おとなが歌える歌を探して。

本日7月30日に発売される上條恒彦さんの
最新アルバム『お母さんの写真』。
音楽プロデュースを担当されたのは
大森昭男さんという方です。
CM音楽の世界を中心に
幅広く活躍されている大森さんですが、
きっとみなさんはご存知ないと思います。

トラックダウンが終わった
仕上がり直前のCDを聴いたdarlingは
しみじみとこう言いました。
「これはほんっとに
 大森さんあってのCDだった。」
と。



今回「ほぼ日」では
このアルバムに関わった
宮崎駿さんでも、
鈴木敏夫さんでも
糸井重里でもなく、
このアルバムに一番長い時間費やした
縁の下の力持ちである大森さんに
話を伺ってみたいと思いました。
普段は表舞台に出てこない方の言葉を通して、
このアルバムがどのようにできあがっていったか
2回にわたってお届けします。

大森昭男さんプロフィール
1936年生まれ。山梨県出身。
三木鶏郎さん、櫻井順さんという
CMソングの大家と
呼ばれる方々のもとで修業をする。
1972年にON・アソシエイツ音楽出版として独立。
CM音楽がCMのためにだけに作られていた中、
ふつうの「音楽」としてCMに音楽を取り入れ、
若き大瀧詠一さん、坂本龍一さん、
山下達郎さんなどを自身の企画するCMに
積極的に登用していった。
スタジオジブリ作品では
「ホーホケキョ となりの山田くん」の
スーパーバイザーもつとめた。

第2回
物語の情景が浮かぶ歌ができあがった


今までの縁がつながってできたアルバム
── 大森さんが最初に「おとなが歌える歌がほしい」
と聞いた時はどのようなイメージを
持たれたのでしょうか。
大森 最初の打ち合わせの場で、
宮崎さん、鈴木さん、糸井さんたちの口から
飛び交う言葉や表情に
哲学的なものやユーモア、童心を感じたんです。
「おとなが歌える歌」のアルバムというのは
この人たちの心をとらえればいいんだなぁって
思ったんですよね。
── このアルバムが企画された時に、
「音楽プロデュースは大森さんにお願いしよう」と
すぐに決まってお願いに伺ったと聞いています。
大森 今までの良縁があったんですよ。
そもそも主役の上條さんとのおつきあいは
1973年ぐらいに資生堂の「MG5」という
男性化粧品の仕事から始まりました。
男性化粧品ですから、男っぽい感覚が必要でしょ。
「男の声」として歌を上條さん、
曲はクニ河内さんにお願いして、
3年か4年ぐらい一緒にやってました。
上條さんが青年の頃ですね。

糸井さんとは西武デパートの仕事で
ご一緒させてもらったのが最初です。
「不思議、大好き。」「おいしい生活。」など
広告が文化を作っていたとも言える時代ですよね。
矢野顕子さんとともに音楽をやらせてもらいました。

また、糸井さんと組んだヒット作のひとつとしては
「今の君はピカピカに光って」という
宮崎美子さんが出演されたミノルタカメラX-7のCMかな。
作詞・糸井重里、作曲・鈴木慶一、
歌は斉藤哲夫という豪華なメンバーでした。

スタジオジブリさんとは高畑勲監督の
「ホーホケキョ となりの山田くん」のお仕事ですね。
矢野顕子さんが音楽をやるということで、
スーパーバイザーという形で入ったんです。
── 大森さんはかなり前から
今回の上條さんのプロジェクトのメンバーと
つながりがあったんですね。
大森 そうですね。
だから、今回はメンバーに入っていったのも
自然な流れだったとも言えます。
詞や曲を作る人、アレンジをする人、
演奏をする人にお願いするときも、
今までのつきあいをもとに
ひとりずつお願いをしていきました。

上條さんという音楽家には
「詞」がとても大切なんです。
例えば、今回、曲を書き下ろしてくださっている
THE BOOMの宮沢和史さん。
この方をぼくは詩人として
とても敬服しているんです。
上條さんのことだったら、
宮沢さんにお願いしたいな、って
まっさきに思いました。

