第1回 モノが市場を変えていく
糸井 きのう、一橋大学の大学院で勉強している
学生さんたちが来てくれていたんです。

うちの会社って、似たような会社がない、
おもしろがられやすい中小企業なんですね。
それで、その学生さんたちが
うちの会社を研究してくれて、
「この会社がもっと発展するには、
 こんなことをするといいのでは」
というアイデアを提案してくれる機会だったんです。
三宅 はい、はい。
糸井 それで、彼らの発表というのが
すばらしかったんです。
なにかというと、彼らのアイデアは
「小学校をモデルにした形を考えました」
というものだったんですね。

そう考えていったところで、すごいなと思ったんですよ。
大学院って難しい専門用語が飛び交う場所ですから、
きっと、難しいことを言ったほうが
偉く見えるんだと思うんです。

だけど彼らはそこで
こんなふうに提案をしてくれたんです。
「小学校には、いろいろな要素が
 ぜんぶ入っている場所だと気づきました。
 だから、お互いを小学生だと思って
 みんなで遠足をやるのはどうでしょう?」と。
‥‥会社がもっと発展していくための提案として。
三宅 ああ、いいですね。
糸井 そうなんです。
真剣に、そして
のびのびと考えてくれたんですよね。

それで、この人たちはすごいなと思って。
「あなたたち、学生じゃないよね?」
と聞いてみたら、
やっぱりみなさん、いちど社会人を経験したあとで、
院に勉強をしに来ている人たちでした。
それも2、3年ではなくて、
7、8年くらい社会人経験を積んだ人たち。
三宅 つまり、社会の荒波に、
しっかりのまれたことがある人たち。
糸井 そうだと思います。
会社のお金で来ている人もいたし、
自費で来ている人もいましたけど、
みんな、お世辞ぬきに
ものすごく優秀な人たちでした。

‥‥それで、その中のひとりにぼくが
ちょっと変な質問をしてみたんです。
三宅 どんな質問でしょう?
糸井 「みなさんはうちの会社について、
 おもしろいですね、と研究してくれて、
 さらに、こういうことをしたらいいのでは、という
 すばらしい発表もしてくれました。

 ‥‥でも、あなたはおそらく
 "私が『ほぼ日』に行きます"とは
 言わないですよね?
 どうして、あなたのような素晴らしい人が
 うちの会社に来てくれないんだろう?」
って。
三宅 はい、はい。
糸井 そしたら、その研究発表をしてくれた人の答えが
こうだったんです。

「この会社には、きっと、
 素晴らしいクリエイティブの才能を
 持っている人ばかりが、
 集まっているんだと思うんです。
 でも、私にそういう
 クリエイティブの才能はないので、
 自分には行けないと思うんです」
三宅 ああー‥‥。
糸井 これ、本音も建前も、
どちらもあると思うんです。

きっと、優秀な彼らがいまいる場所って
悪い場所であるはずがないですから。
その環境より「ほぼ日」を選ぶなんて、
「流しのバンドマンに惚れる」みたいなことだと
思うんですよ。

だけど「小学校をモデルにして遠足を」なんて
自由な発想で考えられる人が
「自分にクリエイティブの才能はない」って言う。
不思議な話ですけど、
これ、本当にそう思っているように感じたんです。
三宅 「クリエイティブ」が誤解されている。
糸井 そうなんです。
だから、ぼくはその人に話したんです。
「いや、ぼくは、今日のあなたの発表こそが
 クリエイティブなんだと思うよ」って。

そしたら、ちゃんと伝わって、
しっかり沁みてました。
ああ、誤解してたんだ‥‥と思って、
ぼくもちょっと、ほろりとしたんですけど。
三宅 いま、世間ではなんとなく
「すごいクリエイティブ」って、
普通の人には持ち得ないような
ものすごいインスピレーションに打たれて、
アイデアをひらめくようなことのように
思われていますよね。
みんなが「クリエーター」っていうと、
スティーブ・ジョブズしか連想しないような状況。
「手に触れたものが金に変わる」ような
イメージですとか。

