薄味の人生にも。

この連載もまもなく終了ということなので、
最後はエッセイ集を一冊。

『僕の人生には事件が起きない』岩井勇気
新潮社　1,172円

私は、寝しなに考え事をして
「まんじりともせず朝」となるのを防止すべく、
頭の中に言葉を充満させて思考を止める妙薬として、
トーク中心のラジオを利用しています。

その晩は、清水ミチコさんとお笑いコンビ・ナイツの
「ラジオビバリー昼ズ」をきいていたら、
その日がちょうどこの本の発売日で、
著者の岩井勇気さんが
プロモーションのために出演していました。
彼がお笑いコンビのハライチの片割れで、
どういう漫才をするのかくらいはわかっていたけど
人物についてはあまりよく知らないという状態で
聴いていました。

芸人さんぽくもなく、まことにふつうのテンションで、
「テレビとか味付け濃いけど、
人生とかそんなに味付け濃くないし、
何にもないことを楽しんだほうがいいんじゃないか」
というようなことを書いているんだと話をされていました。
自分がテレビを観なくなった理由を
「テレビとか味付け濃い」と、端的に説明されたことが
すごく印象深かったんですが‥‥その日は寝落ちしました。
そして、幸いなことに翌朝起きても
そのことをちゃんと覚えていたので、
せっかくだから、Kindleでダウンロードしました。
（こういうお手軽さが電子書籍のとてもいいところだ！）

書かれていることは、およそ、
芸能人が書くのではとステレオタイプに想像するような、
芸能界の交遊録でもテレビの裏事情でもないですし、
激しいなにかへの主張が書かれているわけでもありません。

庭の雑草をどうにかしたいと思ったことや、
本棚を組み立てる話、コーヒーマシーンを買った話、
あんかけラーメンの汁を持ち歩く話などだったりします。
いや、時折は「それはなんでも無い話とは言い切れないな」
というようなものも入ってますよ、そりゃ。
相方の澤部佑さんのことを書いた話もあります。
でも、おおむね、
身の回りに起こった何でもないような題材だらけです。

だけど、するすると読んでしまうのは、
まず話の構成がすごくよくできていて、
その上で、ほどよい「あるある」だったり
うっすらとした大喜利だったりの仕掛けが
練り込まれていたり、
視点のねじれだったり、
嘘と現実の往き来なんかもあって、
一つ一つの話も、本の全体もほんとうにちょうどよい。
なんか、見事な“エッセイ”でした。

延々と読んでいられるので、いまも連載が続いている、
『小説新潮』にも手を出しそうになりましたが、
小出しに読むと余計に渇望しそうなので、
踏みとどまりました。
２冊目がシュッと出版されますように（祈）。

そうこうしているうちに、
世の中は「このご時世」に突入しました。
5月末の解除宣言で、軟禁状態からの脱出はできて、
すこしは日常が戻ってきはしたものの、
しばらくは、たくさん人に会ったり、
遠くに遊びに行ったりもせずで
ただでさえ薄味の人生に事件が起ころうはずもなく、
さらに薄味になっている状況です。ともすると無味です。
それでもまあ、この本に書かれているように、
「何にもないことを楽しんでみようか」と
思えるようになれば、
この先こんな状況がじわじわ続いたとしても、
気楽なんではないでしょうか。

そうそう、最後に。
この本を読んで良きかなとおもったら、
ぜひ、彼の出演しているラジオ番組の
「ハライチのターン」（TBSラジオ）も
聴いてみてください。
フリートークの部分が、
「語られるエッセイ」になっていることも多くあって
毎週おもしろいです。
最近は、ラジオはスマホのアプリ、
「radiko」のタイムフリー機能を使えば、
放送から一週間はいつでも聴けますので！