実は宮沢さんには書き下ろしを
2曲お願いしたかったのです。
でも1曲つくるのに大変な労力と時間をかけてくださって
とても2曲お願いをするのは忍びなかったので
「どうしようかなぁ」って思って、
糸井さんに相談をしたら、
「『中央線』があるじゃない!」って
アイデアをもらったんです。
でもあれだけの有名な曲ですから
はたして了承していただけるかって心配でしたね。
ところが、すぐにオーケーをいただいたんです。
うれしかったですね。
── 「中央線」って歌は宮沢さんが歌っても、
矢野顕子さんが歌っても若い人の歌に聞こえたんです。
でも上條さんが歌うと老夫婦の歌に
聞こえました。
探しに出たまま帰ってこなかったのは
長く連れ添ったおばあちゃんじゃないかとか。
今まで知っていた曲とは別の解釈で聞えましたね。

 中央線(作詞・作曲:宮沢和史)

 君の家のほうに 流れ星が落ちた
 ぼくはハミガキやめて 電車に飛び乗る
 今頃君は 流れ星くだいて
 湯船に浮かべて 僕を待ってる

 走り出せ 中央線
 夜を越え 僕をのせて

 逃げ出した猫を 探しに出たまま
 もう二度と君は 帰ってこなかった
 今頃君は どこか居心地のいい
 町をみつけて 猫と暮らしてるんだね

 走り出せ 中央線
 夜を越え 僕をのせて

 走り出せ 中央線
 夜を越え 僕をのせて
大森 なるほどね。
他の楽曲もそれぞれの人の人生とか
感情がそれぞれの曲に反映して
聴いていただけるといいなぁ


宮沢さんは山梨県出身でしょ。
本当の背景は聞いてみないとわからないけど、
ぼくの勝手な想像では、
多分東京に向かっていくというか、
上りの中央線なんじゃないかって思ってます。
上條さんが歌われると下り、
それも夜に聞えるんですよね。
── 上條さんの声で聴くと、
ストーリーがぜんぜん違って聞えますよね。
「逃げ出した猫をおいかけたまま、
 君は帰ってこなかった」
ってどういう意味かなって思ってたんです。
猫を探しに何の気なしに出ていったら
長く連れ添った奥さんが
事故に遭っちゃったのかな…って聞こえたので、
ものすごくせつなかったです。
大森 他の曲もそれぞれの人の感じ方が
新しくあるかもしれない。
30年ほど前に青年の上條さんに
青年の男の歌をお願いしました。
30年を経て、歌い手としてだけではなく、
お芝居やミュージカルをやってきていますよね。
そこで上條さんの強い声ができあがってきているんです。
でもその心はね、繊細なの
本当にそう思った。
いろいろな役柄をやって、
人の気持ちをすごくつかんでいる。
持って生まれたものかもしれないけど、
それに輪をかけて感情表現が繊細なところを感じて、
歌の中に、ひとつひとつストーリーが
できあがっていったんです

このプロデュースは、佐藤剛さん
(宮沢和史さんの音楽プロデューサーでもある方で
 今回アルバムの制作メンバーのひとりです)で、
編曲は高野寛さんが担当されたんです。
宮沢さんのこともよく知っている
ふたりの感性も加わって
新しい「中央線」の世界になりましたね。

歌い手と演奏者が一体となって
詞の世界を表現しました。
── このアルバムに入っている歌は、
今までにない雰囲気の詞が多いですよね。
はじめて聞く感覚の歌というのでしょうか。
大森 ひとつひとつの詞を
上條さんの繊細な感情がとらえて、
歌い上げています。
今回、録音の状況がライブと同じなんですよ。
録音スタジオで収録したのですが、
演奏者と歌い手が一緒に、
同時に録音する方法をとったんです。
上條さんの歌唱力がちゃんとあるので、
この方法が一番よかったんです。