‥‥でも、本当の「クリエイティブ」って
そういうことじゃないはずですよね。
糸井 そうなんですよ。
もちろん、魔法使いのような顔をしているほうが
「おおっ」と思ってもらいやすいと思うけど、
おそらく、大事なのはそこじゃないです。
三宅 その「魔法使いの顔」の部分のこと、
むかし、工場などを取材するフリーライターを
やっていた時期があるので、なんとなくわかります。

話がややこしい社長さんがいて、
正攻法のインタビューではうまくいかないようなとき、
わかりやすい切り口を見つける
「怪しいあんちゃん」として呼ばれる役を
やっていたんです。
「‥‥手強い社長の取材には、三宅さんを呼べ!」
なんて言われて。
そんなときには真面目そうなスーツやワイシャツは着ないで
あえて変な格好して行って、
まず、先入観を崩しにいくようにしていました。
糸井 はい、はい。
そういうときは「あの人にしかできない」って
言われないといけないんですよね。
三宅 そうなんです。
ただ、その魔法使いのような風貌と、
「その持ってきたアイデアがクリエイティブかどうか」
というのは、
当然、まったく別もので。
糸井 魔法使いの見た目は
アイデアの「見せ方」のほうですから。
三宅 そうなんですよね。

あと、これはまた別の話ですけど、
ぼくは中小企業のヒットメーカーの方とお会いしていて
いいアイデアを生み出せるかどうかは
「発想力」と同じくらい
「環境」も大事なんじゃないかと思っています。
糸井 はい、「環境」。
三宅 これは、本に書かせていただいた例ですが、
介護用品の「ファイン」という会社が作った
「レボUコップ」というヒット商品があるんです。

これは、赤ちゃんや高齢者の方向けに作られた
独特な形のコップなんですね。
コップの飲み口の一部が大きくカットしてあって、
その部分が鼻に当たらずに中身を飲めるから
顔を上に向けずに
中のものを飲みきることができる。

技術的にはとてもシンプルなものですが、
そういうコップがそれまでなかったということで、
すごく喜ばれている商品なんです。
糸井 考えてつくられた、独特の形状のコップ。
三宅 はい。
それで、その「レボUコップ」が
生まれたきっかけというのが、
歯ブラシ用品などの
オーラルケア関係の業界の人が、
首を上に曲げるのが難しい高齢者の方が、
最後までコップの中のものを飲めなくて
困っているシチュエーションに出会って
ぱっとひらめいた、ということなんです。
糸井 困っている人がいたところに
解決できる能力を持った人がちょうど出会った、
ということなんですね。
三宅 そうなんです。
この場合はだから「発想力」というよりも、
むしろ「その場に居合わせたこと」とか
「その場で問題を認識できたこと」などが
ヒット商品に繋がっているんです。

もし、開発担当者の方が
そのシチュエーションに出会わなかったり
その状況自体を問題だと思わなかったりしたら
「レボUコップ」は生まれていないし、
高齢者の方たちも不便なまま生活を続けていた。

いいアイデアというのは、
「発想力」のほうじゃなくて
問題のある「環境」に出会えるかどうか、
にもあるはずなんです。
糸井 はい、はい。
三宅 そして、そういう問題に出会いやすい
新しい「環境」に飛び込んでいったり、
知り合いを増やしたりすることで
アイデアを生む「きっかけ」を増やすことは
けっこうできる、ということだと思うんです。

もちろん、そういう「きっかけ」を増やすようにする
「根気」はいるかもしれませんけど。
糸井 「根気」は、ありますね。
でも、きっかけを増やすことで
いいアイデアが生まれやすくなる。
これはもう、本当にそのとおりだと思います。
(つづきます)
2013-09-23-MON






三宅秀道・著
(東洋経済新報社、2012年)

新市場の創造に成功してきた企業を
数多く見てきた三宅さんが、
新しいビジネスでの戦い方や、
企画発想のためのヒントを
わかりやすい口調で解いた一冊です。
こちらから「東洋経済オンライン」での
 本の関連記事を読むことができます)