外出自粛暮らしが2ヵ月を過ぎ、
非日常と日常の境目が
あいまいになりつつあるようにも思える毎日。
でも、そんなときだからこそ、
あの人ならきっと「新しい思考・生活様式」を
身につけているにちがいない。そう思える方々がいます。
こんなときだからこそ、
さまざまな方法で知力体力を養っているであろう
ほぼ日の学校の講師の方々に聞いてみました。
新たに手にいれた生活様式は何ですか、と。
もちろん、何があろうと「変わらない」と
おっしゃる方もいるでしょう。
その場合は、状況がどうあれ揺るがないことに
深い意味があると思うのです。
いくつかの質問の中から、お好きなものを
選んで回答いただきました。
ゼロから何かを生み出す人を支える
ベンチャーキャピタリストという仕事をする
村口和孝さんが、ほぼ日の学校「シェイクスピア講座」に
講師として来てくださったのは、2年前の夏のことでした。
慶應義塾大学在学中、経済学の勉強はそっちのけで
シェイクスピア劇の演出に没頭していたという村口さん。
その経験から、ビジネスの世界に生きる今も
「人生は五幕くらいで構成されている」と考えています。
どういうことかというと、
一幕と二幕は必ずしも連続しているわけではない。
人生は「こうなったらこうなる」と
わかっているのではなくて、人は、
「人智を超えた断層的未来を生きていく」ものだ、と。
つまり、未来はわからないのだから、
不確実な未来に向かって身体と心を大きく開いて、
挑戦しつづければ良い。そう、おっしゃったのです。
そんな村口さんがいま、未来に向かってどんな風に
「開いて」いらっしゃるのか、聞いてみました。
●危機の中での情報交換の意義深さ
- ——
- 先が見通しにくい日々ですが、どんなことをなさっていますか?
- 村口
- ベンチャー企業20社ほどを応援しているなか、
突然、予期していなかったコロナ感染が広がりました。
それぞれの企業が成長を目指して挑戦しているけれど、
目先の環境の前提が大きく書き換わってしまった訳だから、
それぞれの起業家が新しいシナリオを
急遽書き換えなければならなくなっています。 - 最近、テレビの複数チャンネルをすべて
数日間録画できる「全録レコーダー」を買いました。
これで、テレビ番組のすべてをチェックしています。
混乱のなか、新型コロナという未知の情報に
人類はどう向き合って、どう行動し、
どう発言しているのか?
それを知るために、録画を早送りで飛ばしながら、
各テレビ局の速報情報を探索しています。
またSNSなどネット情報もあちこち目を通して、
自分も気が付いたことを発信して、反応を見ています。
日々、変化が起こるなかで、20社に影響がないか、
何かできることはないか、日々検討しています。 - 20社の状況を大きく分けると、
①資金繰りが危機に陥りヤバそうな先
②資金繰りは危機ではないが、
環境変化への対応を余儀なくされている先
③環境変化でかえって業績が好調な先
この三つになります。
それぞれに、どう対応していくのか、
起業家たちとの打合せは、ほぼすべて
電話かメッセージか、リモート会議に変わりました。
そうした打ち合わせは、不思議なことに、
危機の中での情報交換であるからこそ、
かつてなく意味深いものばかりになっています。
- 村口
- 資金繰り関係では、
日本政策金融公庫に支援を求めるなどの措置を講じる。
新しい機会をつかむという意味では、
マスクの輸入販売を緊急にできるようにしたり、
リモートワークのための就業規則の変更を検討したり、
状況を睨みながら臨機応変に動いています。 - 自分も既に感染していながら症状が現れていない
潜伏期間にいるのかもしれないと思ったり、
そんな訳ないと思ったりしながら、
コロナを怖がっているというよりは、
世の中の変化に敏感であろうとしている面が
強いのかなと思っています。
●大切なことを思い起こさせてくれる2冊
- ——
- いま改めて読むとおもしろい本を挙げてください。
- 村口
- 2冊あります。ひとつは、『失敗の本質』。
『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』
戸部 良一 (中公文庫) 838円
いまこそ、この本を読まれることを推薦します。
新型コロナという危機への対応を考えるのに
とても参考になるから。
第二次世界大戦の戦いを振り返って
分析した、36年も前に書かれた本ですが、
今回の新型コロナ危機に直面した時に
私たち日本人組織が陥りやすい失敗を、
振り返ることができる一冊です。
作戦目的があいまいで多義性を持っていた(中略)。
戦略策定の方法論は科学的合理主義というよりも
独特の主観的インクリメンタリズム
(引用者注・付け足し主義)であったこと、
戦略オプションは狭くかつ統合性に欠けていたこと、
そして資源としての技術体系は一点豪華主義で
全体としてのバランスに欠けていた(後略)」
(三章「失敗への教訓」)
官僚組織のなかに人的ネットワークを基盤とする
集団主義を混在させていたこと、
システムによる統合よりも
属人的統合が支配的であったこと、
学習が既存の枠組のなかでの強化であり、
かつ固定的であったこと、
そして業績評価は結果よりも
プロセスや動機が重視されされたこと、
などが指摘された。
これらの原因を総合していえることは、
日本軍は自らの戦略と組織をその環境に
マッチさせることに失敗したということである」(同上)
まるで今回のことを反省しているかのような内容です。
日本の組織はよほど同じ失敗を繰り返しやすいのか、
書かれた内容はいまも全く古びていません。
この本にはスタートアップベンチャーにとっても、
株式市場上場を目指して組織化を進める時、
注意しないといけないことがいっぱい書いてあります。
まだ読んでいない人は、
ぜひこの機会に読んでみると良いと思います。
危機の中で読んでこそ、わかることがあるはずです。
- ——
- もう一冊は?
