外出自粛暮らしが2ヵ月を過ぎ、
非日常と日常の境目が
あいまいになりつつあるようにも思える毎日。
でも、そんなときだからこそ、
あの人ならきっと「新しい思考・生活様式」を
身につけているにちがいない。そう思える方々がいます。
こんなときだからこそ、
さまざまな方法で知力体力を養っているであろう
ほぼ日の学校の講師の方々に聞いてみました。
新たに手にいれた生活様式は何ですか、と。
もちろん、何があろうと「変わらない」と
おっしゃる方もいるでしょう。
その場合は、状況がどうあれ揺るがないことに
深い意味があると思うのです。
いくつかの質問の中から、お好きなものを
選んで回答いただきました。
競技かるたの魅力を日本中に教えてくれた
大人気漫画「ちはやふる」。
その作者の末次由紀さんは、
2019年のほぼ日株主ミーティングで
特別講演をしてくださいました。
そのときの講演タイトルは、「百人一首が笑っている。」
約800年も昔にまとめられた「和歌」たちが
かるたという形で今もなおたくさんの人に愛されている。
そのことを、その歌たちも笑いながら喜んでいるだろう。
末次さんはそう言いました。
そんな、時代を超えて受け継がれてきた百人一首も
さまざまな大会が中止を余儀なくされている
今の状況のなかで、末次さんはどんな「生活様式」で
過ごされているのでしょう。
ご自身も「百人一首」をこころから大切にし、
次の世代へとつなげていこうとする
彼女のまわりに広がっていたのは
子どもたちへの愛にあふれる光景でした。
●突然の「合宿」スタート
「合宿して勉強するか」
2月最後の日、テレビで突然の
休校措置の宣言がなされてすぐ、夫が言った。
その時はアシスタントさんが仕事場に揃って
漫画の仕上げ合宿をしている最終日で、
子供を持つアシスタントさんと
「休校って‥‥どうしよう?」
と顔を見合わせていた時だった。
合宿して勉強。
それはもちろん子供たちの話だ。
私には9歳7歳5歳3歳(女男男女)の子供がおり、
保育園はまだ保育を続けてくれる
ということにホッとするけれど、
小学校休校は他人事じゃない。
昔から親しくしている友人家族の子供の
学習相談などにも乗っていた夫。
その子供たちの学びを集中的に上げるには
いい機会なのではないかと
「合宿勉強」という考えが出た。
このやり方なら、外に出る必要もない。
夫はプロの家庭教師だ。
新型コロナウィルスに襲われる世界で、
いろんな活動がストップしてしまった。
飲食店も業態を変えないといけない。
至る所で休校措置や閉鎖措置。
子供の行き場も大人の行き場もない。
そんな状況で、仕事にあまり影響がない漫画家と
プロ家庭教師の夫婦という組み合わせが
どれほど幸運だったかを、
私は3ヶ月かけて知ることになる。
●大家族になる
3月初めに、友人のふた家庭から、
中2&小2の姉妹と小5&小2の姉弟が我が家にやってきた。
これまでも何度も泊まりにきていたから慣れたもので、
「合宿」と言っても
一週間くらいで帰る感じかなと思っていた。
姉妹のお母さんと姉弟のお母さんもサポートで来てくれて、
大人4人子供8人の生活が始まる。
午前中3時間、午後3時間、
リビングの机は鉛筆と消しゴムとプリントで一杯になり、
プロ家庭教師による個別指導が始まる。
中には本当に文字を読むのが嫌で泣き出す子、
机の前に座り続けるのが嫌で逃げ出す子、
精神を遠くに飛ばして戻ってこない子。
「放っておいても
自分で理解して進んでくれるのは2人だけで、
あと4人は重症」という夫の言葉に親一同心臓が縮む。
(勤め仕事が続くパパたちは、
リスクに配慮して時々のサポート。)
一週間くらい頑張って、一旦帰宅かな?
と思っていたら、ママの一人の具合が悪くなる。
熱が一週間下がらず‥‥病院にも行けない‥‥?
コ、コロナかもしれない‥‥。
そんな状況のなかで、子供たちを帰せない!
ママさんには養生に専念してもらうことにして、
合宿生活継続に。
3月末からは、同じマンションに住む
長女の同級生二人にも声をかけ、
小中学生8人で勉強。
自慢ではないが、通常生活のとき
私は週に一度程度しか料理をしなかった。
米も全く減らず、食パンを買うこともなく、
買い物にも行かない。
一体何を食べていたのかな?
