こんにちは、ほぼ日の奥野です。今年の春、美術家の森村泰昌さんから1通のメールをいただきました。そこには「アート・シマツ」というプロジェクトの構想が書かれていました。おおづかみに言うと、それは、当時開催中だった森村さんの大規模個展『ワタシの迷宮劇場』の会場に使われている「膨大な量のカーテン」を「展覧会終了後に、うまく活用できないか」というものでした。
こちらが『ワタシの迷宮劇場』の展示風景。会場は、京都市京セラ美術館。ごらんのように「高さ5メートルのカーテン」によって、会場が迷宮のように仕切られていました。カーテンの総量は、面積にして実に「約2500平方メートル」。製造は、カーテンなどインテリア製品だけでなく、劇場にかかる豪華な緞帳(どんちょう)や着物の帯など優美な美術工芸織物をつくり続けてきた、京都の川島織物セルコンさん。色は特注、ブルーグレーのような色味で、品質の高い遮光性生地で仕立てられたカーテンです。会場では、それが「約2500平方メートル」もの量、ぜいたくに使用されていました。そして、森村さんが「うまく活用できないか」とおっしゃっているのが、まさにこのカーテンなのです。
京都市京セラ美術館開館1周年記念展「森村泰昌:ワタシの迷宮劇場」展示記録 ※一部、音声の出る箇所がございます
プロジェクトの「幹」の部分を先に言ってしまうと、このカーテンの生地を、ご希望のみなさんに、お譲りしたいと思います。方法や詳細は何にも決まっていませんが、(いまのところ)「経費を賄える価格+αくらい」で、お譲りできないかと考えています。「経費を賄える価格+αくらい」とは、つまり「ふつうに買うよりも、かなり安く」という意味です。
森村さんの構想する「アート・シマツ」は、ビジネスの手段ではありません。このプロジェクトで「お金をガッポリもうけよう」とは、森村さん、思っていないのです。
とはいえ、プロジェクトを進めるにあたっては、お金は必要です。まったくの赤字では何もできません。そこで、倉庫代や人件費、交通費‥‥などの必要経費を賄えるくらいのお代金+αは、いただくことになると思います。もともと品質のよいカーテンですから(ふつうに買えば、窓1枚分で「5万円」くらいするとのことです)、これを「既製サイズの家庭用カーテンに仕立て直し、きちんとした商品として、品質に見合う適正な価格で販売する」ということも、経費を捻出する方法としては考えに入れています。
しかし「アート・シマツ」の「幹」の部分は、あくまで「有効活用してくださる方に、経費を賄える価格+αくらいでお譲りする」こと。森村さんのもともとのコンセプトの核が、そこにあるからです。事業としては、当然、黒字で成り立たせたいと思っています。しかし、より重視しているのは、次のような、森村さんの気持ちの部分です。
美術館での展覧会をぶじに終えて、いつも思うことがある。「もったいないなあ」と。立派につくってもらった展示会場も、終わればすっかり解体される。大量に印刷したチラシやポスター、特注の陳列棚や台座、バナー、ときには展示室に置くベンチを新たにつくることもあるが、祭りが終わればすべてが廃棄物となる。ステキな展覧会が実現できて「作家としてのわたし」はうれしいけれど、後始末もせずにさっさと退散というのは、「人間としてのわたし」としては、なんだか悔いが残る。
そこで考えた。展覧会が終わった後の始末にも想像力をたくましくしてはどうだろうか、と。芸術家なんだから、なにごとにおいても想像力をたくましくするのは悪くないはずだ。
こうして思いついたのが「展覧会の後始末計画」つまり「アート・シマツ」で ある。展覧会が終わったあと、捨てられるのを待つだけのさまざまな廃棄物を、 日々の生活に役立つものとしてふたたび活かせないものだろうか。斬新な展覧会を企画することも、展覧会の「アート・シマツ」に工夫をこらすことも、ミュゼオロジー(博物館学)の一貫としてとらえてみたいと思うのだ。
展覧会が終わっても、まだまだ、おもしろいことがつづく。なかなかいいんじゃないだろうか。なにかの終わりは、なにかの始まりだってよく言うじゃないか。
森村泰昌
「まだまだ、おもしろいことがつづく。」それが、森村さんやりたいことの核であり、わたしたちが共感した部分です。
