COOK
鈴木慶一くんと、
非時事放談「月光庵閑話」。

矢野顕子をほめる。(8)
あっこちゃんには、確固たる矢野基準がある。



糸井 ジァンジァンで2人でやった曲目は
あっこちゃんが決めたんですか。
鈴木 決めるんだよねぇ。
それで、たまげたのは、『僕は負けそうだ』。
これは弟(鈴木博文さん)の曲で、
レコーディングでも弟が歌ってるし、
俺は歌ったこともないし、どうやろうかなあ? って
思ってたんだけど、
「あれ、いいよね?」って言われると、
「そうだね」って言っちゃった(笑)。
「弟のだよ」
「そうか、でも、やろうよ」
って。俺も別にいいんだよ、弟の曲でも。
初めてやってみようかなって。
いちばん、あれがたいへんではあったけれどね。
野田 あとは『犬の帰宅』も。
鈴木 あれはね、歌詞に“娘”“息子”が出てくる。
俺には娘も息子もいないけれど、
そういうのを想定して作ったわけだよね。
それをあっこちゃんが歌うとリアルだなって気もするし、
そっちのほうがいいんじゃないかな? って(笑)。
他人の曲も、全部、あっこちゃんのものに
なっちゃうんだよね。だから
「歌詞、イトイさん、お願いします」
っていうことができるんじゃないのかなあ。
糸井 イニシアチブは自分なんだよね。
よく思うんだけれど、あっこちゃんに自分の曲を
歌われている人って、なんだか養子に出したような
気になるんじゃないのかなあ。
鈴木 俺ね、自分で歌うのがイヤになっちゃった時があるよ。
糸井 『塀の上で』は、ハラ立つよね(笑)。
ああいう歌じゃ、なかったよねえ?
鈴木 「これはヤバイ!」って思ったよ。
オリジナルは俺なんだけど……。
糸井 「いい歌だなあ!」って?
鈴木 糸井さんと作った『ニットキャップマン』だってさ。
糸井 あれ取られてるよなあ!
鈴木 あれ、いい歌だなあ。
野田 あたし、泣いちゃいました。
糸井 泣いたよ。俺、最初、中野サンプラザのあっこちゃんの
コンサートで初めて矢野顕子版『ニットキャップマン』
聞いて、目が潤んじゃったもんね。
「俺って、歴史に残るようないい歌を作ったんじゃないか」
とさえ思ったよ。
まるでね、金メダルをもらって表彰台に上っている観客、
みたいな、“観客賞”をもらったような感慨。
鈴木 そうなんだよ!
糸井 慶一くんも思ってるんだ、やっぱり?
鈴木 表彰式みたいな感覚ですよ。
……でも、どういうことなの、それは!(笑)
糸井 ひどいよなあ!(笑)
鈴木 俺達の作った曲なんだけどね。
海外ではカヴァーっていうのは日常茶飯事なんだろうけど、
なかなか日本にはいなかった人なんですよね。
あっこちゃんが、他人の曲を歌い始めた頃、
だいぶ前だけれど、そう思った。
「いい曲だね」って思っても、
なかなか演らないものなんだよ。
糸井 思えば、『いもむしごろごろ』だってさ、
あのわらべうたが、あんなふうに聞こえるとは
思わなかったよね。
“矢野顕子の世界”の歌になっちゃうんだよ。
鈴木 まさしく養子に出した感じでさ。
生みの親が育ての親に、
「立派に育ててくれて……」って感謝するようなもんだ。
生みの親は陰から覗いていましょう、っていう
気持ちに、なるんですよ。
糸井 そんなこと平気で言わせる矢野もすごいが、
周囲の人がそれをまた認めるような関係というのも、
また不思議だよね。
「俺のほうが上手い!」
って言いたくなっちゃうじゃないですか、世の中的には。
「俺が俺用につくった曲は、俺が演ったほうがいい」
って言ってもおかしくないのに、
いろんな人が、あの人に取られてるじゃない。
鈴木 「取られてありがとう」ですからね。
糸井 あっこちゃんが歌ったおかげで、
あらためてその元歌の人のアルバムを聞いてみようって
機会って、ものすごくあるものなあ。
鈴木 そうだよね。
糸井 俺、奥田民生くんの『すばらしい日々』も、
ユニコーンでも面白いなあと思ったけれど、
あっこちゃんがカヴァーしてから、
聞き方が全然変わったね。
何でこんなにいい歌なんだ? って思ったよね。
鈴木 だいたいあっこちゃんが選び取る曲は、
いいな、と思いますよ。
自分の曲が選ばれているからそう言うわけじゃないけど。
糸井 いや、実際、そうだよ。
だって俺、オフコースとかあまり聞かなかったけれど、
矢野以来、オフコース、いいって思ったんだもん。
鈴木 そのセレクトの仕方っていうのはね、
どうしてもホラ、いい曲だと思っても、
自分と違う土俵だったりすると躊躇しがちなんだけど、
そんなものもないんですよね、あの人は。
糸井 矢野世界、ってことだな。
鈴木 そうそう。矢野界においては、ってことだね。
「いい曲は、いいんだ」
っていう確固たる矢野基準があるんですね。
糸井 そうか。思ってみたんだけど、今流行の、
ブランド戦略的なことを何も考えずに、
「矢野ブランドってこうだからね」
ということが、ごく自然にできているんだね。
『月刊カドカワ』で連載されていて、
いまHMVのフリーペーパーに移った
『月刊アッコちゃん』ってあるじゃない?
あれって、音楽やっているあっこちゃんとは
なんの関係もないけれど、あの世界が
音楽とつながって好きだっていう人が、
すごく多いじゃないですか。
ああいうことができる人って、
そんなにいないんですよね。

1999-09-28-TUE

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