いろんなミュージアムが所蔵する作品や
常設展示を観に行く連載・第5弾は、
日本初の国立の美術館・
東京国立近代美術館にうかがいました。
もうまったく書き切れないですが、
セザンヌ、横山大観、アンリ・ルソー、
和田三造、靉光、藤田嗣治‥‥の名品から、
具体美術協会や「もの派」など
世界に誇る日本のアーティストの傑作まで。
見応え抜群、煌めきの所蔵作品を、
丁寧に熱く解説してくださったのは、
主任研究員の成相肇さん。
所蔵作品もすごいけど、成相さんの
東近美への「愛情」もすごかった‥‥!
それはもう、
聞いてるこちらがうれしくなるほどに。
担当は、ほぼ日奥野です。さあどうぞ。
- ──
- こちらの空間、いつも不思議でした。
- 行き止まりのちっちゃなスペースで、
壁の線は「模様」じゃなく
全体的に「作品」なんでしょうけど、
いったい、どういう芸術なのかと。
- 成相
- まず、前提として、このスペースは
「建物を思う部屋」と言います。 - 当館が竹橋に移転して約30年の
2001年に、
内装をリニューアルしているんですけれど、
この場所だけ、
建てられた当時のまま残されていて、
今はプロジェクトスペースとして、
折々で、さまざまな展示をしているんです。
- ──
- あ、中身も変わってたんですか。
- 成相
- これの前は「もの派」の菅木志雄さんの
木板とワイヤーをつないだような
インスタレーションを展示していました。
- ──
- じゃ、この作品も、いずれは外される?
- 成相
- 壁に描いている作品ですから、
展示替えの際は、
おそらく「塗り替え」になるはずですが、
当面は、このままでしょう。 - まだ、できたばかりですし、
つくるのは、相当に、大変なことなので。
- ──
- 具体的には、誰の何という作品ですか。
- 成相
- はい、ソル・ルウィットという美術家の
ウォール・ドローイングです。
2020年の12月から展示しています。 - 作品名を
《ウォール・ドローイング#769
黒い壁を覆う
幅36インチ(90cm)のグリッド。
角や辺から発する
円弧、直線、非直線から二種類を
体系的に使った組み合わせ全部。》
と言います。
- ──
- 長い(笑)。
- 成相
- この作品を購入したのは、2018年。
- すでに、ソル・ルウィット本人は
亡くなっていましたが、
冨井さんの折り紙の作品と同じように、
作家の残した指示書に従って、
この場所に作品を「つくった」んです。
- ──
- つくった‥‥というと‥‥。
- 成相
- ドラフトマンと呼ばれる、
ソル・ルウィット作品の線を描く資格を、
持っている人がいるんです。 - ルウィット本人が任命したんですが、
その方にお願いして、つくってもらって。
- ──
- つまり、購入の時点では
具体的な物体を買ったわけではなくて、
展示しようとなったときに、
そうすることをゆるされている人が、
この空間に、
ソル・ルウィット作品を「つくった」。
- 成相
- はい。
- ──
- おもしろいなあ。
- 線を描いた「ドラフトマン」さんって、
どういう人なんですか?
- 成相
- 日本には1人しかいません。
- 当初、
アメリカから呼んでくる予定でしたが、
コロナ禍で来れなくなってしまい、
調べると、日本にもいらっしゃった。
その方がアシスタント2名を連れて、
大阪からいらして、
1ヶ月半、東京に滞在して、
朝から夕方まで、
毎日毎日、作業してくださったんです。
- ──
- 作家の代わりに、作品を描く‥‥。
そんな仕事があるんですね。 - その方も、もともと美術家なんですか。
- 成相
- はい、美術家の場合もありますし、
図面を引くような
建築系の人の場合もあるようです。 - ドラフトマンが介在するということが、
この作品の最大のおもしろさ。
ふつうだったら、
画家本人の描いたものが「作品」です。
でも、この場合は
作家と作品の間に他者が入っていて、
その人がつくっても「作品」なんです。
- ──
- 写真家の牛腸茂雄さんの作品は、
牛腸さん亡きあとも、
写真家の三浦和人さんが焼いてますが、
写真家とプリンターみたいな関係性を、
「線を描く」という表現でも、
結んじゃってるのがおもしろいですね。
- 成相
- たとえ本人がいなくても、
本人の「指示」さえ残されているなら、
新しい作品が、うまれる。
- ──
- そのドラフトマンさんって、
他の作家の作品も手掛けてるんですか。
- 成相
- あ、いえ、ルウィットが、
その人をドラフトマンと呼んだだけで、
「ドラフトマンという仕事」が
