さすぎて無理だろうなあ。

 
2010-09-02-THU
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