- 村口
- 『孫子』です。
『新訂 孫子』 (岩波文庫) 726円
- 村口
- 中国最古の兵書ですね。
戦争の前線は、命懸けの危機状態です。
その危機にあって、大切なことは何か?
これが真摯に書かれている古典だと思います。
今回の新型コロナも大いなる危機状態です。
その時、重要なことは何なのでしょうか? - 原書を、できるだけ解説抜きでよく読むと、
古代の人々が戦争せざるを得ない現場の
命懸けのギリギリの知恵が、真摯に、現実的に
書かれていることが、ひしひしと伝わってきます。
戦争に関係なくても、真剣に良く生きようとする人には、
きっと宝物になる一行がどこかに見つかる一冊です。
私は学生時代から、辛いとき、ゆき詰ったときなど、
何度、生きるヒントを得て助けられたかわかりません。 - たとえば始まりの「道天地将法の五事」で、
軍隊の勝敗は戦わずしてわかる、というくだり。 - 道は、人の大義を示して人心を掌握すること。
天は、疫病がたまたま急に広がるなど
人間が制御できない未知への深い理解。
地は、目の前の現実的状況の変化に、機敏に対応する。
将は、リーダーの資質と実行力。
法は、ルールを示し分かりやすく運用すること。 - 重大なことがらが毎日変化して対応を迫られる
新型コロナへの各国政府の対応に
五事で優劣をつけてみると、勝敗は自ずと明らかです。
この五つのことがいかに大切かよくわかります。
さすがに、戦時という生死のぎりぎりで
得られた知恵だけのことはあるのです。
●事務所のあり方を抜本的に考え直す
- ——
- これを機に、やめてしまったこと、
「なくても生きていける」と気づいたことは
ありますか?
- 村口
- 今までのオフィス環境がなくなっても、
事業を継続していけていることに気がついて、
これまでの事務所そのものの在り方、人の働き方を
抜本的に考え直そうかと思うようになっています。
- ——
- これは「守っていかなくてはいけない」と
強く思われたことはありますか?
- 村口
- 自分自身への、世の中からの事業活動上の信頼感を、
今まで以上に大事にしなければならない、
維持しなければならないなと思っています。
相手にとって、自分の存在は
リモートのネットの中にしか無いので、
きちんと仕事をして互いに信頼感を担保しておかないと、
消えてしまいかねないという恐怖感が
自分の中に生まれているのかも知れません。
●私は社会的に良い者なのか、
悪い者なのか?
- ——
- コロナ禍が去ったときに
「忘れてしまいたくないこと」は何ですか?
- 村口
- 自分の一生の中で、こんな酷い状況を
経験するとは思ってもみませんでした。
お亡くなりになった方々は本当に痛ましいし、
ご冥福を心からお祈りしたいと思います。 - ただ、私は、
こんな経験からさえも得るものがあると思いたい。
この断崖絶壁の経験は、官僚国家日本の
縦割り社会のボトルネックを改めて露呈し、
再発見させてくれたと言えるかもしれない。
そんな発見を重ねていけば、この経験は、
自分の活動のレベルアップに役立つに違いないと思います。 - 五月の連休明け、緊急の仕事があって、
品川区の戸越銀座商店街に行きました。
外出自粛が求められているにもかかわらず、
たくさんの人がいました。
男も女も、老いも若きも、多くの人がマスクをして、
眼だけをキラキラ光らせながら、
とにかく生活していこうと、
自粛の中で玉ねぎや安い豚肉を選んでいました。
意図せず、人が大勢になっていたのです。 - そのなかに自分が混じったとき、
私は社会的に良い者なのか、悪い者なのか、
一瞬わからなくなりました。
そんなことは考えたこともなかっただけに、
あれは貴重な経験でした。きっとこれからも、
そういう新しい経験に出会っていくでしょう。
自分の心の動きをおもしろがって、
観察しつづけようと思います。 - (おわり)
プロフィール
実業家。慶應義塾大学大学院経営管理研究科講師。1998年に立ち上げた個人型ベンチャーキャピタルの日本テクノロジーベンチャーパートナーズ代表。投資成功例としてDeNAが知られる。慶應義塾大学経済学部卒業。「ふるさと納税」制度の提唱者としても知られる。著書に『私は、こんな人になら、金を出す!』。ベンチャーキャピタルについて学ぶためにシリコンバレーを訪れたとき、「ベンチャーキャピタリストになるために何が必要か」と尋ねて、君は何をしてきたのかと逆に聞かれ、「シェイクスピア劇を演出した」と答えると、「シェイクスピアの演出という経験こそが、ベンチャーキャピタリストになるために必要な素養である」と太鼓判を押された経験を持つ。1958年生まれ。
(つづく)
2020-05-23-SAT