一般に存在するわけじゃないんですよ。 - ドラフトマンが活躍するのは、
ルウィット作品以外には、ないんです。
基本的には。
- ──
- ああー‥‥そういうことですか。
じゃあ、いっそうユニークですね。 - そういう人がアメリカにいて、
日本にもひとりいたということですか。
- 成相
- 今回、大阪から来てくださったかたは、
パートナーが版画の摺師で、
ルウィットの版画も手掛けていて、
そのような交流を
作家本人と結んでいたという方でした。
- ──
- そういう作品だったんだ。この部屋。
- 成相
- ちなみに「近代美術館」という名前で、
レトロな印象を抱かれがちですが、
いまのように、
現代の新しい作品の収集もしています。 - その点、強調しておきたいと思います。
- ──
- はい。しかと覚えておきます。
- 成相
- 近世があり、近代があり、現代がある、
という「時代区分」として
「近代」を捉えがちですけれど、
そもそも「近代」は「現代」もを含む。 - 「昔の」という意味は、ないんです。
- ──
- 英語ではどっちも「モダン」ですしね。
- 成相
- 「現代美術」という呼称は
戦前からあったわけです。 - でも、そこで「現代美術館」ではなく、
「近代美術館」としたのは、
あくまで歴史を踏まえながら、
同時代つまり「現代」までを扱う‥‥
というポリシーが、
そこに込められていたんだと思います。
- ──
- なるほど。
- 成相
- 当館ができる直前に、
神奈川県立近代美術館ができています。 - 同時期に
ふたつの近代美術館ができるんですが、
どちらも「現代」の意味を含めて、
「近代、モダン」と名付けたはずです。
神奈川県立近代美術館を設計した
建築家の坂倉準三は
「たとえ昔のものであっても
すべて現代の中に生きている」
とわざわざ書き残していますから。
- ──
- で、それから時が経ち、
世の中に「現代美術館」がうまれたと。 - 東京では、上野にある東京都美術館から、
所蔵品をわけるかたちで
「東京都現代美術館」が、1995年に。
- 成相
- 最初の公立の「現代美術館」は、
1989年開館の広島市現代美術館です。
- ──
- たしかに
「近代」と「現代」が並んでいた場合、
つい、リニアーな歴史の時間軸を
意識してしまいそうですが、
実態は、必ずしもそうではないんだと。
- 成相
- リニューアル後に、
名前から「近代」をなくした美術館も
あるのですが、個人的には、
「近代」と付いているほうが好きです。 - 「近代」に含まれるのは、
「更新されていく」というニュアンス。
「近代」は、
どんどんスライドしていく概念です。
直近の‥‥という意味あいで、
捉えていただければいいと思ってます。
- ──
- 収蔵作品は、実際、そうなわけですし。
「近代」について、承知しました。 - このスペースは、だいたい写真ですね。
- 成相
- そうですね。
9室は写真室の位置づけです。 - 当館は写真のコレクションも多いので、
一括してお見せする部屋として。
- ──
- 写真にも力を入れてらっしゃる。
- 成相
- 写真の専門のスタッフも在籍していて、
随時、作品の収集を進めています。
- ──
- 何年か前に、こちらで見た
奈良原一高さんの写真展が最高でした。 - 男性修道院の写真と
女性刑務所の写真を組み合わせていて。
- 成相
- 「奈良原一高 王国」ですね。
- ──
- たしか『大いなる沈黙へ』という
修道院のドキュメンタリーを観た直後、
同じように
男性の修道院の中の写真が見たくて
来たんですが、
女性刑務所の写真も、すごかったです。
- 成相
- あの時期の奈良原さんは、
同時に広告分野でも活躍していたので、
表現に凝っているというか、
ドラマチックな写真が多かったですね。 - 次の部屋にはガラスケースがあるので、
屏風や掛け軸などの
日本画を展示していることが多いです。
- ──
- はい、今日はないのかな、
いつも、
東山魁夷さんの大きな絵がありますね。
- 成相
- 前の会期で展示していました。
- 今は「音」をテーマにした絵ですけど、
会期の後半では
「機械」がテーマの内容に変更します。
- ──
- 音‥‥。
- 成相
- 音に着想を得て描いた作品や、
音の鳴る光景を描いた作品等を集めて
展示しているんです。
- ──
- なるほど。
- 成相
- 音といえばのカンディンスキーとか。
わかりやすいところでは。 - あるいは、金閣寺が燃えている作品。
メラメラ‥‥という音に着目して。
- ──
- これとかは‥‥どこに「音」が?
