美術館が所蔵している作品や
常設展示を観に行く連載・第4弾です。
今回は、2020年にオープンした
アーティゾン美術館へうかがいました。
前身は、歴史あるブリヂストン美術館。
東京・京橋の街中で、
ピカソやルノワールを見られる美術館が、
新しくうまれ変わったのです。
現在、休館中に新たに収蔵した作品を
たっぷり楽しめる
「STEPS AHEAD :
Recent Acquisitions 新収蔵作品展示」
を開催しているので、そのようすを取材。
作品を解説してくださったのは、
学芸員の島本英明さん。
担当は、ほぼ日奥野です。さあどうぞ!
- ──
- 次はキュビスムの作品‥‥え、
この有名なセザンヌの絵も、キュビスム。
- 島本
- この作品をここに持ってきている理由は、
キュビスム、フォーヴィスムはじめ
20世紀の絵画に
決定的な影響を与えたという意味です。
- ──
- なるほど。
セザンヌ、まさに「近代絵画の父」だと。 - ちなみにキュビスムというと、
ピカソとブラックしか知らないのですが、
そのふたり以外にも。
- 島本
- はい、たしかにその2名が中心ですが、
革命的なムーブメントだったので、
たくさんのフォロワーを生んでいます。 - たとえば、この
フランス人のメッツァンジェが、そう。
- ──
- はああ‥‥この人は知りませんでした。
- ピカソやブラックよりも、
少しあとの世代の人ということですか。
- 島本
- ピカソとは2歳ほどしか違わないので、
同世代ですね。
- ──
- キュビスムの中でも、有名な人?
- 島本
- 代表的な画家のひとりです。
- キュビスムは
1909年くらいに起こったんですが、
この作品が、1916年。
キュビスムの整理も進んだころですね。
装飾的な感じすらあります。
- ──
- ピカソやブラックのそれとは、
たしかに、ちょっと雰囲気がちがって、
どこか「秩序」も感じます。
- 島本
- こちらセヴェリーニも
キュビスムの影響下にあったイタリア人画家。
- ──
- セヴェリーニさん‥‥楽器?
- 島本
- はい、路上で楽器を演奏していますね。
一部に点描を用いていたりします。
- ──
- ああ、本当ですね。左下のあたり。
- 島本
- 台形や円形など、構成要素を部分ごとに
幾何学形態に還元して、
色彩も使いわけているんです。
- ──
- ピカソやブラックがはじめたキュビスムを、
こうやって、いろんな作家が、
さらに発展させていったということですか。
- 島本
- そうですね。称賛のあとの反発や批判‥‥
みなが感じはじめた
キュビスムの限界を克服しようとする考え。
さまざまな動きが出てきます。 - ブラックもピカソも、
1910年代半ばにはキュビスムを離れて、
次なる段階へと進んでいくんですが。
- ──
- そうすると、創始者たちにとっては
10年に満たないくらい、だったんですか。 - キュビスムをやっていた時代って。
- 島本
- そうですね。そしてその後、
キュビスムは日本へも伝わってくるんです。 - こちらは
1921年ですから関東大震災の少し前の、
古賀春江という人の作品です。
- ──
- 東京国立近代美術館にある《海》で有名な。
大正とか昭和初期の男性画家ですよね。 - シュルレアリスムの文脈で見たような気が。
キュビスムの時代もあったんですね。
- 島本
- はい、彼はずっと日本に住んでいたので、
キュビスムについては、
当時の雑誌などを見て研究したそうです。 - 実物を観ることもなく、
参照するソースが限られておりながらも、
これほどの作品を残した。
パリから遠く離れた日本へも、
キュビスムの熱狂は伝わっていたんです。
- ──
- ただ、実物も見れず、本だけの知識だと、
微妙に変容しなかったんでしょうか。 - キュビスムの「解釈」的なものって。
- 島本
- ええ、あっただろうと思います。
- ──
- 当時の雑誌の写真なんかだと、
きっとそれほど鮮明じゃないでしょうし、
ぼんやりした画像を見て、
「ああ、これがキュビスムか」とか。
- 島本
- そういった限界のなかでの創作の場合は、
土着のものと、
さまざまに混じり合う表現となります。
で、おうおうにして、
そこに個性やおもしろみがうまれますね。 - ちなみに、
ここ第2章にキュビスムを配した理由は、
それが、
のちの抽象表現のひとつのはじまりだと、
考えているからです。
- ──
- セザンヌからキュビスム、抽象へ‥‥と、
流れで見ていくの、おもしろいなあ。
- 島本
- 今後、当館では、
20世紀の抽象芸術の収集に注力しよう、
という思いもあり、
新収蔵展の序盤‥‥起点に、
キュビスムの作品を展示しているんです。
- ──
- アーティゾン美術館さんの、
収蔵方針の方向性を示しているんですね。 - 今回の「STEPS AHEAD」展は。
- 島本
- 次は肖像写真をまとめて展示しています。
芸術家の肖像です。
- ──
- ああ、名前は知っていても、
芸術家の顔って、知らないかもしれない。
- 島本
- こちら、マネです。
- ──
- あ、マネ!