ですから、お譲りしたあとの「用途」は、基本的には、みなさんの自由でいいと思っています(そのあたりのゆるやかなルールも、これから考えていきます)。展示に使われていたカーテンなので、ところどころ縫い合わされていたり、穴が空いていたり、傷が入っていたりもします。そのことを考慮にいれた上で引き取っていただき、自由な発想で活用していただければと思います。ストレートにカーテンや紗幕として使うのはもちろん、椅子の座面の張り地やテーブルクロスなどに仕立て直してもいいと思います(インテリア製品には向いていると思います)。あるいは、どこかの劇団の演劇公演の小道具とか、写真家さんの撮影時の背景とか‥‥。他のアーティストの方が、ご自身のアート作品の素材にしても、おもしろいですよね。とにかく、みなさんお好きなように楽しんでいただきたい。廃棄されるはずだったカーテンを有効活用することで、このプロジェクトの趣旨にご賛同いただくこと、あの素晴らしかった『ワタシの迷宮劇場』の「かけら」が、日本各地に残されていくこと‥‥が、このプロジェクトの、もっとも大きなよろこびだと思っています。
このカーテンについて、知っておいてほしいこと
・「幅1.5m×長さ5m」の生地を縫い合わせて大きなカーテンに仕立てており、
ところどころに「つなぎ目」があります
・ポリエステル100%
・生地の厚み 約0.53mm
・遮光性の生地を使用した質の高いカーテンです(遮光2級)
・作品を展示する際に必要となった「穴」が規則的な間隔で空けられています
・保管の際の折ジワがついています
いま、総面積「約2500平方メートル」のカーテンは、関西地域の倉庫の片隅に保管されています。これを、どのように、必要としている方の元へお届けすればいいのか? まったくはじめての試みなので、その方法も、価格も、正直ぜんぜんわかりません(笑)。そこで、簡単なアンケートをつくりました。聞きたいことは、主に「どれくらい必要か」「何に使おうと思っているか」の2点です。ぼくたちが想像しきれないような、いろんな「有効活用法」を知れるといいなと思います。そして、そのアンケートの結果から、どれくらいの量を「お譲り用」にするか、いくらくらいでお譲りするか、お譲りする以外の「仕立て直した製品」をどれくらいつくるか‥‥を探っていこうと思っています。いまの時点で、本当に申し込むかどうか決まっていなくてもけっこうです。「自分だったら、こんなふうに使いたい」というご希望やアイディアを、ぜひ、ぼくたちに教えてください。
これから1か月間アンケートを募り、その結果を参考にしながら、お譲りする方法や金額を決めたいと思います。ですので、お譲りの開始は「どんなにはやくても、年内」かなと考えています。準備に時間を要する場合、来年の春先くらいまで、お待たせするかもしれません。スケジュール感については、逐一、このページでお知らせしていきますね。
ここからは、いまの時点での、わたしたちの「夢」なのですが‥‥。引き取ってくださったみなさんが、どのように有効活用しているか、可能でしたら取材させていただきたいなと思っています。そして、その結果を、日本地図にマッピングしてみたい。あの『ワタシの迷宮劇場』の「かけら」が、こんなところで、こんなふうに生きているんだという、「アート・シマツの地図」をつくれたらいいなと思っています。
多くのみなさんのご協力を、森村泰昌さんと一緒に、ワクワクしながらお待ちしています。
2022.10.6 ほぼ日刊イトイ新聞
回答は締め切りました
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森村泰昌(もりむら・やすまさ)
美術家。1951年、大阪市生まれ。京都市立芸術大学、専攻科終了。1985年にゴッホの自画像に扮したセルフポートレイト写真を発表。以後、一貫して「自画像的作品」をテーマに、美術史上の名画や往年の映画女優、20世紀の偉人等に扮した写真や映像作品を制作。国内外で多数の個展を開催。著作・評論も多数。2018年大阪北加賀屋にモリムラ@ミュージアムが開設される。
「ほぼ日」でのインタビュー
>美のトライアスロン。
>はたらく人の悩みに答えた「33の悩みと答えの深い森。」
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森村泰昌
ほぼ日刊イトイ新聞
奥野武範
渡辺弥絵
田中朋子
杉本奈穂協力
京都市京セラ美術館
株式会社川島織物セルコン