- ──
- たとえば「愛してる」という台詞を
言うとして、
そこには、
無限の可能性があるじゃないですか。
選択肢‥‥といったらいいのか。
- 森山
- うん。
- ──
- 与えられた台詞ひとつひとつに対して、
俳優のみなさんは、
その選択をし続けているわけですよね。
そのことを思うと、大袈裟でなく、
気の遠くなるような感覚に襲われます。
その緊張感の連続で、
よく、ひとつの舞台ができるなあって。
- 森山
- 結局‥‥愛してるって吐く側にとって、
「愛してる」は、やっぱり、
自分の内から出てくるそれでしかない。
出るようにしか出ないというか、
こう出ちゃったからそれまでというか。
- ──
- 拠りどころは、やはり自分自身だと。
- 森山
- その人が蓄積してきた経験やイメージ、
愛に対する考え方‥‥とか、
どうしたって、
そういうものを帯びざるを得ないので、
似たトーンの「愛してる」でも、
言う人によって、ぜんぜん別ですよね。
そのことは‥‥うん、
確信を持って、そうだと言えると思う。
- ──
- 今みたいな演技に関わる話って、
ふだん、役者仲間と、されるんですか。
- 森山
- しないですね。
- ──
- あ、しないですか。
する方もいると思うんですけど。
- 森山
- ね。ぼくは、もうしてないです。
- ──
- 昔はしてた?
- 森山
- して、た(笑)。
でも、30代に入ってくらいからは、
演劇論のような話は、
あんまり、しなくなってきましたね。
- ──
- それは、なぜですか。
- 森山
- 興味がなくなった‥‥のかな。
究極的に言えば、
他人とシェアできるようなものじゃ
ないとも思うし。
- ──
- 自分の中にあれば、いいもの。
- 森山
- こうして聞かれりゃ答えますけど、
自分から、
役者とはかくあるべしみたいな、
そういうこと自体に、
どんどん興味がなくなってますね。
- ──
- 俳優の方のインタビューを読んでると、
謙遜なのかもしれないけど、
たまに、俳優という職業は、
コマのひとつである‥‥ということを、
おっしゃる方がいるんです。
- 森山
- うん。
- ──
- それ、ぼくたち見ている側としては
あまり納得できないというか、
実感としては、ピンとこないんです。
つまり、森山さんが出るから見たい、
という動機が、見る側にはあるので。
- 森山
- そうなんでしょうね。
- ──
- 器、依り代という話題もありましたが、
そのあたり、どんなふうに考えますか。
- 森山
- ま、言ってること自体は、わかります。
とくに映画の世界では、
ぼくたちがどれだけ動こうが騒ごうが、
監督の視点というものが、
そこには厳然と存在していますからね。
- ──
- なるほど。
- 森山
- これが舞台なら、
こうやってふたりでしゃべっていても、
どちらの人間に焦点をあわせるかは、
観客の側に委ねられるじゃないですか。
- ──
- ええ、そうですね。はい。
- 森山
- でも、映像‥‥映画の場合は、
監督の目線が、
観客の目線を規定してしまいますよね。
だから、その視点に、
ぼくらは身体を投げるしかないという。
そういう意味では、
ただの「コマ」なんでしょう、きっと。
- ──
- いや、
なんでそんなことを聞いたかと言うと、
森山さんって、
自分発でやってらっしゃることが、
たくさん、あるように見えるんですね。
- 森山
- ああ、なるほど。
- ──
- そもそも「ダンス」というもの自体が、
自分の内側から発するものでしょうし。
- 森山
- そうですね。
- ──
- ジョゼ・サラマーゴ作の『白い闇』で、
朗読と踊りの公演を
やってらっしゃったと思うんですけど、
あれ、「目が見える、見えない」って
お話じゃないですか。
- 森山
- 目が見えなくなる‥‥という伝染病が、
パンデミックを起こす物語です。
- ──
- それとは別に、たまたま最近、
落語の「心眼」という噺を聞きまして。
- 森山
- しんがん‥‥心の眼?
- ──
- はい。目の見えない按摩の人が、
あるとき突然、目が見えるようになる。
で、よろこんで浅草へ行くんですけど、
そこがどこなのか、わからないんです。
- 森山
- へえ‥‥。
- ──
- そこで、目をつむり、
まだ見えなかったとき使っていた杖で、
そのへんをつついたら、
そこが浅草だとわかった、という噺で。
- 森山
- おもしろい。
- ──
- 見えるとか見えないって何なんだって、
がぜん、興味が湧いてきて。
- 森山
- あーーーーー‥‥。
- ──
- 森山さんは
『オルジャスの白い馬』という映画で、
空と地平線と以外に、
何もないようなカザフスタンの草原で
演技をされていましたけど、
あの映画を見ると、
ぼくらは、
都会で「見すぎている」んじゃないか、
とも思えてきたり。
- 森山
- なるほど。
- ──
- 前置きが長くなってすみません、
サラマーゴの作品を演じた森山さんに、
そのようなことについて、
うかがってみたいなあと思ったんです。
見えるとか、見えないとか‥‥そんな。
- 森山
- そうですね‥‥ひとつ興味があるのは、
視覚というものは、
情報を得るためには最強の道具だって、
思ってますよね、ぼくら。
- ──
- そうですね。
- 森山
- だけど、それ、本当にそうなのかな。
その「心眼」じゃないけど、
仮に視覚を奪われてしまったときに、
残る4つか5つの感覚器官で、
この世界って、どう感じられるのか。
- ──
- ‥‥ということに、興味がある?
- 森山
- 聞こえるもの、におうもの、
触れるもの、ただ感じるもの、痛み、
そういうものに、
今より敏感になれるとするなら、
そこには、
より純粋な感動があるかもしれない。
- ──
- なるほど。
- 森山
- そういうことを、知りたいですね。
目とか視覚ということについては、
そういうようなことを。
<つづきます>
2020-12-08-TUE