- ドガが描いてマネにプレゼントしたけど、
マネが
気に入らなくて一部を切り取っちゃった
《マネとマネ夫人像》のマネにそっくり。
あたりまえかもしれませんが‥‥。
- 島本
- ははは、そうですね。
こちらはアングル、カミーユ・コローなど。
- ──
- コロー‥‥風景画の。
なんだか意外なお顔でした(笑)。 - それじゃあ、こちらはどなたでしょうか。
このイケメンっぽい人は。
- 島本
- この方はディアズ・ドラペーニャという
バルビゾン派の画家です。
- ──
- ああ、残念ながら知らない人です。
- 有名だけどこんな意外な顔してるんだあ、
みたいな方っていますか?
- 島本
- どうでしょう、むずかしいですね(笑)。
- こちらが、先ほど
奥野さんがお好きだとおっしゃっていた
ファンタン=ラトゥールです。
- ──
- ああ、きらきらしたお花の絵を描く人。
こんな方でしたか。へえ‥‥。
- 島本
- そしてロートレック、ロダン。
- ──
- ロートレックさんの写真は有名ですよね。
ロダン‥‥は、どこか彫刻的なお顔立ち。
- 島本
- こちらは、ドガ。晩年のドガです。
- ──
- いやあ、めちゃくちゃおもしろいですね、
この肖像写真のコーナー。 - この人があの絵を‥‥って浮かんで来て。
有名なニエプスの写真の実験が、
1820年代ですから、
それ以降の近代の画家が主なんですかね。
- 島本
- 19世紀から20世紀の初頭に、
フランスで活躍していた芸術家たちです。
- ──
- ゴッホの写真はないんですか。
- 島本
- ゴッホはないですね。
- ──
- あれだけ自画像を残した人ですけど、
本人の写真って、
若いころの1枚以外にないですよね。
- 島本
- マティスなら、こちらに。
- ──
- おお、マティス。
晩年、かなり恰幅よかったんですよね。 - でもすごい迫力。顔が四角になってる。
撮ってる人は‥‥有名な人ですか?
- 島本
- マティスは撮影者不詳なんですけれど、
マネやクールベを撮ったのは、
あの有名な写真家のナダールですよ。
- ──
- ああ、自分のアトリエを
第1回印象派展の会場として貸した人。
- 島本
- これでも一部です。
収蔵している肖像写真の、ほんの一部。 - 当館では、
それだけで展覧会をやれるくらいの数、
コレクションしています。
- ──
- 知りませんでした。横浜美術館さんも
写真コレクションがすごいですけど、
アーティゾンさんの場合は、
「芸術家の肖像写真」を、
意識して収蔵してきたということですか。
- 島本
- はい。写真って、展示そのものとしても、
展示の肉づけにもなるんです。
作品であると同時に資料性も高いんです。
- ──
- 何よりおもしろいです、このコーナー。
- 島本
- ありがとうございます(笑)。
(つづきます)
2021-07-02-FRI
-
ブリヂストン美術館を休館した後、
2020年に
新しい美術館として開館した、
アーティゾン美術館。
開催中の「STEPS AHEAD」では、
この真新しいミュージアムに
新たに収蔵された作品を、
たっぷりと楽しむことができます。
なんと展示の半数近くが、
はじめて公開される作品とのこと。
メインビジュアルに採用された
エレイン・デ・クーニングはじめ
女性作家たちの抽象画、
藤島武二、キュビスム、具体、
マティスの素描‥‥など
3つのフロアにまたがる展示は、
みごたえ十分です。
ルノワール、ピカソ、青木繁など
この美術館の代表作も。
9月まで会期も延長されたので、
ぜひ、足をお運びください。
チケットなど詳しいことは
アーティゾン美術館の公式サイトで
ご確認ください。