演奏する人も歌詞に反応するんですよね。
上條さんが歌っているのが聞こえますから。
── 上條さんの歌というと
あまり日常で耳に触れないですよね。
イメージとしては「ラ・マンチャの男」とか、
朗々としていたんです。
このアルバムをヘッドホンを通して聞くと、
細い声をだされたりもしていますよね。
全部を強い声で歌うわけではなく、
ちょっとした引く感じもあって、
とても聞きやすかったんです。
アルバムの声の印象が違ったのは
ライブで録音をされたからだったんですかね。
大森 このアルバムはそういう風に
聞いていただけるものですね。
「秋」という曲をやったときにチェリストの方が、
「歌の内容を聞きながらできるので、
 歌の物語とか、自分の弾く意味を感じながら
 演奏できました。

 すごくいいアルバムになりますね」って言ったんです。
スタジオに入って、自分のパートだけ録音をして帰る、
という演奏ではないんです。
演奏をする方も本当にいい表現をしてくれました。

 秋(作詞:矢川澄子 作曲:矢野顕子)

 こころの窓から
 あなたのよぶ声が
 きこえた春の日
 ひらいたわたしの花 ひとつ

 いまはただ あの日にかえり
 いつかくる別れの時まで
 こころの窓あけ
 あなたのよぶ声きいていたい

 こころの窓辺に
 月日は移ろうて
 この世のすべてが
 さざめき通りすぎて いった

 秋の日は しずけく深く
 いつかくるあなたの跫音も
 ふりつむ落葉と
 やさしくかそけくひびきかわす
── なかなか最近ですとライブな音の作り方を
することができないものなのですか。
大森 力量的にできない人が増えてます。
それから打ち込みとか、シンセサイザーの音を
使っているものが多いでしょ。
そういうのは音を機械的に重ねていかないと
いけないんです。
それはそのよさもあったりしますよ。

でも一番よい表現ができるのはやっぱりライブ録音です。
お互いの呼吸を感じあいながら
歌ったり演奏できたりするわけなんです。

糸井さんが作詞された
「ひとつやくそく」と「豚の丸焼き背中にかついで」も
おもしろくなりました。
このアレンジはどういう方向にやろうかって
相談をしたら、糸井さんが
「『ザ・バンド』でいきましょう。」って
言ったんです。
「これはいいっ!」って思って、
アレンジを井上鑑さんにお願いしたんです。
演奏のドラムスはポンタ(村上秀一)さんです。
ポンタさんが、
演奏がはじまって上條さんの歌を聴いたら、
「オレ歌詞がほしい」って言い出したんです。
ドラムスの譜面台の横に歌詞をおいて
演奏したんですよ。

 ひとつやくそく
 (作詞:糸井重里 作曲:クニ河内)

 なにを いうかと おもうだろうが
 そんなこと しるかと おもうだろうが

 おやより さきに しんでは いかん
 おやより さきに しんでは いかん

 いくつも いったら まもれないけど
 どうせだったら ひとつだけ

 おやより さきに しんでは いかん
 おやより さきに しんでは いかん

 ほかには なんにも いらないけれど
 それだけ ひとつ やくそくだ

 おやより さきに しんでは いかん
 おやより さきに しんでは いかん

 なにを いうかと おもうだろうが
 そんなこと しるかと おもうだろうが

 おやより さきに しんでは いかん
 おやより さきに しんでは いかん

 おやより さきに しんでは いかん
── これは歌になると思えない詞ですよね。
「ひとつやくそく」は
まさに私が親に言われ続けてきたことなので、
聴いているとお父さんに言われている気がして
涙が出そうになります。
大森 これは若い人にすごく聴いてほしい作品ですね。
  (つづきます)

宮崎 駿プロデュース
日本の新しい歌

お母さんの写真
上條恒彦


発売 :2003年7月30日
定価 : 2,857円
発売元: 東芝EMI
ASIN : B0000A9DSL

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2003-07-30-WED

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