美術館が所蔵している作品や
常設展示を観に行く連載・第4弾です。
今回は、2020年にオープンした
アーティゾン美術館へうかがいました。
前身は、歴史あるブリヂストン美術館。
東京・京橋の街中で、
ピカソやルノワールを見られる美術館が、
新しくうまれ変わったのです。
現在、休館中に新たに収蔵した作品を
たっぷり楽しめる
「STEPS AHEAD :
Recent Acquisitions 新収蔵作品展示」
を開催しているので、そのようすを取材。
作品を解説してくださったのは、
学芸員の島本英明さん。
担当は、ほぼ日奥野です。さあどうぞ!

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第2回 キュビスムと、肖像写真。

──
次はキュビスムの作品‥‥え、
この有名なセザンヌの絵も、キュビスム。

ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》1904-06年頃 ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》1904-06年頃

島本
この作品をここに持ってきている理由は、
キュビスム、フォーヴィスムはじめ
20世紀の絵画に
決定的な影響を与えたという意味です。
──
なるほど。
セザンヌ、まさに「近代絵画の父」だと。
ちなみにキュビスムというと、
ピカソとブラックしか知らないのですが、
そのふたり以外にも。
島本
はい、たしかにその2名が中心ですが、
革命的なムーブメントだったので、
たくさんのフォロワーを生んでいます。
たとえば、この
フランス人のメッツァンジェが、そう。

ジャン・メッツァンジェ《円卓の上の静物》1916年 ジャン・メッツァンジェ《円卓の上の静物》1916年

──
はああ‥‥この人は知りませんでした。
ピカソやブラックよりも、
少しあとの世代の人ということですか。
島本
ピカソとは2歳ほどしか違わないので、
同世代ですね。
──
キュビスムの中でも、有名な人?
島本
代表的な画家のひとりです。
キュビスムは
1909年くらいに起こったんですが、
この作品が、1916年。
キュビスムの整理も進んだころですね。
装飾的な感じすらあります。
──
ピカソやブラックのそれとは、
たしかに、ちょっと雰囲気がちがって、
どこか「秩序」も感じます。
島本
こちらセヴェリーニも
キュビスムの影響下にあったイタリア人画家。
──
セヴェリーニさん‥‥楽器?
島本
はい、路上で楽器を演奏していますね。
一部に点描を用いていたりします。

ジーノ・セヴェリーニ《金管奏者(路上演奏者)》1916年頃 ジーノ・セヴェリーニ《金管奏者(路上演奏者)》1916年頃

──
ああ、本当ですね。左下のあたり。
島本
台形や円形など、構成要素を部分ごとに
幾何学形態に還元して、
色彩も使いわけているんです。
──
ピカソやブラックがはじめたキュビスムを、
こうやって、いろんな作家が、
さらに発展させていったということですか。
島本
そうですね。称賛のあとの反発や批判‥‥
みなが感じはじめた
キュビスムの限界を克服しようとする考え。
さまざまな動きが出てきます。
ブラックもピカソも、
1910年代半ばにはキュビスムを離れて、
次なる段階へと進んでいくんですが。
──
そうすると、創始者たちにとっては
10年に満たないくらい、だったんですか。
キュビスムをやっていた時代って。
島本
そうですね。そしてその後、
キュビスムは日本へも伝わってくるんです。
こちらは
1921年ですから関東大震災の少し前の、
古賀春江という人の作品です。

古賀春江《無題》1921年頃 古賀春江《無題》1921年頃

──
東京国立近代美術館にある《海》で有名な。
大正とか昭和初期の男性画家ですよね。
シュルレアリスムの文脈で見たような気が。
キュビスムの時代もあったんですね。
島本
はい、彼はずっと日本に住んでいたので、
キュビスムについては、
当時の雑誌などを見て研究したそうです。
実物を観ることもなく、
参照するソースが限られておりながらも、
これほどの作品を残した。
パリから遠く離れた日本へも、
キュビスムの熱狂は伝わっていたんです。
──
ただ、実物も見れず、本だけの知識だと、
微妙に変容しなかったんでしょうか。
キュビスムの「解釈」的なものって。
島本
ええ、あっただろうと思います。
──
当時の雑誌の写真なんかだと、
きっとそれほど鮮明じゃないでしょうし、
ぼんやりした画像を見て、
「ああ、これがキュビスムか」とか。
島本
そういった限界のなかでの創作の場合は、
土着のものと、
さまざまに混じり合う表現となります。
で、おうおうにして、
そこに個性やおもしろみがうまれますね。
ちなみに、
ここ第2章にキュビスムを配した理由は、
それが、
のちの抽象表現のひとつのはじまりだと、
考えているからです。
──
セザンヌからキュビスム、抽象へ‥‥と、
流れで見ていくの、おもしろいなあ。
島本
今後、当館では、
20世紀の抽象芸術の収集に注力しよう、
という思いもあり、
新収蔵展の序盤‥‥起点に、
キュビスムの作品を展示しているんです。
──
アーティゾン美術館さんの、
収蔵方針の方向性を示しているんですね。
今回の「STEPS AHEAD」展は。
島本
次は肖像写真をまとめて展示しています。
芸術家の肖像です。
──
ああ、名前は知っていても、
芸術家の顔って、知らないかもしれない。
島本
こちら、マネです。