- 成相
- 一見、音を思わせる要素が、
どこにも見当たらないと思いますが、
じつは、能の有名な一場面。 - 子と生き別れて物狂いとなった母が、
三井寺で子と再開する。
で、その出会いの場面で、
鐘がごーんと鳴るんですよ。
- ──
- つまり、その「ごーん」ですか。
- 成相
- 物語の中でも
非常に重要な場面を描いた絵ですが、
その文脈を知らなければ
理解するのは、すぐには難しいです。 - でも、「どこが音なんだろう?」と、
よくよく説明を読むと、わかる。
おもしろいセレクトだなと思います。
- ──
- そして、知ってる人は知ってる人で
「ごーん、か!」と「ピン!」ときて、
「ああ、おもしろいな」と思う、と。
- 成相
- そうですね、
「三井の晩鐘」で有名な鐘の音です。
- ──
- なるほど。
いよいよ最後、2階のフロアですね。
- 成相
- まず、この映像作品をごらんください。
- 田中功起さんの
《ひとつの陶器を五人の陶芸家が作る
(沈黙による試み)》の
「手話とバリアフリー字幕版」です(※下記註)。
- ──
- これまた長いタイトル‥‥だけど、
何が映っているのか、よくわかります。 - 5人のプロの陶芸家が、車座になって、
ひとつの陶芸作品をつくるわけですね。
- 成相
- はい、そのとおりの内容で、
シナリオなしでやるシリーズなんです。 - 同じことを「ピアノ」で試みた、
《一台のピアノを五人のピアニストが弾く(最初の試み)》
という作品もあって、
そちらでは
最終的に曲をつくり上げたんですけど、
この陶器バージョンでは‥‥。
- ──
- うまくいかなかった?
- 成相
- はい。
- ──
- 全員プロの陶芸家ということですから、
意見が食い違っちゃったとか?
- 成相
- それぞれ自分のスタイルを持っている
5人の陶芸家が、
話し合いながら
ひとつの陶器をつくりあげることって、
かなり難しかったようですね。 - 話し合いのようすや
実際に誰かが手を動かしている場面が
映し出されるのですが、
うまくいったり、いかなかったり‥‥
誰かがリーダーシップを取ったり、
自然と、
それぞれの役割へとわかれていったり。
- ──
- ええ。
- 成相
- 見ていて、とてもおもしろいんですが、
結局、
全員が納得する作品にはならなかった。
- ──
- 陶器の共同作業は難しかった、と。
- 成相
- 途中で、みんなで壊しちゃうんですよ。
- 「やっぱりぼくは気に入らない」とか、
「本当にひどい作品ができたな」とか、
「どうする?」とか、「壊す?」とか、
その台本なしの展開に、
見ていて、うおおぅ‥‥ってなります。
- ──
- ドキドキしちゃいそう。
- 成相
- めちゃめちゃします。
- たった「75分」の映像作品ですけど
それだけの時間でも、
それぞれの陶芸家がどういう人なのか、
すごくよくわかるんです。
- ──
- 作品制作の場面に、如実に出るのかあ。
その人そのもの‥‥というものが。 - こと作品づくりに関して言えば、
譲れないことって、
きっと絶対に、譲れないでしょうしね。
- 成相
- 作家の「地」が出ざるを得ないんです。
- でも、彼らは「つくる人たち」なので、
目の前に「つくるもの」があることで、
ストーリーは、進んでいくんですよね。
- ──
- やーめた、とは、ならない。
- 成相
- 田中さんというアーティストは、
その設定づくりが、すごく上手いです。
- ──
- 宇宙飛行士の選抜試験みたいです。
- 成相
- そうそう。候補者たちが、
閉鎖環境にほったらかしにされて‥‥。
- ──
- 問題に直面したとき、
誰がリーダーシップを取るのか、とか。
- 成相
- あの人は協調性がないな‥‥とか。
- ──
- その「場」を設定するのも、
芸術家ってところが、おもしろいです。 - 別の人が描いても作品だったり、
芸術って、
本当にどんどん拡張しているんですね。
- 成相
- はい。
※註:東京国立近代美術館では、幅広い鑑賞の機会をつくるため、田中功起の作品の「手話とバリアフリー字幕版」及び「手話による解説動画」を2021年に制作。手話ナビゲーターによる手話と、日本語のバリアフリー字幕、英語の字幕が付いている。このバージョンは2022年3月末までオンラインで公開されてい
2022-01-06-THU
-
今回のインタビューのなかで
成相さんが解説してくださっている
所蔵作品展は、
2月13日(日)まで開催中です。
(一部の展示は変更になっています)
日本初の国立の美術館が収蔵する
きらめきのコレクションが
「500円」で味わえてしまいます。
年間パスなら、1200円‥‥。
いつ行っても、圧倒的な作品の数々。
言わずもがなではありますが
これは、「見たほうがいい」です!
くわしくは美術館の公式サイトで。