と今になっては思う(近くに住む両親の助けが大きい)。
漫画を書くことにできる限りの能力を注ぐ日々だった。
そんな私が朝は11人分の朝ごはんを作り、
勉強合間のおやつにトマトと胡瓜を大量に用意し、
晩ご飯は時に17人分を作る生活になった。
お米が笑えるくらいどんどん減る。
4月に入ってもコロナ禍はおさまる気配なく世界を蝕んで、
毎日テレビでは現実と思えない数字が出る。
とうとう保育園まで休園になり、
日中から子供10人の面倒を見る生活になった。
そんなの大変でしょう‥‥と思うかもしれない。
でもそれが、快適だったのだ。
私たち夫婦だけじゃなく、
優しいママさん3人で取り組めたというのが大きかったが、
この拡大された家族は、個別の家族よりも
安定感と社会性とそして逃げ場があった。
子供たちはいつも何処かで喧嘩をして、
どこかで仲良くしていた。
遊びには子供同士誰かが付き合ってくれたし、
大人が「手伝ってー」といえば子供の誰かが助けてくれた。
その「誰か」がいつも流動的であるくらいに
10人という数字は充実していた。
子供たちは一ヶ所に集まって、
「誰なのそれ??」というアーティストの歌を大声で歌い、
夜は公園に散歩に行って信じられない距離を歩き、
「keep out」の貼られていない公園を見つけては
遊具で遊び、
運動不足を解消するために
20階を超える階段を歌いながら往復した。
1000ピースのパズルを2種類完成させた。
文字が嫌いで漫画さえ読めなかった子が、
友達と一緒に話したくて漫画を読む楽しさに目覚め、
「鬼滅の刃」最終回が載る『少年ジャンプ』を
12時になった瞬間を待ち構えて一緒に読んだ。
全然家に帰れずお母さんに会えない状況の子に
「寂しくない?」と声をかけた。
「全然」と笑う。
本当の気持ちはもっと深くにあるかもしれない。
それでも思う。子供の強さを。
友達と安心して眠れる場所があれば、
子供は大丈夫なのだ。
大人のできることはそのサポートだけなのだ。
●子供が教えてくれたこと
半ば閉じ込められ、活動を減らすことを推奨された生活は、
私にとって幼児から生き直すようなそんな感覚があった。
家庭という守られた空間の中で、
子供たちに食事を作りながら、パンケーキの作り方、
チキン南蛮のタレの作り方、お米の研ぎ方を教え、
洗濯物を一緒に干して取り込んで畳む、
そのやり方を学ばせる。
この期間にヘッドフォンをつける事を
覚えた子たちがみんな言う。
「ヘッドフォンってすごいね!これすごいね!」
それは、イヤホンを初めてつけた中学生の頃の
私の感覚をそのままなぞるような、
世界が閉じ、同時に広がって行く感覚。
外部の人間に会うことが許されない世界で、
拡大された家族はみんな少しずつ成長して行った。
爪を切り、髪を切り、「服が小さくなった」と言う。
その成長を10人分見られた。
とてつもなく瑞々しい日々だった。
3ヶ月を綺麗に包み込んでいた拡大家族生活が
6月に入って終わった。
みんな家に帰り、行くはずだった学校に行き、
夕方は塾に通う。
のびやかに遊ぶことが許されなかったこの春。
立ち入り禁止の公園を前にした時よりも、
子供たちの新しい日常が窮屈だったらどうしよう。
子供たちが未来に持っていくべき知識は、
学校でしか学べないものだろうか。
もっと多様であってもいいのかもしれない。
家族の形も、もっと自由であっていいのかもしれない。
つまづく子を根気強く励ます夫の姿にプロを感じた。
その、私の尊敬する伴侶が言う。
「ここで終わったら全部忘れる。
夏にはまた合宿するからな」
プロフィール
漫画家。1992年『太陽のロマンス』で
第14回なかよし新人まんが賞佳作を受賞、
同作品が「なかよし増刊」(講談社)に
掲載されデビュー。
07年から「BE・LOVE」(講談社)で
競技かるたをテーマにした『ちはやふる』の連載を開始。
09年同作で第2回マンガ大賞2009を受賞するとともに
『このマンガがすごい! 2010』(宝島社)
オンナ編で第1位となる。
11年『ちはやふる』で、
第35回講談社漫画賞少女部門を受賞。
『ちはやふる』は現在も連載がつづいており、
最新刊は、44巻が2020年5月発売。
テレビアニメや実写版の映画にもなり、
現実の競技かるた浸透にも影響を及ぼしている。
Twitter @yuyu2000_0908
Instagram yuki.suetsugu.5
(つづく)
2020-06-08-MON