ナダール(フェリックス・トゥールナション)「エドゥアール・マネ(1832-1883)」年代不詳 ナダール(フェリックス・トゥールナション)「エドゥアール・マネ(1832-1883)」年代不詳

──
あ、マネ! 
ドガが描いてマネにプレゼントしたけど、
マネが
気に入らなくて一部を切り取っちゃった
《マネとマネ夫人像》のマネにそっくり。
あたりまえかもしれませんが‥‥。
島本
ははは、そうですね。
こちらはアングル、カミーユ・コローなど。

アンリ=ルイ・ラヴォー「カミーユ・コロー(1796-1875)」年代不詳 アンリ=ルイ・ラヴォー「カミーユ・コロー(1796-1875)」年代不詳

──
コロー‥‥風景画の。
なんだか意外なお顔でした(笑)。
それじゃあ、こちらはどなたでしょうか。
このイケメンっぽい人は。
島本
この方はディアズ・ドラペーニャという
バルビゾン派の画家です。
──
ああ、残念ながら知らない人です。
有名だけどこんな意外な顔してるんだあ、
みたいな方っていますか?
島本
どうでしょう、むずかしいですね(笑)。
こちらが、先ほど
奥野さんがお好きだとおっしゃっていた
ファンタン=ラトゥールです。
──
ああ、きらきらしたお花の絵を描く人。
こんな方でしたか。へえ‥‥。
島本
そしてロートレック、ロダン。

ポール・セスコー「アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864-1901)」1894年頃 ポール・セスコー「アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864-1901)」1894年頃

──
ロートレックさんの写真は有名ですよね。
ロダン‥‥は、どこか彫刻的なお顔立ち。

ドルナック(ポール・マルサン)「オーギュスト・ロダン(1840-1917)」1917年 ドルナック(ポール・マルサン)「オーギュスト・ロダン(1840-1917)」1917年

島本
こちらは、ドガ。晩年のドガです。
──
いやあ、めちゃくちゃおもしろいですね、
この肖像写真のコーナー。
この人があの絵を‥‥って浮かんで来て。
有名なニエプスの写真の実験が、
1820年代ですから、
それ以降の近代の画家が主なんですかね。
島本
19世紀から20世紀の初頭に、
フランスで活躍していた芸術家たちです。
──
ゴッホの写真はないんですか。
島本
ゴッホはないですね。
──
あれだけ自画像を残した人ですけど、
本人の写真って、
若いころの1枚以外にないですよね。
島本
マティスなら、こちらに。

撮影者不詳「アンリ・マティス(1869-1954)」年代不詳 撮影者不詳「アンリ・マティス(1869-1954)」年代不詳

──
おお、マティス。
晩年、かなり恰幅よかったんですよね。
でもすごい迫力。顔が四角になってる。
撮ってる人は‥‥有名な人ですか?
島本
マティスは撮影者不詳なんですけれど、
マネやクールベを撮ったのは、
あの有名な写真家のナダールですよ。
──
ああ、自分のアトリエを
第1回印象派展の会場として貸した人。
島本
これでも一部です。
収蔵している肖像写真の、ほんの一部。
当館では、
それだけで展覧会をやれるくらいの数、
コレクションしています。
──
知りませんでした。横浜美術館さんも
写真コレクションがすごいですけど、
アーティゾンさんの場合は、
「芸術家の肖像写真」を、
意識して収蔵してきたということですか。
島本
はい。写真って、展示そのものとしても、
展示の肉づけにもなるんです。
作品であると同時に資料性も高いんです。
──
何よりおもしろいです、このコーナー。
島本
ありがとうございます(笑)。

提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三 提供:アーティゾン美術館 撮影:木奥惠三

(つづきます)

2021-07-02-FRI

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  • ブリヂストン美術館を休館した後、
    2020年に
    新しい美術館として開館した、
    アーティゾン美術館。
    開催中の「STEPS AHEAD」では、
    この真新しいミュージアムに
    新たに収蔵された作品を、
    たっぷりと楽しむことができます。
    なんと展示の半数近くが、
    はじめて公開される作品とのこと。
    メインビジュアルに採用された
    エレイン・デ・クーニングはじめ
    女性作家たちの抽象画、
    藤島武二、キュビスム、具体、
    マティスの素描‥‥など
    3つのフロアにまたがる展示は、
    みごたえ十分です。
    ルノワール、ピカソ、青木繁など
    この美術館の代表作も。
    9月まで会期も延長されたので、
    ぜひ、足をお運びください。
    チケットなど詳しいことは
    アーティゾン美術館の公式サイト
    ご確認ください。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館